第16話 受付嬢だって、改革したいんです!
翌日の閉館後。私はギルド長室の扉を、三回ノックした。
「どうぞー」
「失礼します」
「アリサちゃん、なんでノックしたんだい? いつもは普通に入ってくるのに」
「今日は正式な提案なので」
ギルド長室といっても、受付の奥にある物置を少し片づけただけの部屋だ。机がひとつ、椅子がふたつ、壁際には例の書類の山の親戚が積まれている。
私は持ってきた紙の束を、机の上に順番に並べた。
赤字の原因の図。報酬の比較表。危険度のメモ。冒険者適性管理表。そして、一番上に一枚。
「リンドヴァル支部・再建計画書」。
ベルナードさんがごくりと唾を飲んだ。
「……本格的だねえ」
「本格的です。前の職場では、これより薄い資料で三時間詰められました」
「前の職場?」
「言葉のあやです」
◇ ◇ ◇
「再建計画は、全部で五つの柱でできています」
私は一枚目をめくった。
「一つ目。依頼書の管理を変えます。すべての依頼に通し番号をつけて、掲示板を『受付中』『受注済み』『完了』の三つに分けます。古い依頼書は毎週必ず片づけます」
「二重に約束しちゃった護衛依頼みたいなことは」
「なくなります。依頼主との約束は、必ず受付を通してもらいます」
「私を通さずに、かい?」
「ギルド長を通すと増えるので」
「増えるのかあ……」
二枚目。
「二つ目。報酬の決め方を変えます。依頼の危険度を五段階で評価して、それに合わせて報酬の下限を決めます。危険度の評価には、レオンハルトさんから聞いた現場の情報を使います」
「薬草採りの八千ゴルドは?」
「危険度一なので、三千ゴルドに下げます」
「さ、三千……」
「北の森の狼討伐は危険度四。今の四千ゴルドから、最低でも一万二千ゴルドに上げます。足りない分は、依頼主さんと交渉して依頼料のほうを上げてもらいます」
「村の人たち、払えるかなあ」
「払えない場合は、討伐の範囲を絞るとか、時期をずらすとか、相談の余地があります。少なくとも、ギルドが黙って赤字をかぶるよりはずっといいです」
三枚目。
「三つ目。冒険者適性管理表を使って、依頼を紹介します。ランクだけでなく、得意なことから向いている人を選んで、受付から提案するんです」
「提案するだけ? 強制はしないんだね」
「しません。選ぶのは冒険者さんです。でも、向いていない依頼を受けようとしたら、理由を説明して止めます」
四枚目。
「四つ目。見舞金を正式な制度にします」
ベルナードさんの肩がぴくりと揺れた。
「依頼の報酬の一部を毎回少しずつ積み立てて、怪我をしたときにそこから補償を出します。こっそりじゃなく、ちゃんと帳簿に書いて」
「……私のお給料からじゃなく?」
「ギルド長のお給料からじゃなく、です」
ベルナードさんはしばらく黙って、それから小さく笑った。
「そっかあ。仕組みにすれば、私がいなくても続くんだね」
「そういうことです」
五枚目。
「五つ目。素材買取の見直しです。ただし、これは今すぐには手をつけません」
「この前の、魔石の値段の話だね」
「はい。査定表の出どころも、商人さんとの決まりも、まだわからないことが多すぎます。まずは一つ目から四つ目で足元を固めます」
◇ ◇ ◇
最後に私は、一枚の紙を机の真ん中に置いた。
数字だけが並んだ紙だ。
「この計画を全部実行できた場合の見込みです。報酬の見直しで、毎月の持ち出しを七十万から三十万ゴルドに。配置の改善で、依頼の失敗による損失を三十万から十万ゴルドに」
「えっと……ということは」
「毎月の赤字が、百八十万から百二十万ゴルドまで減ります」
ベルナードさんの顔がぱっと明るくなって、それから首をかしげた。
「……でも、まだ赤字なんだね?」
「まだ赤字です」
「閉鎖まで、あと二か月ちょっとだよ?」
「わかってます」
素材買取の五十万と、本部経由の三十万。この二つに手をつけない限り、黒字にはならない。そしてそのどちらも、今の私にはどうにもできない。
「でも、赤字が減り続けていることを数字で見せられれば、閉鎖の判断を考え直してもらえる可能性はあります。何もしなければ、可能性はゼロです」
前世で学んだ真理その六。ゼロでなければ、交渉の余地はある。
ベルナードさんは五枚の計画書を、一枚ずつ丁寧にめくり直した。それから眼鏡を外して、目元をこすった。
「アリサちゃん。ひとつだけ聞いてもいいかい」
「はい」
「どうしてここまでしてくれるんだい。受付嬢の仕事じゃないだろう?」
少し考えた。
前世なら、こう答えていたと思う。仕事だからです、と。誰かがやらないと終わらないからです、と。
でも、今は違う答えが浮かんだ。
「受付って、冒険者さんが一番最初に来る場所で、一番最後に帰ってくる場所じゃないですか」
「……うん」
「ギルド長、前に言いましたよね。ギルドは帰ってくる場所だって。だったら私は、その入口と出口を守りたいんです」
ベルナードさんの眼鏡の奥で、何かが光った気がした。
「受付嬢だって、改革したいんです」
◇ ◇ ◇
長い沈黙のあと、ベルナードさんは引き出しから古い判子を取り出した。リンドヴァル支部のギルド長印だ。
計画書の一番上に、それがしっかりと押される。
「わかった。やろう、アリサちゃん」
「ありがとうございます!」
「ただし、ひとつ心配なことがあるんだ」
「なんですか?」
「薬草採りを三千ゴルドに下げるって、常連さんたちに言うんだよね?」
「言います」
「……怒るよ、たぶん」
「怒ると思います」
ベルナードさんは判子を握りしめたまま、遠い目をした。
「明日、ギルドが無事だといいねえ」
「縁起でもないこと言わないでください」
とはいえ、私も同じことを考えていた。
数字の上では正しい計画だ。でも、正しいことを言えば人が動くわけではない。それも前世で、嫌というほど学んだことだった。




