↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/31

光の道を走る者

八本腕の闇が消えた塔の心臓部に、ようやく静けさが戻った。

祭壇に突き立っていた光芒の杖を、リオンがそっと引き抜く。虹色の光が回廊じゅうに満ちて、青い石壁の冷たさをやわらかくほどいていった。

「これで上への道が開く」リオンが言った。「天上は、この塔のいちばん高いところの、さらに先だ」

ガルドが剛剣を背に納め、ゆっくり二人へ向き直った。

「私はここまでだ」

「え……一緒に来ないの?」アリスが驚いて見上げる。

「私には別の階で果たすべき約束がある。ずっと昔に、小さな者と交わした、たった一つの約束だ。それを果たすまで、私はこの塔を登りつづける」

その声はいつものように静かだった。けれど、どこか憑き物の落ちたような軽さがあった。

「だが——礼を言わせてくれ。何日も解けなかった掟が、お前たちと組んだ途端に解けた。誰かと登るというのが、こんなにも違うものだとは思わなかった。長いあいだ、私はそれを忘れていた」

「行け。お前たちの道は、上だ」

ガルドは背を向けかけて、ふと足を止めた。

「……ガルド、という」

黄金の兜は、こちらを向いていなかった。

「そう名乗っている」

「それ、あなたの名前じゃないの?」

騎士は、答えなかった。答えないまま、じゃら、と、鎧の内側で乾いた音が鳴った。

「……名乗るほどの相手も、これまではいなかったのでな」

それだけ残して、黄金の騎士は枝分かれした回廊の闇へ歩き去った。重い足音がひとつ、またひとつと遠ざかっていく。最後まで振り返らなかった。

入れ替わるように、塔の天辺の崩れた壁の向こうから、聞き慣れた声が飛び込んできた。

「よーう! 久しぶりだなあ、二人とも!」

虹を蹴って舞い込んできたのはプクだった。その後ろから、あの青い竜が三本の首をのんびり揺らしてついてくる。

「プク! それに竜さんも!」

「言ったろ? 世界は狭いって」プクが得意げに胸を反らす。「あんたたちがでっかい光をぶっ放すのが、ずーっと遠くからでも見えたんだ。こりゃ面白そうだって、竜のおっさんと迎えに来てやったのさ」

竜がふんと鼻を鳴らした。

「礼はいらん。乗れ。ここから先は、おれの翼でも骨が折れる道だ」

アリスとリオンが竜の背にまたがると、青い竜は塔の天辺を蹴ってまっすぐ夜空へ駆け上がった。

雲を抜けた先に、それはあった。

天と天のあいだに、一本の細い光の帯がはるか彼方までまっすぐ伸びている。星屑を溶かして流したような、まばゆい光速の道だった。

竜がその帯へ飛び込むと、世界がいっせいに後ろへ流れはじめた。

速い。あまりに速い。両脇を、ちぎれた光が滝のように流れ落ちていく。アリスは竜の鱗にしがみつきながら、その途方もない奔流をまばたきも忘れて見つめた。

そのとき、光の帯の先に白い閃光がひとつ瞬いた。

閃光はみるみる近づき、一人の少年の姿になった。青いウェアに白いブーツ。彼は光の道そのものを自分の足だけで、竜にも劣らぬ速さで駆け抜けている。

少年はちらりとアリスたちを見ると、不敵に笑っていっそう加速した。まるで競争を仕掛けるように。

「あいつ、走ってる……! この速さに、足で!」

「この道の住人さ」リオンが風に負けじと叫んだ。「どこの世界の子かは、誰も知らない。ただ、ずっとこの光の上を走りつづけてるんだ」

竜が好戦的に喉を鳴らし、走者を追って速度を上げる。光の壁すれすれを、二つの影が並んで翔けた。

風が頬を裂き、足元では世界が砕けるように流れていく。怖くないと言えば嘘になる。けれど、アリスの胸を満たしていたのは、もう恐れではなかった。

戻りたくない、とあの石の塔で願った。あれは下の闇に引きずられたくないという、必死の拒絶だった。

けれど今は違う。前へ行きたい。この光の果てに、自分が会うべきものがある。そう確信できる、まっすぐな衝動だった。アリスは竜の首にしがみつく腕へ、ぐっと力を込めた。

光の道が、ふいにゆるやかな上り坂へ変わる。

走者が最後に一度だけアリスを振り返り、軽く片手を上げた。別れの合図のように。次の瞬間、彼は光の彼方へ矢のように消えていった。

竜が最後のひと蹴りで光の帯を抜ける。

まばゆさが晴れた。目の前に、見たこともない景色が広がっていた。果てしなく続く真っ白な雲の海と、澄みきった空。そのいちばん高いところに、清らかな光に満ちた庭が静かに浮かんでいた。

「……着いた」リオンが息を呑んだ。「ここが、天上だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。