第22話 冒険者にも、向き不向きがあるんです。
聞き取りの二周目は、一周目よりずっと賑やかだった。
なにしろ今回は、向こうから話しに来てくれる。番号札を握りしめた冒険者さんたちが、カウンターの前にずらりと並んでいるのだ。
「次の方どうぞ」
「おう! 俺はCランクのグスタフだ。得意なことは」
「剣を強く振ること、ですか?」
「なんでわかった!?」
「前回の聞き取りで三人に言われましたので」
一周目の反省を活かして、質問の仕方は最初から決めてある。得意なことではなく、これまでにやったことを聞く。一番うまくいった依頼。一番しんどかった依頼。それから、誰かに感謝されたこと。
「感謝されたこと? うーん……ああ、村の護衛のときによ。村長と依頼料で揉めてたのを、俺が間に入って丸く収めたことがあったな」
「揉めてたのを、収めた」
「村長のじいさんが頑固でよ。でも話を聞いてみりゃ、払えねえんじゃなくて、前に別の冒険者に騙されたことがあって疑ってただけなんだ。だから全部説明して、前金を半分にしてやったら納得してくれた」
私はメモの手を止めた。
「グスタフさん。それ、すごく珍しい才能ですよ」
「才能? ただ話しただけだぞ」
「その、ただ話すことができない人がほとんどなんです」
Cランクの剣士で、交渉上手。適性管理表には新しい列が必要かもしれない。
◇ ◇ ◇
次の人も、その次の人も、ランクだけでは見えないものを持っていた。
「Dランクのミーナです。魔法はちょっとしか使えなくて」
「一番うまくいった依頼は?」
「えっと……山道の荷運びで、道が崩れてて。でも前に一回だけ通った裏道を覚えてたので、そっちから行けました」
「一回だけ通った道を、覚えてたんですか」
「はい。道って、一回通ると忘れないんです。変ですよね」
「変じゃありません。地図、五です」
「Eランクのトビアスっす。剣も魔法もからっきしで」
「誰かに感謝されたことは?」
「あー……荷馬車の馬が暴れて、商人さんが困ってたときに、落ち着かせたことくらいっすかね。昔、実家で馬の世話してたんで」
「馬」
「馬と牛と、あと羊も」
「街道の荷物運びは、荷馬車の護衛が多いんです。馬が落ち着いていれば、それだけで事故が半分になります」
「え、俺、役に立つんすか」
「ものすごく役に立ちます」
トビアスさんは、信じられないという顔で何度も瞬きをした。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ、奥の机のベルナードさんが私を手招きした。
「アリサちゃん、ちょっといいかい」
「どうしました?」
「この人なんだけどね。Bランクで、戦闘四なんだけど」
ベルナードさんが指さしたのは、中堅の斧使いさんの記録だった。
「一番しんどかった依頼を聞いたらね、夜の見張りだって言うんだ。暗いところが苦手なんだって」
「夜目が利かない、ということですか」
「そうみたい。昼間の討伐なら負けなしなのに、夜の依頼だと失敗が多いんだよ。本人も恥ずかしくて、今まで誰にも言えなかったって」
私は表の該当欄を見た。戦闘四。索敵三。夜の依頼についての項目は、どこにもない。
「ギルド長、それ大発見です」
「そうかい?」
「ランクも戦闘力も高いのに、夜だけ苦手。こういう情報は、表に載ってないと絶対に見落とします」
私は表の端に、小さな備考欄を書き足した。「夜間不可」。
ベルナードさんが嬉しそうに眼鏡を押し上げた。
「なんだか、冒険者さんのことをちゃんと知るのって楽しいねえ」
「楽しいですよね」
「十年も一緒にいたのに、知らないことばっかりだったよ」
それは私も同じだった。アリサとしての記憶には、毎日顔を合わせていた冒険者さんたちの名前と顔がある。でも、その人が馬を落ち着かせられることも、一度通った道を忘れないことも、何ひとつ知らなかった。
知ろうとしなかった、というのが正しいのかもしれない。
◇ ◇ ◇
閉館の鐘が鳴る頃には、四十人分の聞き取りのうち二十六人分が終わっていた。
私とベルナードさんは、カウンターに並んで突っ伏していた。
「アリサちゃん、私もう声が出ないよ」
「私もです」
「でも、いい一日だったねえ」
「いい一日でした」
適性管理表は、昨日よりずっと分厚くなっていた。戦闘や追跡だけでなく、交渉、道の記憶、動物の扱い、夜目。新しく書き足した項目が、端のほうでぎゅうぎゅうになっている。
「ランクって、本当に一部分なんですね」
「そうだねえ。ランクは、どれだけ強いかしか測らないから」
「冒険者にも、向き不向きがあるんです。強さとは別のところに」
向いている仕事なら、人は伸びる。向いていない仕事なら、どんなに強い人でもつまずく。前世の会社でも同じだった。営業で成績の出なかった後輩が、経理に移った途端に誰より正確な帳簿をつけるようになったことがある。
ただ、そのことに会社が気づくまでに、後輩は三回くらい辞表を書いていた。
「明日は残りの十四人ですね」
「その前に、今日の分を表に清書しないと」
「……そうでした」
二人して、深いため息をついた。
顔を上げたとき、ギルドの扉の近くに小さな人影が立っているのに気づいた。
閉館後なのに、まだ誰か残っていたらしい。
若い女の子だった。私より少し年下だろうか。真新しい革鎧に、使い込まれていない短剣。冒険者登録をしたばかりの新人さんだ。
彼女は掲示板の前で、一枚の依頼書をじっと見つめていた。
近寄って、その依頼書を確かめる。
東の岩場の魔物討伐。危険度四。新しい基準で、今日から報酬を引き上げたばかりの依頼だ。
「あの」
声をかけると、女の子はびくっと肩を跳ねさせた。
「その依頼、受けるつもりですか?」
「え、あ……はい。明日の朝一番に」
彼女は依頼書から目を離さないまま、小さな声で、でもはっきりと答えた。
「報酬が、一番高かったので」
その横顔を見て、嫌な予感がした。前世で何度も見た顔だ。お金に困って、自分の限界より少しだけ先にある仕事に手を伸ばそうとしている人の顔。
報酬を上げたことが、新しい危険を呼び寄せるかもしれない。
私は自分の作った制度の、思いもよらない穴を見つけた気がした。




