第二部 灯籠と棺
高い天井の広間は、いつも夕暮れの色をしていた。
窓は一つもない。それなのに、どこからか琥珀色の光が差し込んで、石の床にゆらゆらと影を落としている。壁ぎわには、細長い箱がいくつも並んでいた。磨き上げられた黒い石の箱が、ずらりと、静かに。
その真ん中に、寝台がひとつ置かれている。
女の子が、そこに横たわっていた。
歳の頃は、十かそこら。柔らかな亜麻色の髪が、枕の上に広がっている。頬は白く、けれど苦しそうではなかった。むしろ、長い遠足のあとで、ようやく横になれた子のような顔をしていた。
そのかたわらに、男が膝をついている。
大きな男だった。剃り上げた頭。首から幾重にも下げた数珠。僧衣とも旅装ともつかない黒い衣。背には、人の背丈ほどもある鉄の塊のような剣を負っている。
その大きな手が、女の子の手を、そっと包んでいた。
「ねぇ、おじちゃん」
女の子が、天井を見上げたまま言った。
「同じ夢を、何回も見る事ってある?」
「……ある」
低い声だった。
「私はね」
女の子は、少しだけ嬉しそうに続けた。
「お花畑にいるの。きれいなお花が、いっぱい咲いてるの。でも、空から石が降ってくるのよ。いっぱい、いっぱい。だから私、そのお花が萎れないように、上から覆いかぶさって、守ってあげるの」
「……そうか」
「痛いのよ、ほんとは。背中に、ごつごつ当たって。でもね」
女の子は、こちらを向いた。
「そうやってずうっと我慢してるとね、そのお花が、ペロ君になるの」
「ペロ」
「うちにいた犬。私がちっちゃいころから、ずっと一緒だったの。もういないんだけど」
女の子は、握られた手を、握り返した。
「ペロ君になるから、私、ぎゅうって抱きしめるの。そうすると、石が降ってるのも、平気になるの」
男は、しばらく何も言わなかった。
並んだ黒い箱が、琥珀色の光を鈍く弾いている。
やがて、男は言った。
「その夢は、いつか、もっと幸せなものになって帰ってくる」
「ほんと?」
「ああ」
その手に、ほんの少しだけ力がこもった。
「石なんて、降らない。そのときは、空も、大地も、花で埋め尽くそう。萎れる花など、一輪もない。誰も、何かの上に覆いかぶさらなくていい」
「……いいなあ」
女の子が、ゆっくりと目を閉じた。
「それ、いつ?」
「もうすぐだ」
「うそつき」
くすり、と笑って、女の子は言った。
「でも、いいよ。待ってる」
まぶたが、静かに下りた。
男は、その手をしばらく握っていた。ずいぶん長いあいだ、そうしていた。
それから、ぽつりと言った。
「……それが」
声が、少し掠れた。
「それが、俺の、いつも見る夢だ」
返事は、なかった。
女の子は、もう眠っている。石の降らない空を、見ているのかもしれなかった。
男は立ち上がり、女の子の身体を両腕にすくい上げた。羽根のように軽かった。壁ぎわの、まだ蓋の開いている黒い箱へ、そっと横たえる。
眠った顔に、乱れた髪をひとふさ、指で直してやる。
そして。
ごとり、と。
石の蓋が、閉まる音がした。
広間は、また、夕暮れの色に戻った。
箱は、ぜんぶで、いくつあっただろう。
数えた者は、この城には、一人もいない。




