↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/35

第2話 冒険者ギルドは、今日も大忙しです。

結論から言うと、薬草採りの依頼書は七枚あった。


「……あの。森の薬草採り、全部で七件あるんですけど」

「おう、どれでもいいぞ」

「いえ、そういう問題ではなくてですね」


並べてみると内容はほぼ同じだった。依頼主も同じ。場所も同じ。違うのは日付だけで、しかもそのうち三枚は日付すら書いていない。


アリサとしての記憶を探ってみる。たしか依頼主が「急ぎで」と言うたびに新しく書き直して、古いほうを捨て忘れていた。私が。正確には昨日までの私が。


昨日までの私、仕事が雑すぎない?


「どれが一番新しいんだ?」

「おそらくこれです。おそらく」

「受付が『おそらく』って言うなよ……」


まったくもって正論である。冒険者さんに業務の基本を指摘される受付嬢。前世なら始末書ものだ。


ひとまず一番新しそうな一枚を渡して見送ると、次のお客さんがカウンターに身を乗り出してきた。


「すまん、北の街道の護衛依頼を受けたいんだが」

「ああ、それなら先ほど別の方が」

「は? 俺は今朝ギルド長に『取っておく』って言われたぞ」

「……少々お待ちください」


振り返ると、奥の机でベルナードさんがお茶をすすっていた。


「ギルド長。北の街道の護衛依頼、誰かに約束しました?」

「ああ、したねえ。朝に二人ほど」

「二人?」

「二人とも困ってるみたいだったから」


どうしてこの人は、優しさで業務を破壊できるのだろう。


結局その場で依頼主に確認を取り、護衛の人数を一人から二人へ増やしてもらって事なきを得た。報酬は一人分のままらしい。冒険者さん二人の顔が微妙に曇ったけれど、私にはもう謝ることしかできない。


   ◇ ◇ ◇


昼を過ぎても列は途切れなかった。


「依頼の完了報告に来たんだけど」

「報告書はこちらに……あの、この依頼書、掲示板にまだ貼ってありますね」

「ああ。ずっと貼ってあるぞ。俺が受けたの先月だけど」

「先月」

「だから今朝も別の奴が受けようとしてたな」


掲示板を見に行く。終わった依頼と期限切れの依頼と今日出たばかりの依頼が、仲良く肩を並べていた。どれが生きている依頼なのか見分ける方法は、受付に聞くしかない。そしてその受付は今朝まで何も把握していなかった。


詰んでいる。業務フローが最初から詰んでいる。


「アリサちゃん、さっきから百面相してるけど大丈夫かい?」

「ギルド長。この掲示板、いつ整理しました?」

「うーん……私がギルド長になった頃かなあ」

「何年前です?」

「十年くらい?」


十年。前世で十年放置された共有フォルダを開いたことがあるけれど、あれと同じ匂いがする。触れたら崩れる系の匂いだ。


とりあえず列を捌くため、木札に番号を書いて並んでいる人たちに配った。前世の銀行で見たやつの手作り版である。


「なんだこれ」

「番号札です。呼ばれたら順番にカウンターへどうぞ」

「おお……割り込まなくていいのか」

「割り込まないでください」


効果は覿面だった。怒鳴り声が減り、喧嘩が減り、私の寿命の減りも少しだけ緩やかになった。


   ◇ ◇ ◇


閉館の鐘が鳴る頃、カウンターに突っ伏した私の横にベルナードさんがお茶を置いてくれた。


「お疲れさま。今日は大変だったねえ」

「大変でした。主に構造的な理由で」

「こうぞうてき?」

「いえ、こちらの話です」


背後の書類の山を見上げる。依頼書。報告書。それから中身のよくわからない紙の束。


今日一日でわかったことは一つだけだ。このギルドは誰かが悪いわけじゃない。ただ全員が善意で、少しずつ仕事を散らかしている。


そして散らかった仕事は、いつか必ず誰かの首を絞める。前世の私がそうだったように。


「ギルド長。明日、少しお時間いただけますか」

「いいけど、どうしたんだい?」

「ご相談したいことが山ほどあります」


文字通り、山ほど。


ベルナードさんは一瞬だけ目を泳がせてから、いつもの垂れ目で笑った。


「……そうだね。私からも、話しておかないといけないことがあるんだ」


その笑顔が少しだけ困っているように見えたのは、きっと疲れのせいだと思うことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。