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夢と現実

亮は、夢を見ていた。


窓から差し込む夕方の光。


見慣れた教室。


少し開いた窓から、風が入ってくる。


その風に揺れるカーテンを眺めながら、亮は隣にいる智樹を見ていた。


智樹はいつものようにスケッチブックを膝に乗せ、鉛筆を動かしている。


さらさらと、紙を擦る音がする。


「……何描いてるの?」


亮が聞くと、智樹は顔を上げた。


「亮」


「また俺?」


「うん」


少し照れたように笑う。


その笑顔を見て、亮も笑った。


不思議だった。


昔なら、こんなふうに智樹が自分を描いているのを見ると、どこか落ち着かなかったはずなのに。


今は、ただ嬉しい。


智樹が自分を見ている。


自分のために時間を使っている。


そのことが、たまらなく嬉しかった。


鉛筆が紙の上を滑る音を聞いていると、なぜか眠くなる。


「亮、寝るの?」


「……ちょっとだけ」


「風邪ひきますよ」


「じゃあ、智樹が起こして」


「しょうがないな」


そんなやり取りをしながら、亮は目を閉じた。


――さら、さら。


どこかで、鉛筆の音がしている。


夢の中と同じ音だった。


けれど、その音が少しずつ近くなる。


紙を擦る音。


一定の間隔で続く、小さな音。


そして、頬に触れる空気が少し冷たい。


窓が開いているのだろうか。


亮はぼんやりと思った。


まだ夢の中にいるような気がした。


けれど、次第に別の音が混ざってくる。


遠くを走る車の音。


どこかの部屋から聞こえる、かすかな生活音。


それから、紙をめくる音。


夢の中の教室にはない音だった。


亮はゆっくりと目を開けた。


見慣れない天井が目に入る。


一瞬、何が起きているのかわからなかった。


夕方の教室ではない。


カーテンの隙間から差し込んでいるのは、朝の淡い光だった。


それでも――。


鉛筆の音だけは、まだ聞こえていた。


亮はゆっくり顔を横に向けた。


そこに、智樹がいた。


ソファの脇に座り、スケッチブックを膝に乗せている。


鉛筆を持った手が、静かに動いていた。


亮は息を止めた。


夢の中と、同じだった。


違うのは、ここが夢ではないことだけだった。


智樹がふと顔を上げた。


「……起きました?」


その声を聞いた瞬間、亮の胸の奥が強く揺れた。


夢ではなかった。


本当に智樹がいる。


昨夜、自分をここまで連れてきてくれて。


眠っている自分のそばにいて。


そして今、自分の顔を描いている。


亮はまだ、夢と現実の境目にいるような気がしていた。


「……智樹」


「はい?」


名前を呼ぶ。


それだけで、胸の奥がいっぱいになる。


夢の中で感じていた幸せが、そのまま現実に残っていた。


気づけば、亮は身体を起こしていた。


そして、考えるより先に腕を伸ばしていた。


智樹の身体を抱きしめる。


「……」


智樹の身体がわずかに強張った。


その瞬間、亮は我に返った。


「……ごめん」


腕を離そうとする。


また、やってしまった。


昔と同じように、自分の気持ちを先にしてしまった。


嫌がられる。


そう思った。


けれど――。


智樹は動かなかった。


逃げなかった。


亮の腕の中に、そのままいた。


「……嫌じゃ、ないの?」


亮の声は、自分でも驚くほど小さかった。


智樹は少し黙ってから答えた。


「……嫌だったら、逃げてます」


その言葉を聞いた瞬間、亮の胸が詰まった。


「……そっか」


それ以上、何も言えなかった。


ただ、もう一度だけ、そっと智樹を抱きしめる。


今度は、夢の続きを確かめるように。


夢ではない。


ここにいる。


ちゃんと、触れられる。


智樹は逃げない。


その事実が、亮には何よりも嬉しかった。


しばらくして、智樹が小さく息を吐いた。


「……亮」


「うん」


「そろそろ、離してもらっていいですか」


「あ……ごめん」


亮が腕を緩める。


二人の身体が離れる。


けれど、さっきまで触れていた場所には、まだ互いの体温が残っていた。


智樹はスケッチブックに目を落とした。


そこには、眠っている亮の顔が描かれている。


夢の中で見たものと同じだった。


――ずっと、こうしていたかった。


そんな思いが、胸の奥をよぎる。


亮もまた、スケッチブックを見ていた。


「……描いてくれたんだ」


「……なんとなく」


「そっか」


亮は嬉しそうに笑った。


その顔を見て、智樹は思った。


やっぱり、この人の顔を描くのが好きだ。


昔からずっと。


そして、その気持ちをもう、なかったことにはできない。


朝の光が、二人の間に静かに差し込んでいた。


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