第7話 追いかけずに勝つ
五隻の船を守る線が、画面の中でゆっくり伸びていた。
月へ向かう船団の外側を、ルクスレインが進む。敵はその斜め後ろから追い、〇一は両者の間にいる。
最初の攻撃をすべて落としても、黒い艦は離れなかった。
「ハコベ、前との間が開いています」
シラが伝えると、丸眼鏡の船長はすぐ答えた。
『見ていた。もう少し寄せる』
何を見ていたかは、聞かなくても分かった。
船長たちには、初めて見る新型の迎撃が窓の外にある。シラ自身も見ていたい。それでも、五隻が同じ幅で進まなければ、あの一機の往復が増える。
第二波は、一列では来なかった。
船団から見て上と下へ弾が分かれ、〇一のいるところを大きく回り込む。
「上下、両方!」
観測員が報告した。
ラビは手を伸ばしかけ、操作盤の上で止めた。人の手で一発ずつ狙わせる機械ではない。送るべきなのは、守る船の位置と、飛び出してはいけない範囲だった。
〇一が傾いた。
上方へ射撃しながら、機体そのものは下へ移る。互いに違う方へ動く光を、シラは目で追い切れなかった。
最下段の弾が、医療資材船へ近づく。
船の側面で、姿勢制御の噴射が小さく光った。
「その向きで大丈夫です。大きく曲がらないでください」
シラは船長へ伝えた。
逃げるな、と言う声にはしたくなかった。けれど、急に動けば、ほかの船の道へ入る。
『分かっている。ここを保つ』
返事とほぼ同時に、弾の印が消えた。
〇一はすでに逆側を向き、ハコベへ迫った最後の点へ光を重ねていた。
「第二波、被弾なし」
ラビが両手を一度だけ、机の縁へ置いた。
シラは、握りしめていた自分の指も開いた。
『一機で、全部見てるのか』
タルカの船長の声がした。
シラにも、全部を見ているようにしか思えなかった。
それでも機体の脇には、上がり続ける温度の線がある。
「迎撃継続可能。今の動作を続けると、休ませる時刻が早まります」
エナが報告した。
シラは月側の護衛艦までの残りを見た。そこへ渡して終わりではない。月が敵との間へ入るまで、船を守らなければならなかった。
*
黒い艦が、船団から横へ離れ始めた。
シラは一瞬、退いたと思った。
ラビは速さの線を消さなかった。
「前へ回るつもり。月へ向かう分は落ちてない」
後ろで追っていた敵が、大きな弧を描いて、先頭のタルカに並ぼうとしている。
今の〇一は最後尾寄りだ。敵が先頭まで行けば、重い船の脇が空く。
「タルカの横へ、〇一を動かしたいです」
シラは航海長へ配置を送った。
敵へ近づけるのではない。五隻がこれから通る側に、先に入れておく。
ガルドの許可を受け、ラビが任務範囲を変えた。
「各船、護衛が前へ動きます。ルクスレインのいる側へは出ないでください」
シラは共通回線へ伝えた。
ハコベから、了解、と届いたあと、医療資材船からも同じ言葉が来た。
自分のそばから機体が消えることを、もう勝手に見捨てられたと思わせずに済む。
〇一が船団の外側を追い越した。
タルカの前方へ着くと、黒い艦の船首がさらに外を向く。
敵はまた、遠くを回り始めた。
「向こうが、よけた」
シラの声が小さく漏れた。
初戦では、逃げるために道を探していた。今日は敵の方が、まっすぐ来るのをやめている。
〇一の反撃が黒い船腹に光を散らした。大きな破損は見えなかったが、距離が少し開いた。
「このまま前へ出せば、側面を取れる」
ラビが攻撃経路の候補を示した。
そこで敵を止めてしまえば、五隻を急がせなくていいのではないか。
シラはその線を、つい指でたどった。
線が伸びるほど、〇一と医療資材船の間は開いた。
敵の船腹には、まだ閉じていない発射口があった。
「今撃たれたら、戻る方が間に合わない」
「うん。追わせない」
ラビは候補を閉じた。
二人の判断を受け、ガルドも護衛位置の維持を命じる。
敵を壊していない。
そのことが物足りなく感じられたのを、シラは少し怖いと思った。さっきまで、こちらの船に傷がつかなければいいと願っていたのに。
画面の別の場所で、五つの印は月へ進み続けていた。
遠回りをしているのは、相手だけだった。
