第2話 冒険者ギルドは、今日も大忙しです。
結論から言うと、薬草採りの依頼書は七枚あった。
「……あの。森の薬草採り、全部で七件あるんですけど」
「おう、どれでもいいぞ」
「いえ、そういう問題ではなくてですね」
並べてみると内容はほぼ同じだった。依頼主も同じ。場所も同じ。違うのは日付だけで、しかもそのうち三枚は日付すら書いていない。
アリサとしての記憶を探ってみる。たしか依頼主が「急ぎで」と言うたびに新しく書き直して、古いほうを捨て忘れていた。私が。正確には昨日までの私が。
昨日までの私、仕事が雑すぎない?
「どれが一番新しいんだ?」
「おそらくこれです。おそらく」
「受付が『おそらく』って言うなよ……」
まったくもって正論である。冒険者さんに業務の基本を指摘される受付嬢。前世なら始末書ものだ。
ひとまず一番新しそうな一枚を渡して見送ると、次のお客さんがカウンターに身を乗り出してきた。
「すまん、北の街道の護衛依頼を受けたいんだが」
「ああ、それなら先ほど別の方が」
「は? 俺は今朝ギルド長に『取っておく』って言われたぞ」
「……少々お待ちください」
振り返ると、奥の机でベルナードさんがお茶をすすっていた。
「ギルド長。北の街道の護衛依頼、誰かに約束しました?」
「ああ、したねえ。朝に二人ほど」
「二人?」
「二人とも困ってるみたいだったから」
どうしてこの人は、優しさで業務を破壊できるのだろう。
結局その場で依頼主に確認を取り、護衛の人数を一人から二人へ増やしてもらって事なきを得た。報酬は一人分のままらしい。冒険者さん二人の顔が微妙に曇ったけれど、私にはもう謝ることしかできない。
◇ ◇ ◇
昼を過ぎても列は途切れなかった。
「依頼の完了報告に来たんだけど」
「報告書はこちらに……あの、この依頼書、掲示板にまだ貼ってありますね」
「ああ。ずっと貼ってあるぞ。俺が受けたの先月だけど」
「先月」
「だから今朝も別の奴が受けようとしてたな」
掲示板を見に行く。終わった依頼と期限切れの依頼と今日出たばかりの依頼が、仲良く肩を並べていた。どれが生きている依頼なのか見分ける方法は、受付に聞くしかない。そしてその受付は今朝まで何も把握していなかった。
詰んでいる。業務フローが最初から詰んでいる。
「アリサちゃん、さっきから百面相してるけど大丈夫かい?」
「ギルド長。この掲示板、いつ整理しました?」
「うーん……私がギルド長になった頃かなあ」
「何年前です?」
「十年くらい?」
十年。前世で十年放置された共有フォルダを開いたことがあるけれど、あれと同じ匂いがする。触れたら崩れる系の匂いだ。
とりあえず列を捌くため、木札に番号を書いて並んでいる人たちに配った。前世の銀行で見たやつの手作り版である。
「なんだこれ」
「番号札です。呼ばれたら順番にカウンターへどうぞ」
「おお……割り込まなくていいのか」
「割り込まないでください」
効果は覿面だった。怒鳴り声が減り、喧嘩が減り、私の寿命の減りも少しだけ緩やかになった。
◇ ◇ ◇
閉館の鐘が鳴る頃、カウンターに突っ伏した私の横にベルナードさんがお茶を置いてくれた。
「お疲れさま。今日は大変だったねえ」
「大変でした。主に構造的な理由で」
「こうぞうてき?」
「いえ、こちらの話です」
背後の書類の山を見上げる。依頼書。報告書。それから中身のよくわからない紙の束。
今日一日でわかったことは一つだけだ。このギルドは誰かが悪いわけじゃない。ただ全員が善意で、少しずつ仕事を散らかしている。
そして散らかった仕事は、いつか必ず誰かの首を絞める。前世の私がそうだったように。
「ギルド長。明日、少しお時間いただけますか」
「いいけど、どうしたんだい?」
「ご相談したいことが山ほどあります」
文字通り、山ほど。
ベルナードさんは一瞬だけ目を泳がせてから、いつもの垂れ目で笑った。
「……そうだね。私からも、話しておかないといけないことがあるんだ」
その笑顔が少しだけ困っているように見えたのは、きっと疲れのせいだと思うことにした。




