石像の昇る夜
地の底の唸りは、みるみる大きくなっていった。
ズズ、ズズズ——ズン!
突き上げるような衝撃とともに、大空洞の床が、めりめりと音を立てて砕けはじめた。足元の石畳が、いくつもの四角い島となって割れ、底知れぬ闇の上へと頼りなく浮かび上がっていく。
「うわっ、と……!」
アリスは、辛うじて近くの足場へ飛び移った。隣でリオンが、プクが、それぞれ別の島へと跳ぶ。
闇に浮かぶ石の島が、ぽつり、ぽつりと、何の支えもなく宙に留まっている。その隙間から下を覗けば、底はない。ただ、どこまでも黒い。
アリスは、つま先に力を込めた。落ちたら、あの黒に呑まれる。そう思うだけで、膝が小さく笑った。
下から、音が昇ってくる。
ずず……ずずず……。
闇が、盛り上がる。
仄暗い空洞の底から、巨大な“顔”がゆっくりとせり上がってきた。人のかたちをした、見上げるほどの石の頭。目を閉じ、苔と歳月をまとって、海の底の遺跡みたいに。
一つではなかった。その後ろから、もう一つ。さらに、もう一つ。
「……大きい」
アリスの声は、掠れていた。
プクが隣の足場で、ぴょんと前に出た。
「なるほどね。そういう相手か」
「知ってるの!?」
「ううん、ぜんぜん」
「ぜんぜんなの!?」
「でも、見てなよ」
プクが大きく息を吸った。小さな胸の奥が、かっと熱を持って光る。
ごうっ——。
吐き出された火の玉が、闇を裂いて飛んだ。一発。二発。流れ星みたいに、まっすぐ、石の顔面へ。
ばぎっ、と硬い面に稲妻みたいなひびが走る。次の一撃で、仮面がぼろりと剥がれた。
その下から現れたのは、石なんかじゃなかった。
無数の節くれだった脚。濡れて光る、深海の生き物のような体。剥き出しになった巨体が、奪われた仮面を惜しむように、何本もの腕で空洞の壁にしがみつき、なおも——昇ろうとする。
アリスたちのいる、上へ。
「上だ!」プクが叫んだ。「あいつより速く、上へ昇るんだ!」
リオンの笛から、月色のシャボン玉が次々と生まれた。プクの背からは、瑞々しい虹がほどけて、闇のなかに一本の橋を架ける。
「アリス、走って!」
走る、なんてものじゃなかった。
崩れる足場を蹴って、虹へ跳ぶ。虹を駆け上がって、次の泡へ飛び移る。一歩でも遅れれば、足場は黒に呑まれて消えた。下では巨体が腕を伸ばし、彼らの足首をつかもうと、闇ごと迫り上がってくる。
引きずり下ろされる。下の、暗いところへ。
——いやだ。
理由はわからなかった。ただ、あの黒の底へ連れ戻されることだけは、どうしても、いやだった。
息が焼ける。足がもつれる。それでも、一段、また一段。虹は、昇るたびに光を増した。
「もう少し!」リオンの声。
「上だ、アリス、上ーっ!」プクの声。
最後の泡を蹴った瞬間、足の下で世界が砕けた。
崩れ落ちる城の屋根を突き破って、夜空に飛び出す。
冷たい風。満天の星。そして遥か下で、追いつけなかった巨体が、自分の崩した闇のなかへ、ずるずると沈み返っていく。
アリスは屋根の上に転がって、ぜえぜえと喉を鳴らした。生きてる。上に、いる。
「……ね、リオン」
「うん」
「下に、戻らなくて、よかった」
リオンは少しだけ不思議そうな顔をして、それから、優しく笑った。
「うん。よかったね」




