↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/31

第二部  灯籠と棺

高い天井の広間は、いつも夕暮れの色をしていた。

窓は一つもない。それなのに、どこからか琥珀色の光が差し込んで、石の床にゆらゆらと影を落としている。壁ぎわには、細長い箱がいくつも並んでいた。磨き上げられた黒い石の箱が、ずらりと、静かに。

その真ん中に、寝台がひとつ置かれている。

女の子が、そこに横たわっていた。

歳の頃は、十かそこら。柔らかな亜麻色の髪が、枕の上に広がっている。頬は白く、けれど苦しそうではなかった。むしろ、長い遠足のあとで、ようやく横になれた子のような顔をしていた。

そのかたわらに、男が膝をついている。

大きな男だった。剃り上げた頭。首から幾重にも下げた数珠。僧衣とも旅装ともつかない黒い衣。背には、人の背丈ほどもある鉄の塊のような剣を負っている。

その大きな手が、女の子の手を、そっと包んでいた。

「ねぇ、おじちゃん」

女の子が、天井を見上げたまま言った。

「同じ夢を、何回も見る事ってある?」

「……ある」

低い声だった。

「私はね」

女の子は、少しだけ嬉しそうに続けた。

「お花畑にいるの。きれいなお花が、いっぱい咲いてるの。でも、空から石が降ってくるのよ。いっぱい、いっぱい。だから私、そのお花が萎れないように、上から覆いかぶさって、守ってあげるの」

「……そうか」

「痛いのよ、ほんとは。背中に、ごつごつ当たって。でもね」

女の子は、こちらを向いた。

「そうやってずうっと我慢してるとね、そのお花が、ペロ君になるの」

「ペロ」

「うちにいた犬。私がちっちゃいころから、ずっと一緒だったの。もういないんだけど」

女の子は、握られた手を、握り返した。

「ペロ君になるから、私、ぎゅうって抱きしめるの。そうすると、石が降ってるのも、平気になるの」

男は、しばらく何も言わなかった。

並んだ黒い箱が、琥珀色の光を鈍く弾いている。

やがて、男は言った。

「その夢は、いつか、もっと幸せなものになって帰ってくる」

「ほんと?」

「ああ」

その手に、ほんの少しだけ力がこもった。

「石なんて、降らない。そのときは、空も、大地も、花で埋め尽くそう。萎れる花など、一輪もない。誰も、何かの上に覆いかぶさらなくていい」

「……いいなあ」

女の子が、ゆっくりと目を閉じた。

「それ、いつ?」

「もうすぐだ」

「うそつき」

くすり、と笑って、女の子は言った。

「でも、いいよ。待ってる」

まぶたが、静かに下りた。

男は、その手をしばらく握っていた。ずいぶん長いあいだ、そうしていた。

それから、ぽつりと言った。

「……それが」

声が、少し掠れた。

「それが、俺の、いつも見る夢だ」

返事は、なかった。

女の子は、もう眠っている。石の降らない空を、見ているのかもしれなかった。

男は立ち上がり、女の子の身体を両腕にすくい上げた。羽根のように軽かった。壁ぎわの、まだ蓋の開いている黒い箱へ、そっと横たえる。

眠った顔に、乱れた髪をひとふさ、指で直してやる。

そして。

ごとり、と。

石の蓋が、閉まる音がした。

広間は、また、夕暮れの色に戻った。

箱は、ぜんぶで、いくつあっただろう。

数えた者は、この城には、一人もいない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。