第21話 受付嬢の改革は、ここからが本番です。
試験運用の結果を発表した翌朝。
私はギルド長室の机に、新しい紙の束を置いた。表紙の二重線は消して、元の文字を書き直してある。
「リンドヴァル支部・再建計画書」。
「アリサちゃん、題名が戻ってるね」
「戻しました。試験は終わったので」
「ということは」
「本格導入です」
ベルナードさんはお茶を一口すすって、ゆっくりとカップを置いた。
「……やっぱり、そうなるよねえ」
「なります。昨日、番号札が足りなくなったのを見ましたよね」
「見たよ。あんなにたくさんの冒険者さんが、自分から来てくれたのは初めてだ」
「だからこそ、今やらないといけないんです」
期待というのは生ものだ。前世で学んだ真理その九。熱が冷めないうちに形にしないと、すぐに「やっぱり前のままでいいや」に戻ってしまう。
それに、閉鎖まで残り一か月半。のんびりしている時間はない。
◇ ◇ ◇
「本格導入にあたって、変えるところが三つあります」
私は一枚目をめくった。
「一つ目。適性管理表を、ギルドに登録している冒険者さん全員分作ります」
「全員? 今は三十二人分だっけ」
「試験の間に新しく来た人も含めると、四十人を超えます。その全員から、改めて話を聞きます」
「四十人……アリサちゃん一人で?」
「そこが問題なんです」
二枚目。
「二つ目。依頼の紹介を、受付の正式な業務にします。冒険者さんが掲示板から依頼を選んだら、受付で一度確認して、向いていなければ理由を説明します。向いている依頼があれば、こちらから提案します」
「試験のときと同じだね」
「同じです。ただし、全員に対してやります」
三枚目。
「三つ目。報酬の基準を、段階的に切り替えます。危険な依頼の報酬は、今日から上げます。安全な依頼の報酬は、一度に下げずに二週間ごとに少しずつ下げていきます」
「少しずつ?」
「いきなり八千ゴルドから三千ゴルドに下げたら、また反対多数です」
あの日のどんと叩かれたカウンターを思い出す。同じ失敗は二度しない。たぶん。
「その間に、元猟師さんみたいに得意なことで稼げる依頼を増やします。薬草採りで稼いでいた人たちに、別の道を用意するんです」
ベルナードさんは三枚の紙を見比べて、ふむ、と唸った。
「よく考えてあるねえ。でも、さっきの問題が残ってるよ」
「はい」
「四十人分の聞き取りと、全員分の依頼の確認。それをアリサちゃん一人で、受付をやりながら」
「無理です」
「即答だね」
「前の職場で一人で全部抱え込んだら、最後はどうなるか知ってますから」
前世の私の最期は、まさにそれだった。今度は同じ轍を踏むわけにはいかない。
◇ ◇ ◇
「なので、ギルド長にも手伝っていただきます」
「わ、私が?」
「はい。依頼の確認作業を半分お願いします」
ベルナードさんの目が泳いだ。
「でもアリサちゃん、私はその表の見方もよくわかってないし」
「今から覚えましょう」
「今から!?」
私は適性管理表を広げて、ベルナードさんの前に置いた。
「では練習です。北の森の痕跡調査の依頼が来ました。誰に紹介しますか」
「えっと……強い人?」
「どうして強い人なんですか」
「北の森は危ないから」
「調査依頼です。戦闘はしません」
「あ、そうか。じゃあ……」
ベルナードさんの指が、表の上をさまよう。戦闘の列。追跡の列。索敵の列。
「……元猟師さん?」
「正解です! 追跡五ですから」
「おお!」
「では次。南の丘の月光草採集」
「これは簡単だよ。剣士くんだね。採集五」
「正解です。では次。街道沿いの荷物運び、ただし最近盗賊の目撃情報あり」
「ええと、荷物運びだから体力のある人で……でも盗賊がいるなら戦える人も……」
「どうしますか」
「……二人組にする?」
私は思わず顔を上げた。
「ギルド長、それ大正解です」
「え、本当かい?」
「一人でできない依頼は、組み合わせればいいんです。体力のある人と、戦える人と」
ベルナードさんはしばらくぽかんとしてから、照れくさそうに頭をかいた。
「なんだ、私にもできるじゃないか」
「できます。ギルド長は冒険者さんのことを、誰より大事に思ってる人ですから。足りなかったのは、それを判断に使う道具だけです」
ベルナードさんの垂れ目が、少しだけ潤んだように見えた。
◇ ◇ ◇
その日の昼、掲示板に新しい告知を貼り出した。
本日より、依頼紹介制度を正式に導入します。依頼を受ける前に、受付で一度ご相談ください。あなたの得意なことに合った依頼を、一緒に探します。
前回の告知と違って、怒鳴り声は上がらなかった。
代わりに、何人かが告知の前で足を止めて、こそこそと話しはじめた。
「得意なことに合った依頼、だってよ」
「試験に入ってた連中、稼ぎが増えたらしいぜ」
「俺の得意なことって、何だろうな」
「酒を飲むことじゃねえか」
「うるせえ」
笑い声が起きた。
告知の前から離れた冒険者さんが一人、カウンターにやってきた。
「受付さん。俺、まだ試験に入ってなかったんだけど、話聞いてもらえるか」
「もちろんです。番号札をどうぞ」
「また番号札かよ」
「また番号札です」
その後ろに、二人、三人と列ができていく。
奥の机では、ベルナードさんが適性管理表とにらめっこしながら、依頼書を一枚ずつ確認していた。眼鏡を何度も押し上げながら、ときどき「うーん」と唸っている。
その姿を見ていると、なんだか胸の奥が温かくなった。
もちろん、まだ何も解決していない。赤字は続いているし、全員が賛成したわけでもない。昨日の大柄な冒険者さんは、今日もギルドの隅で腕を組んでこちらを睨んでいる。
それでも、一人でやっていた改革が、二人になった。
「はーい、次の番号札の方どうぞー!」
ベルナードさんが、私より先に番号を呼んだ。
受付嬢の改革は、ここからが本番だ。




