打ち合わせの日々の中で
何度目かの打ち合わせの日。
智樹は、完成したデザインを持ってきた。
「こちらが最終案です」
会議室のモニターにサイトを映す。
画面を切り替えるたび、クライアントの担当者が頷いていく。
全体の構成、写真の見せ方、導線。
事前に聞いていた要望はすべて反映されていた。
「すごくいいですね」
担当者がそう言った。
亮も画面を見ながら頷く。
「伊藤さん、ありがとうございます。かなりきれいにまとまってます」
「ありがとうございます」
智樹はいつものように淡々と答えた。
ここまで来れば、あとは最終確認をして公開準備に入るだけだった。
――そのはずだった。
打ち合わせが終わりかけたところで、クライアントの担当者のスマートフォンが鳴った。
「すみません、少し失礼します」
会議室の外へ出ていく。
しばらくして戻ってきた担当者は、明らかに困った顔をしていた。
「……すみません」
その声に、智樹が顔を上げる。
「先方から、急に変更の相談が入りまして」
「変更、ですか?」
「はい。トップページのメインビジュアルなんですが、先方の社内で急に意見が変わったようで……」
説明を聞くにつれ、智樹の表情が少しずつ固くなっていく。
すでに完成している部分にも影響する変更だった。
画像だけを差し替えるならまだいい。
だが、変更された内容によっては、レイアウトそのものを調整する必要がある。
「今日中に修正案を確認したい、ということですか?」
智樹が尋ねる。
「できれば……」
担当者が申し訳なさそうに頭を下げた。
「急な話で本当にすみません」
智樹は時計を見る。
午後五時を少し過ぎていた。
「伊藤さん、一度持ち帰っていただいて、明日の午前中に――」
亮が言いかけたところで、担当者が首を横に振った。
「先方が今日中に一度見たいと言っていまして」
亮も言葉を止める。
無理な話なのはわかっている。
けれど、ここまで進んだ案件を、最後の最後で止めるわけにもいかない。
智樹はしばらく画面を見つめていた。
「……修正内容、もう少し具体的に聞けますか?」
「もちろんです」
担当者が説明を始める。
智樹は黙って聞きながら、頭の中で修正箇所を組み立てているようだった。
「素材は今、先方から送ってもらいます」
「わかりました」
「ただ……」
担当者が少し言いにくそうに続けた。
「私、今日はこのあと外せない予定がありまして。九時くらいまでなら連絡を取れますが、その後は難しくて……」
「大丈夫です」
智樹が答えた。
「今日中に一度、修正版を作っておきます」
亮が智樹を見る。
「伊藤さん、会社のほうで作業してもらえますか?」
「ここで?」
「はい。今のデータもサーバーにありますし、うちの環境を使ったほうが早いと思います」
智樹は少し考えた。
持ち帰って、自宅の環境で作業することもできる。
けれど、データの受け渡しや確認を考えれば、ここで作業したほうが早いのも事実だった。
「……わかりました」
そう答えたときには、時計はもう六時近くになっていた。
*
打ち合わせを終えると、クライアントの担当者は何度も頭を下げて帰っていった。
「本当にすみません。よろしくお願いします」
「大丈夫です」
智樹が答える。
亮は担当者をエレベーターまで見送った。
戻ってくると、オフィスにはほとんど人が残っていなかった。
「みんな、もう帰るんですか?」
智樹が尋ねる。
「今日は定時で上がる人が多いんです。明日も朝から予定があるので」
亮は苦笑した。
「この時間から急に残業させるわけにもいかないですし」
「そうですよね」
「だから、必要な人だけ残ります」
亮が自分の席に戻る。
智樹は少し周囲を見回した。
数人いた社員も、それぞれ帰る準備を始めている。
「伊藤さん、場所はここで大丈夫ですか?」
「はい。むしろ助かります」
「じゃあ、必要なものは全部使ってください」
「ありがとうございます」
そのうち、一人、また一人と社員が帰っていった。
「お疲れさまです」
「お先に失礼します」
そんな声が交わされる。
気づけば、フロアはずいぶん静かになっていた。
智樹は借りた席に座り、パソコンを開く。
亮も少し離れたところで仕事を始めた。
午後七時。
修正案の一度目ができた。
亮がクライアントへ確認を送る。
すぐに返信が来るわけではない。
智樹はその間に細かな部分を調整した。
午後八時。
ようやく返信が届いた。
『ありがとうございます。こちらの方向でお願いします。ただ、もう一点だけ……』
智樹が画面を見た。
「……もう一点」
「まだありますね」
亮が苦笑する。
「すみません」
「いえ」
智樹はそう言って、またキーボードに手を置いた。
外はもう完全に暗くなっていた。
窓に映る自分たちの姿が、昼間よりもはっきり見える。
時計の針が進んでいく。
それでも、二人は仕事を続けた。




