第6話 五隻を迎えに
集積所が画面に現れたとき、シラには船の方が建物に見えた。
翌朝、ルクスレインは月へ向かう輸送船五隻と合流した。四角い倉庫が通路でつながれ、その間に船腹を差し込むように、船が泊まっている。大きな貨物容器を抱いた一隻は、どこまでが荷物で、どこからが船なのかも分からなかった。
『赤い帯があるだろう。あれがうちだ』
昨夜、荷物を減らすなと言った船長だった。
ラビが映像を寄せる。赤い帯の下へ《タルカ》の文字が出た。胴の周囲に固定された貨物容器は、船とほとんど同じ色をしている。
『冷却設備は倒して積めん。急に振り回すのもだめだ。うちの加速の記録、読んだか』
「読みました。出発は最初にお願いします」
『やっと先頭になれたな』
共通の回線へ、《ハコベ》の船長の声が混じった。
『いつも私を抜いていくからだ』
『今日は抜かない。その荷物を前で運んでくれる間は』
「合流したあとも、順番に割り込まないでくださいね」
シラが言うと、二人とも少し黙った。
ラビは長耳をそろえ、口元だけ笑っている。
「何」
「いや、今の注意は必要だったと思う」
明らかに、笑うのを我慢している声だった。
残る三隻のうち、医療資材船は貨物室の温度が保てる時間を気にしていた。予定より待機が延び、使う電力を切り詰めているらしい。
ほかの二隻も、点検の終わる順番と乗員の交代が違った。速さだけを見て並べた昨夜の案には、まだ直す場所があった。
「離れる間隔は、荷役の進み方に合わせて変えます」
シラは出発表を横へ伸ばした。
「タルカから、順に。ハコベには最後に追いついてもらいます。開けた場所に出るまでは、集積所の誘導に従ってください」
ラビが通信の確認を始めると、五人が同時に返事をした。
わかった、という声に、分からない、という声が重なった。
「ちょっと待って。今、誰が分からないって」
ラビは音声を止めかけ、やめた。
全員を黙らせれば、急ぐ連絡まで消えてしまう。
「すみません。私が一度に聞きすぎました。緊急の連絡はそのまま入れてください。それ以外は、こちらから船名を呼びます」
返事の順番ができた。
医療資材船の船長が、護衛の位置を見たいと言った。
『乗員が気にしているんです。新型は、どちら側を飛ぶんでしょう』
灰色の猫の船長の後ろから、若い乗員が顔を出した。船長が隠すように肩を動かす。けれど、船長自身も画面へ寄っていた。
「右側です。月へ進む五隻から見て、敵が来ると予想される側。さらにその外へ〇一を出します」
『窓から見えますか』
シラは、見えると思います、と言いかけた。
五隻の窓がどちらについているかも知らなかった。
ラビが、艦橋用の複雑な図を閉じた。船団、母艦、〇一。残した三種類の印を各船へ送る。
「実物を見失っても、この画面で位置を確かめられます。情報が途切れたときは、古い位置だと分かる色に変わります」
『こっちでは横長に見えるな。どちらが前だろう』
ハコベの船長だった。
ラビは自分の画面だけを見ていた顔から、通信相手を見る顔になった。
「そちらの表示を見せてもらえますか」
左右が、こちらとは反対だった。
船内の人にとって見やすい向きが、艦橋と同じとは限らない。ラビは月へ進む矢印を追加し、各船で指差してもらった。
シラは、そのあいだに誘導の言い方を変えた。画面の右、ではなく、ルクスレインのいる側、と。
「みんなに同じものを送れば、同じように見えると思ってた」
確認を終えたラビが、小さく言った。
「私も。こっちの右しか考えてなかった」
シラはラビの用意した図を、出発の資料へ入れた。
これなら、初めて話す船長にも、どこへ行ってほしいか伝えられそうだった。
*
タルカが離れるまで、思ったより時間がかかった。
支えていた荷役アームが外れても、船はしばらくその場に見えた。大きな荷物を積んだまま、小さな噴射で倉庫から距離を取っている。
後ろで待つ二隻目から、順番を繰り上げたいという照会が来た。
「もう少し待ってください。前の船の船尾が、通路を抜けきっていません」
シラは外部映像へ輪郭を重ねた。
船首は出ている。貨物容器の最後の一つが、まだ倉庫の端と並んでいた。
ここで次を横へ通せば、遅い船の逃げ場所がなくなる。
『気にするな。うちはいつも、最後の荷物がなかなか出ない』
