第18話 だったら、結果で証明しましょう。
一晩考えて、私は計画書を書き直した。
正確には、書き直したのは表紙だけだ。「リンドヴァル支部・再建計画書」の上に二重線を引いて、その横に小さく書き足した。
「試験運用計画書」。
「アリサちゃん、規模が小さくなってないかい?」
「小さくしました」
「諦めたわけじゃないんだよね?」
「諦めてません。順番を変えただけです」
翌朝、ギルド長室で私はベルナードさんに説明した。
「昨日わかったのは、私の数字が信じてもらえていないってことです」
「うん……」
「信じてもらえない数字を、いくら並べても意味がありません。だから、数字じゃなくて結果を見せます」
「結果?」
「新しい制度を、希望する人だけで試すんです。それで本当に怪我が減って、稼ぎが増えるのかどうか。皆さんの目の前で証明します」
ベルナードさんは計画書をめくりながら、眉を八の字にした。
「でも、試しているあいだも赤字は続くよ?」
「続きます。全体の報酬は、しばらく今のままにします。下げるのは試験に参加する人の分だけ。上げるのも、試験に参加する人の分だけです」
「それだと、赤字はあんまり減らないねえ」
「減りません。でも反対されたまま全部を変えて、冒険者さんが隣町に移ったら、赤字どころかギルドが空っぽになります」
前世で学んだ真理その七。全員を一度に動かそうとすると、全員が動かない。まず動く人から動かす。
「期間は二週間。結果が出たら、それを持ってもう一度皆さんに話をします」
「二週間……閉鎖まで、残り二か月を切るね」
「わかってます」
だからこそ、失敗はできない。
◇ ◇ ◇
試験への参加を呼びかけると、手を挙げてくれたのは五人だった。
昨日、賛成に手を挙げてくれた人たちだ。包帯の取れた剣士さん。弓使いの二人組。それから新人さんが二人。
「来てくださって、ありがとうございます」
「いや、こっちこそ。狼でまた怪我するのは嫌なので」
剣士さんが照れくさそうに笑った。
私は冒険者適性管理表を広げて、一人ずつ依頼を提案していった。
「剣士さんには、これを」
「南の丘の薬草採り? でも、それって新人向けの」
「普通の薬草ではありません。月光草です」
「月光草!? あれ、見分けるのすごく難しいやつじゃ」
「だから、採集五の剣士さんにお願いしたいんです。依頼主さんは薬師ギルドで、きちんと見分けて採れる人がいなくて困っていたそうです。報酬は狼討伐の倍出ます」
剣士さんの目が丸くなった。
「狼討伐の倍で、狼と戦わなくていいんですか」
「戦わなくていいです。南の丘は危険度一ですから」
次に弓使いの二人組。
「お二人には、北の森の魔物分布調査をお願いしたいです」
「討伐じゃなくて、調査?」
「はい。どこに何がいるか、遠くから見て記録するだけです。戦闘は禁止。危ないと思ったらすぐ戻ってきてください」
「それなら、あたしの目が使えるね」
「野営の食事は、相方さんにお任せします」
「……なんで知ってるの」
「聞き取りのときに、自慢してらっしゃいましたから」
新人さん二人には、荷物運びと街道の見回り。どちらも危険度一で、報酬は今より少し下がる。でもその代わり、一日に二件ずつ回れるように道順を組んだ。
「一件の報酬は下がりますけど、一日で二件こなせば、今より稼げます」
「ほ、本当ですか」
「計算上は。だから試すんです」
◇ ◇ ◇
試験運用の初日。
掲示板の前では、昨日反対した冒険者さんたちが遠巻きにこちらを見ていた。腕を組んで、にやにやしながら。
「おうおう、受付の姉ちゃんのお遊びが始まったぜ」
大柄な冒険者さんが、聞こえるように言った。
「二週間後には泣きついてくるのが目に見えてるな」
「泣きつきません」
「どうだかな」
「だったら、結果で証明しましょう」
自分でも驚くくらい、はっきりした声が出た。
大柄な冒険者さんは一瞬だけ目を丸くして、それからふんと鼻を鳴らして去っていった。
人垣の後ろで、元猟師さんが小さく手を挙げた。
「姉ちゃん。結果、ちゃんと教えてくれよな」
「もちろんです」
「……俺は反対に手ぇ挙げたけどよ。うまくいってほしいとは思ってんだ」
それだけ言うと、彼は照れくさそうに背を向けた。
◇ ◇ ◇
最初の三日間は、驚くほど順調だった。
剣士さんは月光草を籠いっぱいに採ってきた。薬師ギルドの人が、こんなに質のいい月光草は久しぶりだと喜んでいたらしい。
新人さん二人は、荷物運びと見回りを一日二件ずつこなした。三日で稼いだ額は、狼討伐で怪我をして寝込んでいた頃の倍近い。
「受付さん、俺、初めて宿代の心配しないで寝ました」
「よかったです。明日もお願いしますね」
「はい!」
弓使いの二人組は、北の森の浅いところの調査を終えて、細かい分布図を持ち帰ってきた。どこに狼の巣があり、どの沢に大蛙がいて、どの道が安全か。レオンハルトさんの報告と照らし合わせても、ほとんど食い違いがない。
「すごいです。これがあれば、北の森の依頼の危険度がもっと正確に決められます」
「えへへ。目だけは自信あるからね」
閉館後。私は三日分の記録を表にまとめた。怪我人ゼロ。依頼の失敗ゼロ。参加者五人の稼ぎは、全員が試験前より増えている。
「アリサちゃん、いい感じじゃないか」
「まだ三日です。油断はできません」
そう言いながらも、ペンを持つ手が少しだけ軽かった。
明日、弓使いの二人組は北の森のもう少し奥の調査に入る予定だ。レオンハルトさんが「足跡を見た」と言っていた、森の北側。二つの狼の群れはレオンハルトさんが片づけたから、今は静かなはずだった。
「念のため、戻る時刻を決めておきましょう。夕方の鐘までに戻らなかったら」
「戻らなかったら?」
「……誰かに迎えに行ってもらいます」
誰か、と言いながら、頭に浮かんだのは一人だけだった。
協調性、一。
断られるのは目に見えていた。それでも、何もないに越したことはない。私は分布図を丁寧に畳んで、引き出しにしまった。




