鈴の門と片目の蛙
竜は、二人を黒い城の門前に降ろすと、気だるそうに翼を伸ばした。
「おれが行けるのは、ここまでだ。この城は、呪われてる。竜でも、中に入りゃ気が滅入る」
「ありがとう、竜さん」
アリスが頭を下げると、竜は照れ隠しのように、ふんと鼻を鳴らした。
「……気が向いたら、また拾ってやるよ。せいぜい、くたばるなよ」
二本の首を翻し、青い竜は、ふたたび竜巻の海の彼方へと消えていった。
残された二人の前には、見上げるほど巨大な、黒い鉄の門がそびえていた。
門の表面には、大小さまざまな鈴が、びっしりと吊り下げられている。けれど、どれもしんと黙り込んだまま、押しても引いても、門はびくともしなかった。
「鍵穴も、取っ手もない……どうやって、ここを開けるの?」
アリスがそう呟いたとき、ふと、門のすぐ脇に、人影があるのに気がついた。
ぼろぼろの着物に、からんと鳴る下駄。泥だらけの顔。歳の頃は、アリスより少し下くらいだろうか。
その少年は、巨大な門を見上げたまま、その場から一歩も動けずにいた。
かこん。
下駄の片方を、地面に打ちつける。
かこん、かこん。
落ち着かなげに、何度も。まるで、進むべきか、引き返すべきか、ずっと迷い続けているみたいに。
「……行かなきゃ、いけねえ気が、するんだ」
少年は、アリスたちに気づいているのか、いないのか、ぽつりと呟いた。
「この門の、向こうにさ。行かなきゃ、いけねえ。……でも」
かこん。
「行きたく、ねえんだ。なんでかは、わかんねえけど。……この奥に行ったら、オラ、どこに行っちまうんだろうって。そう思うと、足が、どうしても、動かねえ」
その声は、強がる響きとは裏腹に、迷子の子供みたいに頼りなかった。
アリスは、なぜだろう、その小さな背中を放っておけなかった。
「……一緒に、行く?」
少年が、はっと振り返る。
初めてアリスの顔をまともに見た少年は、なぜか、その動きを、ぴたりと止めた。警戒でも、敵意でもない。ただ、不思議そうにじっとアリスを見つめている。
そして、ふいに、肩の力が、すっと抜けたようだった。
「……なんだよ、こいつ。調子、狂うな」
ぶっきらぼうに、けれど、どこか救われたように、少年は鼻の頭をかいた。
「オラ、げんすけ。……ま、ひとりよりは、マシ、かもな」
そのとき、だった。
ゴゴ……ッ。
不吉な軋みを立てて、見上げるほどの黒い鉄の門が、ぐらりと、こちらへ傾いた。長い年月で、根元が腐っていたのだろう。鈴をびっしりと吊るした巨大な扉が、三人めがけて、ゆっくりと倒れ込んでくる。
「危ない——!」
逃げ場は、なかった。
その瞬間、げんすけが、ぱっと前に出た。
「どきなっ!」
両の手のひらを、倒れてくる門へとかざす。
ドンッ——!
放たれた、ひときわ大きな青白い光の球が、門を真正面から撃ち抜いた。鈴を撒き散らしながら、巨大な扉は粉々に砕け、けたたましい音を立てて崩れ落ちる。
リィィン——と、無数の鈴が、最後にいっせいに悲鳴のように鳴いた。
「……すごい」
アリスが目を見張る。げんすけは、ふんと得意げに胸を反らした。
けれど、その鼻はすぐに、引っ込むことになった。
砕けた門の、その向こう。ぽっかりと口を開けた暗闇の奥から、地響きを立てて、それは、ぬうっと這い出てきた。
巨大な、蛙だった。
ぬらりと濡れた緑の巨体。片方の目は、古い傷で潰れている。だらしなく着崩した派手な羽織に、長い煙管。
「おうおう。人んちの門を、勝手にぶっ壊してくれたな、ガキども」
蛙は、潰れていないほうの目を、ぎょろりと光らせた。
「礼儀知らずは、三人まとめて、丸呑みにしてやる。——嫌なら」
ぎ、と口の端を吊り上げる。
「丁半だ。一回こっきり。当てりゃ、通してやる。外せば、腹の中だ」
蛙は、どこからともなく取り出した茶碗に賽を放り込み、ガラガラと振って、伏せた。
「さあ、張りな。丁か、半か」
リオンが、ごくりと唾を飲む。
「……アリス。こういうのは、勘だ。君が、決めて」
「私!?」
アリスは、伏せられた茶碗を、じっと見つめた。理屈なんて、何もない。けれど、なぜだか、胸の奥が、そっと囁いた気がした。
「……半」
蛙が、にやりと笑って、茶碗を開ける。
ころり、と転がった二つの賽は——一と、四。足して、五。
「半、だ……!」
リオンが叫んだ。げんすけが、げらげらと笑い転げる。
「やった、ねえちゃん、大当たりだ!」
蛙は、しばらく、ぽかんと口を開けていた。それから、諦めたように、大きなため息をついた。
「……ちっ。久々に、いい目を引きやがる」
のっそりと身を起こし、蛙は、ずいっと巨大な顔を近づけてきた。
「約束だ。通してやるよ。——ただし」
ぐわり、と、その大きな口が、ぱっくりと開いた。
「うちの“通り道”は、ここしか、ねえんでな」
「えっ……ええっ!?」
アリスが叫ぶ間もなかった。
ずるるっ、と生暖かい風が吹いたかと思うと、三人はまとめて、巨大な蛙の口の中へと吸い込まれていった。
ぱくん。
あとには、砕けた門と、静かな夜の砂漠だけが、残された。
——どれくらい、落ちていただろう。
ぽーん、と。
三人は、やわらかな何かに弾かれて、ぽふぽふと暗い床の上へと吐き出された。
そこは、もう砂漠ではなかった。
ひんやりと冷たい、青みがかった石の床。見上げれば、闇に霞んで天井も見えない、巨大な城の、その内側だった。
「……食われた、と思ったのに」
アリスが、おそるおそる身を起こす。
げんすけが、自分の身体をぺたぺたと触って、けらけら笑った。
「あの蛙、口がそのまんま、城の入口になってやがったんだ。……ちゃんと当てた“いい子”は、口から通してくれる、ってわけかよ。趣味わりぃなあ」
ひんやりとした青い石の回廊は、どこまでも奥へと続いている。けれど、竜巻の海を越え、門を砕き、蛙に呑まれて——さすがの三人も、もう、くたくただった。
「……今夜は、もう、休もう」
リオンが、力なく言った。
回廊の片隅、崩れた壁の向こうに、古い骨がいくつも転がる、うすら寒い広間があった。三人はそこに身を寄せ、ありあわせの枯れ木で、小さな火を熾す。
頼りない灯りが、三つの影と、無数の骨の影とを、ゆらゆらと青い壁に映し出した。




