第17話 ギルド改革、反対多数です。
ギルドが無事だったかと聞かれれば、建物は無事だった。
それ以外は、だいたい無事ではなかった。
「薬草採りが三千ゴルドだあ!?」
「ふざけんな! 先週まで八千だったろうが!」
「受付が依頼を選ぶってのはどういうことだ!」
朝一番。掲示板の横に新しい制度の説明を貼り出して、集まった冒険者さんたちの前でベルナードさんが読み上げた。その結果がこれである。
正確に言うと、ベルナードさんは最初の三行を読んだところで怒号にかき消され、今は私の後ろに隠れている。
「アリサちゃん、やっぱり怒ったねえ」
「予想通りです」
「予想通りでも怖いものは怖いよ」
「ギルド長、前に出てください。ギルド長なんですから」
「アリサちゃんが前のほうが説得力あるよ。計画を作ったのアリサちゃんだし」
ギルド長、そういうところですよ。
私は一歩前に出た。カウンターの向こうには、二十人を超える冒険者さんがひしめいている。その半分くらいが、明らかに怒っている顔だ。
「皆さん、落ち着いて聞いてください」
「落ち着いてられるか!」
「まず、報酬が下がるのは安全な依頼だけです。危険な依頼の報酬は、逆に上がります」
「危ない依頼なんか誰が受けるかよ!」
「そのために、受付から皆さんの得意なことに合った依頼をご紹介する仕組みを」
「それが気に食わねえって言ってんだ!」
前列の大柄な冒険者さんが、カウンターをどんと叩いた。
「俺たちは自分で依頼を選んで、自分の腕で稼いできたんだ。受付の姉ちゃんに、あんたはこれが向いてますなんて言われる筋合いはねえ」
◇ ◇ ◇
言いたいことはわかる。わかるのだ。
前世でも同じことがあった。新しい業務システムを入れるとき、ベテランの人たちほど強く反対した。今までのやり方で回ってきたのに、なぜ変える必要があるのか、と。
答えはいつも同じだった。今までのやり方で回っていなかったから、です。
「では、数字で説明させてください」
私は用意していた紙を掲げた。赤字の原因の図だ。
「このギルドは、毎月百八十万ゴルドの赤字です。このままだと、二か月ちょっとで閉鎖されます」
「閉鎖ぃ?」
ざわめきが、一瞬だけ質を変えた。
「閉鎖って、ギルドがなくなるのか」
「聞いてねえぞ」
「本当なのか、ギルド長」
全員の視線が私の背後に集まる。ベルナードさんが、おそるおそる頷いた。
「……本当だよ。黙っていて悪かった」
しん、と静まり返った。
チャンスだ。私は息を吸い込んで、一気に説明した。報酬の持ち出し。配置の失敗。怪我による損失。それぞれがいくらで、新しい制度でどこまで減らせるのか。
全部、正しい数字だ。毎晩遅くまでかけて積み上げた、自信のある数字だ。
説明を終えたとき、前列の大柄な冒険者さんが腕を組んだまま言った。
「で?」
「で、とは」
「ギルドが潰れそうなのはわかった。けどよ、その赤字の穴埋めを、なんで俺たちの稼ぎでやらなきゃならねえんだ」
言葉に詰まった。
「赤字を出したのはギルドだろ。俺たちは言われた報酬で働いてただけだ」
「それは……」
「数字はご立派だがな、姉ちゃん。現場に出たこともねえ人間が、紙の上で俺たちの仕事を決めるってのが気に食わねえんだよ」
何人かが、そうだそうだと頷いた。
正しいことを言えば人が動くわけではない。昨日ベルナードさんの前で考えたことが、そっくりそのまま目の前で起きていた。
◇ ◇ ◇
「おい、姉ちゃん」
人垣の後ろから、聞き慣れた声がした。元猟師さんだ。
「俺はよ、姉ちゃんが毎晩遅くまで頑張ってんの知ってる。魔石の話も、まあ、俺から振ったしな」
「はい」
「けどよ、薬草採りが三千ってのは、さすがにきつい。俺にも生活があるんだ」
味方だと思っていた人の言葉は、敵の言葉より何倍もこたえる。
「……でも元猟師さんは、追跡が得意じゃないですか。迷子探しとか、魔物の痕跡調査とか、もっと向いている依頼が」
「そういう依頼が毎日あるならな」
その通りだった。追跡の依頼は月に数件しかない。適性に合わせて紹介すると言っても、合う依頼がなければ紹介のしようがない。
計画の穴を、現場の人に一瞬で見抜かれた。
「よし、決を採ろうじゃねえか」
大柄な冒険者さんが声を張り上げた。
「新しい制度に賛成のやつ、手を挙げろ」
私は人垣を見渡した。
ぱらぱらと手が挙がる。包帯の取れた剣士さん。弓使いの二人組。それから、隅のほうにいた新人さんが二、三人。
数えるまでもなかった。
「反対のやつ」
残りの全員が、手を挙げた。元猟師さんも、少し申し訳なさそうな顔で。
「決まりだな。こんな制度、俺たちは従わねえ。無理に押しつけるってんなら、隣町のギルドに移るまでだ」
◇ ◇ ◇
冒険者さんたちが去ったあとのギルドは、やけに広く感じた。
いつもなら依頼書を手に並ぶ人で埋まっている時間なのに、カウンターの前には誰もいない。
「アリサちゃん……」
ベルナードさんがお茶を差し出してくれた。私は黙って受け取った。
「ギルド改革、反対多数です」
「見てたよ」
「数字では、絶対に正しいはずなんです」
「うん」
「でも、正しいだけじゃ誰もついてこないんですね」
湯気の向こうで、掲示板の新しい説明書きが少しだけ傾いていた。誰かが乱暴に触っていったのだろう。
前世の私なら、ここで諦めていたと思う。上が決めたことに下が従わないなら、もう自分にできることはない、と。
でもここでは、私が上なのだ。少なくとも、この計画を作った責任は私にある。
「ギルド長。冒険者さんたちが反対した理由、何だと思います?」
「報酬が下がるから、じゃないのかい」
「それもあります。でも一番は、たぶん」
私は大柄な冒険者さんの言葉を思い出していた。
現場に出たこともない人間が、紙の上で仕事を決めるのが気に食わない。
「信じてもらえていないんです。私の数字が」
信じてもらえていない数字は、どんなに正しくてもただの紙だ。
だったら、どうすればいい。
私は冷めかけたお茶を見つめたまま、拳をぎゅっと握りしめた。




