第27話 元Sランク冒険者、先生になる。
「断る」
予想通りだった。一言一句、予想通りだった。
昼過ぎのギルド。報告書を出しに来たレオンハルトさんを捕まえて、安全講習の実技の講師をお願いした結果がこれである。
「まだ全部説明してません」
「新人に教えろという話だろう。断る」
「理由を聞いてもいいですか」
「前にも言った。俺は誰かの命を預かるつもりはない」
私は深呼吸をした。断られるのは見えていた。だから昨夜、断られない理由を考えてきたのだ。
「預けません」
「……またそれか」
「今回は本当に預けません。講習は、レオンハルトさんがいなくても新人さんが自分で生き残れるようにするためのものです。レオンハルトさんが新人さんを守るんじゃなくて、新人さんが自分を守れるようにするんです」
レオンハルトさんの眉が、ほんのわずかに動いた。
「この前の北の森の救出。あのとき、レオンハルトさんがいなかったら、あの子は木の上で夜を越せなかったかもしれません」
「だろうな」
「でも、レオンハルトさんは一人しかいません。同じ日に二か所で誰かが遭難したら、片方しか迎えに行けません」
「……」
「一人を助けに行くより、十人が助けを呼ばなくて済むようにするほうが、合理的じゃないですか」
合理的、という言葉を選んだのはわざとだ。この人が一番弱い言葉だと思ったから。
長い沈黙があった。
「……実技だけだ」
「はい!」
「座学はやらない。話すのは苦手だ」
「座学は私がやります!」
「それと、俺のやり方に口を出すな」
「出しません!」
即答してから、ちょっとだけ嫌な予感がした。
◇ ◇ ◇
講習の当日。ギルドの裏手にある古い訓練場には、六人の新人さんが集まった。
リリアンさん。馬の扱いが得意なトビアスさん。それから、リリアンさんが声をかけてくれた新人さんが四人。みんなFランクかEランクで、冒険者になって一年も経っていない。
最初の一刻は、私の座学だった。
三年分の事故の記録。季節ごとの危険。そしてガーランドさんの十か条。新人さんたちは真剣な顔でメモを取っていた。
「怪我の半分以上は、引き返すのが遅れたせいです。今日の実技では、その引き返し方を学びます」
そう締めくくって、私は訓練場の端に下がった。
入れ替わりに、黒い外套の人が前に出る。
新人さんたちの背筋が、目に見えてぴんと伸びた。元Sランクの噂は、新人さんたちの間でも有名らしい。
レオンハルトさんは木剣を一本手に取ると、六人の前に立った。
「今から、お前たちは森の中にいる」
前置きもなく、それだけ言った。
「依頼は薬草採り。危険度一。天気は晴れ。道はわかっている。何も問題はない」
新人さんたちが顔を見合わせる。
次の瞬間、レオンハルトさんの姿が消えた。
正確には、消えたように見えた。一番端にいた新人さんの背後に回り込み、木剣の先をその首筋にぴたりと当てている。
「お前は死んだ」
「え」
「茂みに何かいた。お前は気づかなかった。だから死んだ」
新人さんは、真っ青になって固まった。
レオンハルトさんは木剣を引くと、次の新人さんの前に立った。
「お前は今、何を見ていた」
「え、えっと、レオンハルトさんを」
「俺以外は」
「……見て、なかったです」
「なら、お前も死んだ。俺が一人だとは限らない」
三人目。四人目。
「荷物を背負ったまま走ろうとしたな。重い荷物で足が遅れた。死んだ」
「逃げる方向を決めていなかった。仲間とぶつかった。二人とも死んだ」
訓練場に、「死んだ」が積み重なっていく。
◇ ◇ ◇
一刻が過ぎるころには、六人とも数えきれないほど死んでいた。
トビアスさんは膝を抱えて座り込んでいる。新人さんの一人は、泣き出しそうな顔で唇を噛んでいた。リリアンさんでさえ、肩で息をしながら木剣を握りしめている。
私は訓練場の端で、両手を握りしめていた。
口を出すなと言われた。出さないと約束した。でも、これは。
「あの、レオンハルトさん」
「口を出すなと言ったはずだ」
「出してません。質問です。少し休憩しませんか」
「現場に休憩はない」
ばっさりだった。
レオンハルトさんは六人を見渡した。
「怖いか」
誰も答えなかった。答えなくても、全員の顔に書いてあった。
「怖いなら、それでいい」
その言葉に、六人が一斉に顔を上げた。
「怖いと思えるやつは、生き残る。怖くないやつは、気づいたときにはもう遅い」
レオンハルトさんは木剣を下ろした。
「今日お前たちが死んだ回数を覚えておけ。現場では、一回目で終わりだ」
◇ ◇ ◇
講習が終わったあと、新人さんたちはふらふらと訓練場を出ていった。
「……あれ、講習っていうか、拷問じゃないっすか」
「元Sランクって、あんなに怖いの……?」
「私、次は来られるかな……」
そんな声が聞こえてきて、私は頭を抱えた。
参加した六人のうち、半分くらいはもう来ないかもしれない。せっかく集まってくれたのに。
「レオンハルトさん。もう少し、こう、優しく教えることはできないんでしょうか」
「優しく教えて、魔物は優しくしてくれるのか」
「……してくれません」
「なら、俺のやり方で合ってる」
正論だった。今日も正論だった。
木剣を片づけながら、レオンハルトさんはぽつりと付け加えた。
「あの女。リリアンとかいったか」
「はい」
「あいつは三回目から、俺が動く前に後ろへ下がるようになった」
「え?」
「ほかの五人は最後まで前を見ていた。あいつだけが、逃げる場所を先に探していた」
私は思わずレオンハルトさんの顔を見た。相変わらずの無表情だった。
「……それって、褒めてるんですか?」
「事実を言っただけだ」
それだけ言って、彼は訓練場を出ていった。
一人残された私は、講習の計画表を見下ろした。
次回の講習まで、あと三日。座学の資料も、もう少し充実させたい。事故の記録だけでなく、昔の冒険者さんたちがどんな準備をしていたのかがわかれば、もっと具体的な話ができるはずだ。
「ギルド長。昔の依頼書って、どこかに残ってますか? 十年以上前のものとか」
「十年以上前? 倉庫の奥に箱で積んであると思うけど」
「見せてもらってもいいですか」
「いいけど、埃だらけだよ?」
「書類の埃には慣れてます」
前世でも、今世でも。