*
前方に、通常護衛艦の白い船体が見えた。
月の明るい部分を背にして、こちらを迎える向きへ回っている。通信担当が回線をつなぐと、落ち着いた声がした。
『五隻を確認。誘導と近距離の防御を受け持つ。そちらは外側を頼む』
ガルドが了解した。
シラは五隻の現在の並びを送り直した。出発前の案からは、医療資材船の場所が変わっている。元の資料だけで受け取られたら、また列へ戻す指示が出るかもしれなかった。
『横へ離れた位置で維持、承知した』
護衛艦の誘導員が答えた。
シラは医療資材船へ、その相手を紹介した。
「次の担当も、今の位置を確認しています」
『助かる』
灰色猫の船長は、それだけ言った。
その短さが、シラにはかえってうれしかった。もう、火星の話を初めから説明しなくていい。
引き継ぎの途中で、敵が動いた。
大きく回っていた艦首が船団へ向き、黒い船体がこちらへ距離を詰める。
「発射。艦そのものも前進!」
ラビが声を上げた。
撃ち出された弾の後ろから、敵の船が来る。〇一が弾を追う間に、船団へ入り込もうとしていた。
「ハコベ、受け取った針路を維持。ほかの船に追いつこうとしなくて大丈夫です」
シラは最後尾へ伝えた。
焦って前へ詰めれば、重いタルカまで加速しなければならなくなる。五隻がいま動ける速さで、全員を先へ通すしかなかった。
「〇一は外側に残す。兵装班、射線を確認して反撃」
ガルドが命じた。
ルクスレインの砲が動く。艦内の床から伝わる振動に、シラの歯が軽く触れ合った。
〇一は後ろへ下がらなかった。
敵弾を撃ちながら、船団と平行に横へ滑る。黒い艦はそれを追うように向きを変え、後ろ寄りの側面をさらした。
ルクスレインの砲から放たれた光が、黒い船腹へ刺さった。
噴射口のそばに突き出した装置が、根元から折れる。白い点になった破片が船を追い越し、敵艦の後ろの光が一つ消えた。
船首が揺れ、五隻へ向かっていた線が外れる。
「敵、加速低下!」
艦橋で、誰かが小さく息を上げた。
シラは、敵の線とタルカの線を見比べた。重なるはずだった先が、離れていく。
追いつかれない。
そう思った瞬間、体の奥から熱いものが上がった。
「すでに放たれた敵弾が、まだ船団へ向かっています。〇一、迎撃継続」
ラビの声が、はっきり届いた。
黒い艦は傷ついても、最後の弾まで消してくれない。〇一がそれを砕くあいだ、母艦の砲も近づいた点へ向いていた。
シラは次の船を呼んだ。
浮きそうになる声を抑え、向かう場所を伝える。
勝った、と言うためには、まだ五隻が途中にいた。
*
月の縁へ、一隻ずつ船が入っていった。
画面から消えるのが怖かった。
しかし今度は、失ったわけではない。敵から直接狙われない側へ進み、代わりに護衛艦から通過の連絡が来る。
一隻。二隻。医療資材船。続く船。
『ハコベ、通過。五隻とも受け取りました』
最後の報告に、シラは手を止めた。
完了の欄を押すだけなのに、指がうまく合わなかった。隣からラビが手を出しかけ、それから待ってくれた。
「全部、渡した」
自分で押してから、シラは言った。
「うん。五隻」
ラビも、数を口にした。
〇一はまだ外にいる。二人はそちらへ画面を戻し、最後の帰還に取りかかった。
敵は残る噴射口を使って、月から遠ざかっていた。
新たな発射がないことを確かめ、ルクスレインも月の陰へ入る。〇一が近づき、四枚の板を畳んだ。
最後の一枚まで、途中で止まらなかった。
『収容完了。落としてきた部品はなさそう』
トウカの声に、ラビがようやく笑った。
「先輩。今度は全部、閉じました」
『見てるよ。こっちも、そこが気になってた』
シラは背もたれに頭を預けた。
昨日の部品を調べた人も、五隻の速さをそろえた船長も、月側で待っていた護衛艦も、今の一機が帰るまでのどこかを支えていた。
タルカから最後の音声が届いた。
『積み荷、一つも減らしてないぞ』
シラは笑って返そうとし、喉が詰まった。
「はい。港で、全部降ろしてください」
それだけは言えた。
五隻の行き先を示す線は、もう自分の画面ではなく、月側の管制へ続いていた。




