第13話 元Sランク冒険者は、無愛想でした。
報酬の決め方を変える。
そう決めてから、私は一つの壁にぶつかっていた。
「ギルド長。北の森の狼討伐、本当の危険度ってどのくらいなんでしょう」
「依頼書には『群れ』って書いてあるねえ」
「群れって、何匹ですか」
「さあ……三匹とか、六匹とか?」
「包帯の剣士さんのときは、三匹と聞いて六匹いました」
「じゃあ六匹かな」
「次は十二匹かもしれません」
危険な依頼の報酬を上げるには、どのくらい危険なのかを知らなければならない。けれど依頼書に書いてあるのは、依頼主の主観と「群れ」の二文字だけだ。
帳簿なら読める。数字なら並べられる。でも、森の狼が何匹いるかは帳簿のどこにも書いていない。
「現場を知っている人に聞くしかないですね」
「元猟師さんとかかい?」
「あの人は獣の通り道には詳しいですけど、魔物の強さとなると……」
そのとき、ギルドの扉が開いた。
◇ ◇ ◇
入ってきたのは、黒い外套の男の人だった。
背が高い。腰に長剣。顔立ちは整っているのに、表情というものがほとんどない。まるで仕事中の銀行窓口のシャッターみたいな顔だ。
番号札を配ろうとした私の横を素通りして、彼は掲示板の前に立った。そして迷いのない手つきで依頼書を三枚はがし、カウンターに置いた。
北の森の狼討伐。東の沼の大蛙退治。廃坑近くの見回り。
私が赤丸をつけた、安くて危険な依頼ばかりだ。
「この三件を受ける」
「あ、はい。ええと、お名前を」
「レオンハルト」
「パーティーの方は」
「いない」
「……お一人で、三件ですか?」
「三件とも東から北へ一本の道でつながっている。一日で回れる」
アリサとしての記憶が、ぼんやりと顔と名前を結びつけた。半年ほど前からときどき顔を出す冒険者。誰とも組まず、いつも一人で依頼を受けていく人。
奥の机でベルナードさんが小声で教えてくれる。
「レオンハルト君だよ。元Sランクなんだ」
「Sランク!? 国家規模の危機に対応する、あの」
「そう。今はBランクで登録してるけどね」
「どうして下がってるんですか」
「さあ……本人が言わないからねえ」
元Sランク。つまりこのギルドで一番強い人だ。たぶん、ぶっちぎりで。
これは、聞くしかない。
「レオンハルトさん。受注手続きの前に、少しだけお時間いいですか」
「手短に頼む」
「この三件、本当の危険度を教えてほしいんです」
◇ ◇ ◇
レオンハルトさんは私の顔を三秒ほど見てから、依頼書に視線を落とした。
「狼は十一匹」
「じゅういち」
「先週、森の北側で足跡を見た。群れが二つ合流している」
「沼の大蛙は」
「毒持ちが混じっている。解毒薬なしで入れば三日寝込む」
「廃坑の見回りは」
「見回り自体は楽だ。ただ奥に何かいる。理由はわからないが、新人が近づく場所じゃない」
すごい。依頼書の何倍もの情報が、ほんの数秒で出てくる。
私は慌ててメモを取った。狼十一匹。毒持ち。廃坑の奥に何か。
「ありがとうございます! これで報酬の見直しができます。狼の討伐はせめて今の三倍くらいには」
「無駄だ」
「え?」
「報酬を三倍にしても、新人が受ければ死ぬ。報酬を上げるより、新人に受けさせるな」
正論だった。正論すぎて、言い返す言葉が一瞬出てこなかった。
「でも、新人さんにも生活が」
「生活のために死ぬなら本末転倒だ」
「それはそうですけど、受けるかどうかは本人が」
「本人が判断できないから死ぬんだ」
この人、全部正しいことを言っている。でも全部の言葉に角がある。前世でいうところの、会議で一番正しいことを言って一番場を凍らせる人だ。
「……ではせめて、レオンハルトさんがこの三件を受けてくださる理由を聞いても?」
「俺なら一日で終わる。新人が受けて死ぬより合理的だ」
「報酬、すごく安いですけど」
「金には困っていない」
さらりと言った。お金持ちなのか、お金に興味がないのか。どちらにしても受付嬢としては返しにくい。
「あと一つだけ。お一人で十一匹の狼は危なくないですか」
「危なくない」
「本当に?」
「一人のほうが速い」
そう言うと、レオンハルトさんは受注済みの印が押された三枚の控えを外套の内側にしまった。
用件は終わったと言わんばかりに、扉へ向かって歩いていく。
「あ、あの! 帰ってきたら、現場の様子をまた教えてもらえますか」
彼は扉の前で足を止めて、振り返らずに答えた。
「報告書には書く」
「報告書以外のことも聞きたいんです」
「……気が向いたらな」
扉が閉まった。
◇ ◇ ◇
「どうだい、レオンハルト君は」
ベルナードさんがお茶を持ってきてくれた。
「無愛想でした」
「だよねえ」
「でも、すごく頼りになる情報をくれました」
メモを見返す。狼十一匹。毒持ちの大蛙。廃坑の奥の何か。依頼書には一行も書かれていなかった、生きた現場の情報だ。
「ああいう人の知識が、帳簿には一つも残らないんですよね」
「残らないねえ」
「もったいないです」
それにしても、と私はペンを回した。
十一匹の狼を一人で片づけられる人が、どうして一人にこだわるのだろう。仲間がいれば、もっと楽に、もっと安全にできるはずなのに。
前世の職場にもいた。何でも一人で抱え込んで、誰にも頼らない人。だいたいそういう人は、仕事ができすぎるか、誰かを頼って痛い目を見たことがあるかのどちらかだった。
レオンハルトさんがどちらなのか、今の私にはわからない。
ただ一つだけ確かなのは、あの人は私の改革にとってものすごく役に立つ、ということだ。
本人が嫌がっても。たぶん、嫌がるだろうけど。




