第12話 その魔石、本当にその値段ですか?
「相場と合わない、というのは。安すぎるってことですか?」
「いや、それがよ」
元猟師さんはカウンターの魔石を指でつついた。拳ほどの大きさで、中で淡い光がゆらゆら揺れている。
「こういうでかいやつは安すぎる。けど、小せえクズ魔石は逆に高すぎるんだ」
「高すぎる?」
「隣町に持ってっても、このギルドの半分ちょっとにしかならねえ。だから最近は、隣町の連中までわざわざクズ魔石をここに売りに来てるぜ」
私はまばたきをした。
普通、冒険者さんの苦情は「買取が安い」の一択だ。高すぎると文句を言う冒険者さんなんて初めて見た。
「それ、教えてくれてよかったんですか? 高く売れるならそのままのほうが得ですよね」
「そりゃ得だけどよ。ギルドが潰れたら得もへったくれもねえだろ」
元猟師さんは照れくさそうに頭をかいた。
「姉ちゃんが毎日遅くまで帳簿とにらめっこしてんの、みんな見てんだよ」
不意打ちだった。前世で残業を誰かに見てもらえていたことなんて、一度もなかったから。
「……ありがとうございます。助かります」
「おう。じゃ、こいつの買取も頼むわ」
「それはそれ、これはこれなんですね」
「そりゃそうだ」
◇ ◇ ◇
翌日の閉館後。私は買取部門の記録を机いっぱいに広げた。
買取部門といっても、専任の職員はいない。冒険者さんが持ち込んだ素材を、受付が奥の査定表と照らして値段をつけ、代金を払う。溜まった素材は月に何度か商人さんに引き取ってもらう。それだけの仕組みだ。
「ギルド長。この査定表、誰が作ったんですか」
「さあ……私がギルド長になる前からあったからねえ。値段はときどき書き換えてるけど」
「誰が書き換えてるんですか」
「書き換えた紙が届くんだよ。それを貼り替えるだけ」
「どこから届くんですか」
「……どこからだったかなあ」
ギルド長、ほんとうにそういうところですよ。
ひとまず出どころは後回しにして、数字を並べることにした。査定表の買取価格。商人さんへの売却価格。それから元猟師さんに聞いた、隣町での相場。
「まず小さい魔石からです」
紙に三列の数字を書いていく。
「うちの買取価格が、一個千二百ゴルド。隣町の相場が八百ゴルド。そして商人さんへの売却価格が、七百ゴルド」
「えっと……」
「千二百で買って、七百で売ってます」
「それは……」
「一個売るたびに、五百ゴルドの赤字です」
ベルナードさんの顔から血の気が引いていく。
「でも小さい魔石だろう? 一個五百ゴルドくらいなら」
「先月、何個買い取ったと思います?」
「さあ、百個くらい?」
「八百個です」
「はっぴゃく!?」
「隣町の人たちまで売りに来てますから」
五百ゴルドかける八百個。それだけで四十万ゴルド。素材買取の赤字のほとんどが、この小さな石ころから生まれていた。
◇ ◇ ◇
「次に大きい魔石です」
もう一度、三列の数字を書く。
「うちの買取価格が五千ゴルド。隣町の相場が九千ゴルド。商人さんへの売却価格が五千五百ゴルド」
「あれ? こっちはちゃんと儲かってるじゃないか」
「ギルドは五百ゴルドだけ儲かってます。でも相場は九千ゴルドです」
「うん?」
「つまり、大きい魔石を持ち込んだ冒険者さんは相場より四千ゴルドも安く買い叩かれていて、それを受け取った商人さんは相場より三千五百ゴルドも安く仕入れています」
ベルナードさんが紙と私の顔を交互に見た。
「……誰が得をしてるんだい、これ」
「いい質問です。少なくとも、ギルドと冒険者さんではありません」
小さな魔石は高く買って安く売る。だからギルドが損をする。大きな魔石は安く買って安く売る。だから冒険者さんが損をする。
どちらの場合も、最後に石を受け取る商人さんだけが損をしていない。
偶然、と呼ぶには数字がきれいに揃いすぎていた。安すぎるのでも高すぎるのでもない。誰か一人だけが必ず得をするように、値段が並べられている。
「ギルド長。うちの素材を引き取ってる商人さんって」
「長い付き合いの人だよ。私がギルド長になる前からずっと」
「ほかの商人さんに売ったことは?」
「ないねえ。そういう決まりだって聞いてたから」
決まり。また出どころのわからない言葉だ。
◇ ◇ ◇
私は三列の数字をじっと見つめた。
とはいえ、相場の数字は元猟師さん一人の記憶だ。隣町の相場が本当に九千ゴルドなのか、確かめたわけではない。思い込みや聞き違いの可能性だってある。前世で学んだ真理その四。一人の証言だけで結論を出すと、だいたい後で恥をかく。
「この値段、いつか必ず確かめます」
「いつか?」
「今すぐは無理です。査定表がどこから来てるのかも、商人さんとどんな約束をしてるのかもわからないので」
出どころのわからない査定表。出どころのわからない決まり。うかつに手を出せば、どこにつながっているのかもわからない糸を引っぱることになる。
それに、三か月という期限がある。
「まずは、私たちだけで変えられるところから手をつけます。報酬の決め方と、冒険者さんの配置です」
「魔石のほうは?」
「足元を固めてからです」
ベルナードさんは少し不安そうに眉を下げてから、こくりと頷いた。
本当は、もう半分くらいわかっている気がした。
でも気がする、では何も変えられない。赤字の原因を一つずつ名前のある怪物にしてきたように、この違和感にもいつか確かな数字という名前をつけなければいけない。
私は買取記録の表紙に「要調査・魔石相場」と書いて、引き出しの一番手前にしまった。
その魔石、本当にその値段ですか。
答えを確かめに行くのは、もう少し先になりそうだった。




