第3話 ギルド長、ちょっとお話があります。
翌朝。私はいつもより一時間早くギルドに出勤した。
理由は単純で、昨夜から頭の中で改善案が止まらなかったからだ。依頼書に通し番号をつける。掲示板を「受付中」と「受注済み」と「完了」に分ける。依頼主との約束はギルド長ではなく受付を通す。気づけば手元の紙が三枚埋まっていた。
前世の私が見たら言うだろう。それ、残業代出ないやつだよ、と。
知ってる。でも放っておくほうがもっと疲れるのだ。
「おはよう、アリサちゃん。早いねえ」
「おはようございます。紅茶、淹れておきました」
「ありがとう。……で、その紙の束は?」
「ギルド長、ちょっとお話があります」
ベルナードさんの肩がびくりと跳ねた。
「その言い方、なんだか怖いんだけど」
「怖くありません。業務改善のご提案です」
「余計に怖いよ」
私は三枚の紙を机に並べた。昨日の七枚の薬草採り依頼。二重に約束された護衛依頼。先月終わったのに貼られたままの依頼書。全部を具体例つきで説明していく。
ベルナードさんは最初こそ「うんうん」と頷いていたけれど、三つ目あたりから明らかに目が遠くなっていた。
「……というわけで、まずは依頼書の管理方法から変えたいんです」
「アリサちゃん」
「はい」
「いつからそんなに頼もしくなったんだい?」
「昨日書類に埋もれてからです」
「頭を打つと人は変わるんだねえ……」
しみじみ言われると複雑だ。中身は別人なんです、とはさすがに言えない。
「とにかく。番号札は昨日うまくいきましたし、少しずつでも整えれば受付はかなり楽になるはずです」
「うん。それは本当にすごいと思うよ」
ベルナードさんは紅茶を一口飲んで、カップを置いた。
それから、ずいぶん長く黙っていた。
「……ギルド長?」
「昨日、私からも話があるって言ったよね」
「言いましたね」
「先に謝っておくよ。せっかく考えてくれたのに、ごめんね」
嫌な予感がした。前世で何度も味わった予感だ。会議室に呼ばれて、上司が最初に謝ってくるとき。その後に続く話はだいたいろくでもない。
ベルナードさんは引き出しから一通の封書を取り出した。封蝋には見覚えのある紋章。王都にある中央冒険者ギルド本部のものだ。
「このギルドね、三か月後に閉鎖されることになってるんだ」
◇ ◇ ◇
「……へいさ」
「うん」
「閉鎖って、あの閉鎖ですか。扉を閉めて、看板を下ろして、職員は解散する」
「その閉鎖だねえ」
その閉鎖だった。
私は封書を受け取って文面に目を走らせた。堅苦しい言い回しを要約すると、リンドヴァル支部は赤字が続いているため存続の見込みがなく、三か月後をもって業務を終了する。以上。
以上、じゃないが。
「いつ届いたんですか、これ」
「半月くらい前かな」
「半月! どうして誰にも言わなかったんですか!」
「言ったらみんな不安になるだろう? それに、その間になんとかできないかと思って」
「なんとかできたんですか?」
「……できなかったねえ」
ですよね。できていたらこの封書はここにない。
私は椅子の背にもたれて天井を仰いだ。
転生した。受付嬢になった。昨日一日かけてようやく仕事の全体像が見えてきた。その翌朝に、勤め先がなくなると知らされる。
前世の私、聞いてる? 二度目の人生でも職場が安定していないんだけど。
「アリサちゃんには本当に申し訳ないと思ってる。次の勤め先は私が責任を持って探すから」
「待ってください」
「うん?」
「赤字だから閉鎖、なんですよね」
「そう書いてあるね」
「赤字って、どのくらいですか」
ベルナードさんがまた目を泳がせた。昨日の夕方にも見た、あの困った笑顔だ。
「それは、その……結構?」
「結構じゃわかりません」
「たくさん?」
「数字でお願いします」
「……正直に言うとね、私もよくわかってないんだ」
ギルド長が。自分のギルドの赤字額を。わかっていない。
私はゆっくり深呼吸をした。怒鳴っても数字は出てこない。前世で学んだ数少ない真理の一つだ。
「ギルド長」
「は、はい」
「帳簿、見せてください」
「え。見ても楽しいものじゃないよ?」
「楽しむために見るんじゃありません」
私は空になったカップを脇に寄せて、机の上を空けた。
「赤字の理由がわからないまま閉鎖なんて、納得できませんから」
ベルナードさんはしばらく私の顔を見つめてから、観念したように奥の棚へ向かった。
戻ってきた彼の腕には、昨日私を下敷きにした山と同じくらい分厚い帳簿の束が抱えられていた。
……なるほど。二度目の書類との戦いは、どうやら延長戦らしい。




