第23話 その依頼、あなたには向いていません。
翌朝。ギルドの扉を開けた瞬間、昨夜の女の子がカウンターの前に立っていた。
「おはようございます! この依頼、受けます!」
握りしめていたのは、やっぱり東の岩場の魔物討伐だった。危険度四。昨日から報酬を引き上げた、あの依頼書だ。
「おはようございます。番号札は」
「一番です! 誰もいなかったので!」
見ればわかる。開館前から待っていたらしい。
「まずお名前を伺ってもいいですか」
「リリアン・フォーウッドです。先週登録しました。Fランクです」
「リリアンさん。この依頼を受ける前に、少しだけお話を聞かせてください」
「えっ。でも、早く行かないと他の人に取られちゃう」
「大丈夫です。危険度四の依頼は、受付で一度確認することになりましたから」
リリアンさんは不満そうに唇を尖らせたけれど、しぶしぶカウンターの前の椅子に座った。
◇ ◇ ◇
「これまでに受けた依頼は」
「街の中の配達が三件と、荷物運びが一件です」
「魔物と戦ったことは」
「……訓練場で、木の人形となら」
「実戦は」
「ないです」
私はメモから顔を上げた。
「リリアンさん。東の岩場には、岩トカゲの群れが出ます。一匹一匹は大きくないですが、硬い鱗があって、短剣では刃が通りにくいです。それに岩場は足場が悪くて、逃げ道が少ない」
「知ってます。依頼書に書いてありました」
「依頼書に書いてあることは知っていても、実際に見たことはありませんよね」
「それは、そうですけど」
彼女は短剣の柄をぎゅっと握った。
「でも、やってみないとわからないじゃないですか」
「やってみて、わかったときには遅いかもしれません」
私は帳簿から写した一枚の紙を取り出した。この一年で、Fランクの冒険者さんが一人で危険度三以上の討伐依頼を受けた記録だ。
「この一年で、Fランクの方が一人で危険度三以上の依頼を受けたのは九件です。そのうち、無事に完了したのは二件。残りの七件は、途中で引き返したか、怪我をして戻ってきました」
「七件……」
「怪我をした五人のうち、二人はそのまま冒険者を辞めています」
リリアンさんの顔から、少しずつ血の気が引いていく。
「その依頼、あなたには向いていません」
できるだけ静かに、でもはっきりと言った。
◇ ◇ ◇
「……受付さんに、何がわかるんですか」
リリアンさんの声が、小さく震えた。
「私、どうしてもお金が必要なんです。村に弟と妹が四人いて、父さんが足を悪くしてから、畑だけじゃ食べていけなくて。だから冒険者になったんです。一番稼げるって聞いたから」
彼女は依頼書を胸に押しつけた。
「配達とか荷物運びじゃ、全然足りないんです。この依頼なら、一回で一か月分の仕送りができる。危ないのはわかってます。でも、やらなきゃいけないんです」
私は返事に詰まった。
前世の私も、似たようなことを考えていた。この仕事を断ったら困る人がいる。だから多少無理をしてでもやるしかない。そうやって一つずつ無理を積み重ねて、最後に何が残ったかは、もう知っている。
「リリアンさん」
「はい」
「もしこの依頼で大怪我をしたら、仕送りはどうなりますか」
リリアンさんの唇が、きゅっと結ばれた。
「一か月分の仕送りのために、この先何年分もの仕送りを賭けることになります。弟さんと妹さんが一番困るのは、お金が少ないことより、お姉さんが帰ってこないことじゃないですか」
ずるい言い方だと、自分でも思った。
でも、ずるくても止めなければいけない。この子を止めるのは、受付の仕事だ。
長い沈黙のあと、リリアンさんは小さな声で言った。
「……じゃあ、どうすればいいんですか。私に向いてる仕事なんて、あるんですか」
◇ ◇ ◇
「それを、今から一緒に探しましょう」
私は聞き取り用の紙を広げた。
「村ではどんなことをしていましたか」
「畑仕事と、弟たちの面倒を見ることと……あと、村の子どもたちを集めて、山菜採りに連れていったりしてました」
「子どもたちを連れて、山へ」
「はい。小さい子って、すぐどこかに行っちゃうんです。だから全員が見える場所を歩いて、ちょっとでも危なそうだったらすぐ引き返して」
「危なそう、というのは」
「天気が崩れそうなときとか、獣の気配がしたときとか。一回、熊の足跡を見つけて、みんなを連れて走って帰ったことがあります。大人には臆病だって笑われたけど、次の日にその熊が畑を荒らしてて」
私はペンを止めた。
戦闘経験はない。剣の腕もまだない。でもこの子は、大勢の人間を連れて歩き、危険の兆しに気づき、迷わず引き返す判断ができる。
それは、ランクのどこにも載らない才能だった。
「リリアンさん。救護と、引率と、撤退の判断。ものすごく大事な力です」
「え……でも、それって戦えないってことですよね」
「戦わずに全員を連れて帰れる人のほうが、冒険者の世界では貴重なんです」
リリアンさんはぽかんとした顔で私を見た。
私は掲示板から二枚の依頼書を取ってきた。
「今日はこれをお願いしたいです。南の丘の薬草採りの護衛。薬師ギルドの見習いさんたちが五人で採集に行くので、道案内と見張りをしてほしいそうです。危険度一」
「護衛……私が?」
「もう一枚は、街道沿いの村への伝令です。帰りに村の様子を見てきてもらいます。こちらも危険度一」
「二つで、いくらですか」
「合わせると、岩場の討伐の三分の一くらいです」
リリアンさんの顔が曇る。
「三分の一……」
「今日はです。この二つを毎日こなせば、一週間で岩場の討伐二回分になります。怪我もしません。そして、あなたの引率の力が記録に残ります。記録が残れば、もっと報酬の高い護衛や引率の依頼を紹介できるようになります」
前世で学んだ真理その十。大きな一発より、確実な十発。
リリアンさんは二枚の依頼書と、岩場の討伐の依頼書をしばらく見比べていた。
それから、岩場の依頼書をそっと私のほうへ押し戻した。
「……やってみます。護衛と伝令」
「ありがとうございます」
「でも、もし稼げなかったら、また岩場の依頼を受けに来ますからね」
「そのときは、また止めます」
「止めるんですか!?」
「止めます。何度でも」
リリアンさんは呆れたように笑った。初めて見る、年相応の笑顔だった。
◇ ◇ ◇
二枚の依頼書を手に、リリアンさんがギルドを出ていく。その背中を見送っていると、背後から低い声がした。
「ずいぶんと偉そうなこと言うじゃねえか、受付の姉ちゃん」
振り返ると、あの大柄な冒険者さんがカウンターに肘をついていた。第一回の説明会で、一番大きな声で反対した人だ。
「新人の夢を潰して、安い仕事を押しつけて。それが受付の仕事か」
「夢を潰したつもりはありません。命を守ったつもりです」
「命ねえ」
彼は鼻で笑った。
「受付に、冒険の何がわかる」




