第15話 冒険者の適性、数字にしてみました。
聞き取りのメモが、とうとう引き出しに入りきらなくなった。
元猟師さんの追跡の腕。包帯の剣士さんの薬草の知識。弓使い二人組の目のよさと料理の腕。それからレオンハルトさんから聞き出した、魔物ごとの危険度と季節の動き。
全部大事な情報だ。でも、全部ばらばらだった。
「ギルド長。このメモ、依頼が来たときにすぐ使えると思います?」
「うーん……アリサちゃんが全部覚えていれば」
「私が風邪をひいたら?」
「……使えないねえ」
「ですよね」
一人の頭の中にしかない情報は、その人がいなくなった瞬間に消える。昨日レオンハルトさんに偉そうに言ったばかりなのに、私自身がまさにその状態になっていた。
人に言ったことは、自分にも返ってくる。前世で学んだ真理その五だ。
「だから、表にします」
「表?」
「冒険者さん一人ひとりの得意なことを、誰が見てもわかる形にまとめるんです」
◇ ◇ ◇
私は大きな紙に、縦と横の線を引きはじめた。
縦に冒険者さんの名前。横に項目を並べる。
「戦闘」「追跡」「採集」「索敵」「野営」「地図」「救護」。
「アリサちゃん、索敵ってなんだい」
「魔物を先に見つける力です。弓使いのお二人の片方が、とても目がいいので」
「救護は?」
「怪我の手当てや、仲間を連れて逃げる判断です。これが一番大事かもしれません」
それぞれの項目に、一から五までの数字をつけていく。
ただし本人の自己申告ではない。それをやると、全員が「戦闘五」と書くのは最初の聞き取りで証明済みだ。基準にするのは、過去の完了報告書と依頼の成否、それから聞き取りで出てきた具体的な実績。
「元猟師さん。追跡、五」
「おお、満点だ」
「戦闘、三。採集、二。野営、四」
「採集が二なんだね」
「薬草採りの依頼で、毒草を三回混ぜて持ち帰っています」
「……それは二だねえ」
「包帯の剣士さん。採集、五。救護、三。戦闘、二」
「戦闘二なのかい? 剣士なのに」
「狼討伐の報告書を読むと、剣の腕より、引き際を見誤ったのが怪我の原因です。剣はたぶんこれから伸びます」
ひとり、またひとりと、表が埋まっていく。
前世でやっていた在庫管理表と、やっていることはほとんど同じだ。どの倉庫に、何が、いくつあるか。それを人に置き換えただけ。そう言ったら冒険者さんたちに怒られそうなので、口には出さないけれど。
◇ ◇ ◇
最後の行に、私は少し迷ってからペンを走らせた。
レオンハルト。
「戦闘、五。追跡、五。索敵、五。地図、五。野営、四。救護……」
ペンが止まった。
一人で十一匹の狼を倒し、魔物の群れの動きを足跡だけで読み、毒持ちを遠目で見分ける人。救護の項目に、仲間を連れて逃げる判断も含めるなら。
「アリサちゃん?」
「……保留にします」
「保留?」
「仲間と動いたところを、見たことがないので」
私は救護の欄を空けたまま、表の一番右に新しい列を一つ付け足した。
「協調性」。
レオンハルトさんの欄に、小さく「一」と書く。
「アリサちゃん、それ本人に見られたら怒られないかい」
「見せませんから大丈夫です」
「見せない表なのかい?」
「この列だけは、私の個人的な感想です」
ベルナードさんが吹き出した。
◇ ◇ ◇
表が完成したのは、日付が変わる少し前だった。
縦に三十二人。横に八項目。紙一枚に、このギルドで働く冒険者さんたちの得意と不得意が並んでいる。
「これが冒険者適性管理表です」
「てきせい、かんりひょう」
「次は、これを使って過去の依頼を見直します」
私は先月の依頼書の控えを取り出した。失敗した依頼。怪我人が出た依頼。そのひとつひとつについて、実際に受けた人と、表の上で一番向いていた人を並べていく。
北の森の狼討伐。受けたのは採集五・戦闘二の剣士さん。表の上で向いていたのは、追跡五・戦闘三の元猟師さんと、索敵の得意な弓使いさんの組み合わせ。
東の沼の大蛙退治。受けたのは見通しの悪い湿地で目を活かせない弓使いの二人組。向いていたのは、救護が高く毒に慣れた別の中堅さん。
「全部、ちぐはぐですね」
「本当だねえ……」
「もし最初から向いている人に紹介できていたら」
私は失敗した依頼のうち、表の組み合わせなら防げた可能性が高いものに印をつけていった。
十二件中、八件。
「失敗の三分の二は、防げたかもしれません」
「三分の二……」
「もちろん、あくまで計算上の話です。現場では何が起きるかわかりませんから」
それでも、数字にすると見えてくるものがある。ぼんやりした「なんとなく危ない」が、「この組み合わせなら防げた」に変わる。変わったものなら、変えられる。
ベルナードさんは表をじっと見つめて、それからぽつりと言った。
「アリサちゃん。これ、本当にすごいものだと思うよ」
「ありがとうございます。でも、表だけじゃまだ何も変わりません」
「そうなのかい?」
「表を使って依頼を紹介する仕組みと、報酬の決め直しと、全部まとめて動かさないと」
私は机の上に散らばった紙を見回した。赤字の原因の図。報酬の比較表。危険度のメモ。そして完成したばかりの適性管理表。
材料は、だいぶ揃ってきた。
「ギルド長。明日、正式にお時間をいただけますか」
「また改まって。今度はなんだい?」
「ギルドの再建計画です」
ベルナードさんの垂れ目が、少しだけ大きくなった。
「受付嬢ですけど、改革したいんです。このギルドを」