タルカの船長はそう言ったが、噴射を増やしたりはしなかった。
やがて赤い帯が倉庫の影から出る。集積所の担当が次の船を送り出した。
ルクスレインも速度を合わせて進んだ。
五隻の最後から、ハコベが滑るように離れてくる。図の印より、実際の船の方がずっと速く感じる。船団の最後尾まで追いつくのも早い。
「ハコベ、その速さで十分です。これ以上、前へ詰めないでください」
『了解。久々に出られたものでね』
前方には月が見えた。
今いる場所から月まで、何もない空間が続いている。道がないなら好きに飛べばいいようにも見える。だが、どこへ、どれほどの速さで来るか、受け取る側も決めて待っているのだ。
シラは月側の護衛艦へ、五隻が発進したことを送った。
すべての船が予定の範囲へ入った。
その印をラビが一つずつ確かめたとき、観測席から未識別艦の報告が上がった。
船団の斜め後ろ。月から遠い側。
そこに、細い黒い船がいた。
シラの白い耳が、知らないうちに伏せていた。
記録で知っていた輪郭に、初戦の光景まで重なる。外板がめくれ、声が途切れた、あの警備艦の姿だった。
識別の呼びかけに、返答はなかった。
ガルドが侵攻艦と判定し、戦闘配置を命じる。
「〇一、出せます」
ラビが報告した。
初戦と違い、格納台には動く一機がいる。シラはそこへ期待する自分を、今度は止めなかった。
出撃の許可が下りた、そのとき。
医療資材船が、船団から横へ離れ始めた。
*
「医療資材船、そちらの進路が変わっています」
シラは回線を開いた。
灰色の猫の顔が戻った。今度はカメラの方を見ていない。前方を見たまま、唇を引き結んでいる。
『前の船から、離れる』
「前後の間隔は保てています。そのままなら」
『間隔の問題じゃない』
強い声に、シラは止まった。
手元の図では、まだ安全な間隔だった。相手が見ているのは、違うものなのだろうか。
『火星を出るときも、こうだった。前の噴射だけ見て、ついていけと言われた。前が花になったら、後ろも全部』
言葉が途切れた。
白い破片の向こうへ、さらに次の船が飛び込む景色を、シラは見たことがない。見た人に、図の上では安全です、とだけ言えるだろうか。
ラビが、医療資材船の横移動を測っていた。
シラを急かさず、けれど数値を隠しもしない。
このまま離れると、五隻は二つに分かれる。
「前の船の真後ろには、戻らなくていいです」
シラは言った。
船長の目が一瞬、こちらを向いた。
「横へずれた位置で、同じ月へ進んでください。それ以上、離れないでほしい。護衛が届く幅を確かめます」
ラビが修正した配置を送る。
集積所の狭い出口は、すでに後ろだった。五隻が一列でいる必要はなくなっている。ほかの船も少しずつ前後をずらせば、船長の前に、誰かの噴射口を置かずに済む。
「この並びで、兵装班に確認してもらう」
ラビの指が動く。
シラは返事を待ちながら、船長へ問いかけた。
「今の位置から、こちらが示した並びへ移れますか」
『元の列まで戻るよりは』
「では、そこで待ってください。月へ向かう速さは変えずに」
艦長の承認が下りた。
五隻へ新しい配置が伝わり、ハコベから順に受信確認が返る。
医療資材船は、最後だった。
『そこなら、行ける』
印の横流れが止まった。
シラはほっとしたが、息を全部吐けなかった。戻ってもらったのは、あの船長が耐えられる場所だ。本当に守れるかは、これからだった。
格納口から、灰色の一機が出た。
四枚の板が開き、敵とハコベの間へ進む。
『見える。あれがそうか』
ハコベから声が来た。
ラビは〇一の位置を五隻の画面へ載せる。三つの船から、見えた、という返事があった。
医療資材船からは、画面で分かる、と届いた。
黒い艦の側面に、隙間が開いた。
敵弾が散る。
シラは喉を固くしたまま、船団の図を見た。ここから一隻も、失いたくなかった。
〇一の射撃が、最初の敵弾を砕いた。
その光が消える前に、次の光が走る。ハコベへ向かう点が、一つずつ減っていった。
「第一波、迎撃完了。全船、被弾なし」
ラビの声に、シラはようやく息を吐いた。
「各船、今の並びで進んでください。前を見失ったら、こちらへ聞いて」
五人から返事が来た。
今度は重ならず、一人ずつ、確かに聞こえた。




