第14話 一人で全部できる人ほど、厄介です。
レオンハルトさんが戻ってきたのは、翌日の夕方だった。
本当に一日で三件を片づけたらしい。カウンターに置かれた完了報告書は三枚。どれも几帳面な字で、魔物の数と場所と状況が簡潔に書かれている。
「狼十一匹、討伐完了。大蛙は七匹、うち毒持ち二匹。廃坑周辺に異常なし。奥は確認していない」
「お疲れさまです! 怪我は」
「ない」
「本当に?」
「ない」
外套の裾が少し裂けていたけれど、本人がないと言うのだからないのだろう。たぶん。
それにしても、この報告書はすごい。依頼書の何倍も情報が詰まっている。前世でこんな報告書を書く同僚がいたら、私は毎日お菓子を差し入れていたと思う。
「あの、昨日の約束なんですけど」
「約束した覚えはない」
「気が向いたら、って言いました」
「……」
「報告書以外のことも聞きたいんです。今、気は向いてますか」
レオンハルトさんは無言で私を見下ろした。三秒。五秒。
「……手短にな」
向いていたらしい。
◇ ◇ ◇
私はカウンターの端にお茶を二つ並べた。ベルナードさんが奥から興味津々で覗いているけれど、気にしないことにする。
「森の北側で狼の群れが合流していたって話、もう少し詳しく聞けますか」
「足跡の向きと数から判断した。餌場が重なったんだろう。秋はよくある」
「じゃあ秋の狼討伐は、群れが大きくなる前提で報酬を決めたほうがいいですね」
「そうなる」
「沼の毒持ちは、見分け方ってありますか」
「背中の斑点が赤い。遠目でもわかる」
「それ、新人さん向けの注意書きにしてもいいですか」
「勝手にしろ」
話してみると、この人の頭の中は情報の宝庫だった。季節ごとの魔物の動き。地形の危険箇所。どの依頼にどんな準備が必要か。全部、何年もの経験から積み上げたものだ。
私はメモを三枚埋めたところで顔を上げた。
「レオンハルトさん。お願いがあります」
「断る」
「まだ何も言ってません」
「顔に書いてある」
そんなに書いてあっただろうか。
「せめて聞いてください。危険な依頼に行くとき、新人さんを一人連れていってもらえませんか」
「断る」
「戦わせなくていいんです。後ろで見ているだけで、経験として」
「足手まといだ」
「それはそうかもしれませんけど」
「一人のほうが速い。一人のほうが安全だ。誰かを連れていけば、そいつを守る分だけ俺の判断が遅れる」
また正論だった。でも今回は、私も引かなかった。
「レオンハルトさんの知っていることは、レオンハルトさんの頭の中にしかないんです」
「それがどうした」
「もしレオンハルトさんが怪我をして動けなくなったら、狼の群れの見方も、毒持ちの見分け方も、誰にもわからなくなります」
「報告書には書いている」
「報告書に書けないことのほうが、ずっと多いじゃないですか」
今まさに三枚のメモを埋めたばかりの私が言うのだから、間違いない。
◇ ◇ ◇
レオンハルトさんはお茶に口もつけず、しばらく黙っていた。
「受付。お前は何がしたいんだ」
「ギルドを潰したくないんです。そのためには、冒険者さんが怪我をしない仕組みが要ります」
「仕組みで人は守れない」
「守れます。少なくとも、今よりは」
「お前は現場を知らない」
「知りません。だから、知っている人に教えてほしいんです」
彼の目が、ほんの少しだけ細くなった。怒ったのか、困ったのか。表情が乏しすぎて判別できない。
「一人で全部できる人ほど、厄介なんですよ」
「何がだ」
「全部一人でできちゃうから、誰にも任せないし、誰にも教えないんです。それでその人がいなくなった途端、全部回らなくなる」
前世の職場にもいた。何でも一人で抱え込んで、休んだ日に誰も業務がわからなくて大騒ぎになった先輩。あの先輩は最後、体を壊して辞めていった。
「レオンハルトさんに何かあったら、困る人がたくさんいるんです」
「俺がいなくなっても、誰も困らない」
さらりと言った。昨日「金には困っていない」と言ったときと、まったく同じ調子で。
「困ります!」
思わず声が大きくなった。ギルドに残っていた冒険者さんが何人か振り返る。
「少なくとも私は困ります。こんなにいい報告書を書ける人、ほかにいないんですから」
「……理由はそこか」
「そこです。大事なところです」
レオンハルトさんは小さく息を吐いて、外套を翻した。
「話は終わりだ」
「待ってください。どうしてそこまで一人にこだわるんですか」
扉の前で、彼が立ち止まる。
振り返った顔は相変わらず無表情だった。けれど、声だけがほんの少し低くなっていた。
「俺は誰かの命を預かるつもりはない」
一拍置いて。
「二度とな」
扉が閉まった。
◇ ◇ ◇
「アリサちゃん、大丈夫かい?」
ベルナードさんが、冷めたお茶を下げにきてくれた。
「大丈夫です。……ギルド長。レオンハルトさんが元Sランクだったとき、パーティーを組んでたんですか」
「どうだろうねえ。私も詳しくは知らないんだ。ここに来たときには、もう一人だったから」
二度と。
その言葉が、耳の奥にずっと引っかかっていた。二度と、ということは、一度は預かったことがあるのだ。そしてたぶん、その結果は。
私はメモを見下ろした。狼の群れの見方。毒持ちの見分け方。廃坑の奥の何か。全部、あの人が一人で抱えてきたものだ。
一人で全部できる人は厄介だ。
でも一人で全部背負っている人は、たぶん、もっとしんどい。




