第31話 空になった場所
再生する前から、シラは右側の回収口が空いていることを知っていた。
ルクスレインの分析室。机の向こうにエナ、隣にラビが座っている。三人の前に出ているのは、〇二を失ったときの映像だった。
シラは画面の端に、緑の四角を見つけた。
受け入れ可能。その意味も、あのときと変わらない。
「音、少し下げようか」
ラビが尋ねた。
「うん。でも、命令は聞きたい」
自分が何を送ったのか、覚えている。分かっていても聞きたかった。
音量が下がり、再生が始まる。
護衛艦が迎撃を引き受ける。
ガルドが帰還を命じる。
ラビの送信した指示を、〇二が受領する。
板が畳まれ、機体が母艦を向いた。
シラは両手を膝に置いた。爪を立てないよう、指を開く。
迎撃を抜けた一発が来る。
ラビの回避指示より先に、〇二の進路が変わる。自分で危険を避け、別の角度から戻ろうとしていた。
「止めて」
シラが言った。
ラビはすぐに止めた。
畳みかけの板が、まだ機体についていた。
この一枚だけを見ていれば、次の瞬間も形を保ってくれそうだった。
シラは顔をそむけ、水を一口飲んだ。
「残れって、言ってない」
「言ってない。帰還を受け取ってる」
ラビが命令の記録を横へ出した。
〇二が母艦のためにそこへ留まった、という命令も応答もなかった。最後まで避け、戻ろうとしていた。
シラは目をこすった。
その確認で救われると思っていたわけではない。それでも、帰ってくる途中だったことを、ほかの立派な話へ変えたくなかった。
「続けて」
画面が動いた。
付け根が光り、外板が散る。中央が裂け、呼び出しへの応答がなくなる。
回収口は、最後まで空いたままだった。
*
気配は、映像には残っていなかった。
先輩の姿も、白い光となって遠ざかる何かもない。ただ、回る破片が広がっていく。
シラは再生を止めたあと、自分が覚えていることを話した。
「急に近くなったんです。そのあと、遠くなった。なくなったとは、思わなかった」
エナは記録の入力を止めて、聞いていた。
「何か、してほしいって言われた感じは?」
「ないです。何も。私が、待ってって思っただけ」
言うと、少し胸が苦しくなった。
行ってほしいと思っていたはずなのに、離れていった瞬間は引き止めたかった。
ラビがゆっくり口を開いた。
「会いたかったのと、閉じ込めておきたくないのは、両方あるんだと思う」
シラはうなずいた。
会えないまま送り出すことができるほど、立派になったわけではなかった。
博士は、シラの言葉を機体の測定結果とは別に保存した。
機械が捉えたことと、その席にいた人が感じたこと。片方を消さず、同じ数値にもせず、並べて残した。
「破片の照合には、これも使います」
エナが映像を示した。
裂けた位置と、飛び散った向き。つらい記録にも、次の仕事に必要なところがあった。
シラはもう一度流すようには頼まず、博士へそれを預けた。
*
探索の範囲は、戦闘のあった場所を丸で囲むだけでは決まらなかった。
数日が過ぎ、破片はその間も動き続けている。別の艦が見ていた映像も使い、どの方向へ、どれくらい散ったかを観測班が調べた。
小さくなりすぎて、追えないものもあった。
シラへ回ってきた作業艇の計画には、探せる範囲と、帰るために残す推進剤の分が分けてあった。
もう少し広く、と指を動かしかける。
その先で帰還の線が細くなった。
広げるという一言で、艇にいる人の帰り道を削ることになる。
「この外側は?」
ラビが図をのぞき込んだ。
シラは手を引いた。
「行かない。あとで、別の観測ができたら考える」
「うん。今ある映像で、絞れる方を探す」
ラビは観測班と一緒に、同じ破片を写した記録を選んだ。シラは艇が作業を打ち切る時刻と、戻る場所を工作船へ確かめた。
全て集めるという約束は、頼まなかった。
作業艇は、監視の担当艦へ進入を知らせてから出発した。
出ていく映像を見ていると、また警報が来るのではないかという気持ちが背中へ上がってくる。
けれど通信に入るのは、破片の位置と、推進剤の確認と、休憩の交代だった。
最初に見つかったのは、板の端だった。
整備班が表面の加工痕を照らし合わせ、〇二に使った部品と確認する。そのあと、中央部の残骸が見つかった。
映像で見たときは黒い点にしか見えなかったものが、ゆっくり作業台へ固定された。
艇の担当者が、別の反射を見つけたと連絡してきた。
予定した範囲の端だった。
『少し寄れば、確認できるかもしれない』
シラは帰還時刻を見た。
遅れれば、受け入れる工作船も位置を変えなければならない。監視のために空けてある範囲へ近づくことにもなる。
「今回は戻ってください。反射の位置を残してもらえれば、次の観測へ渡します」
声を出してから、唇を押さえた。
見つかるかもしれないものを、諦めるのは怖かった。
それでも、通信の向こうには今、生きて帰るための艇がいた。
『了解。帰還する』
その返事を聞き、シラは合流位置を開いた。
回収口が空いているだけでは、帰還は終わらない。
人員と機材の収容が済んだ報告まで、二人で確かめた。
*
検査台の上の残骸は、小さかった。
少なくともシラには、そう見えた。四枚の板を開いて飛んでいた機体と、同じものだとは思えなかった。
触れてよいと許可された外板の一片には、鋭い縁を覆う処置がされていた。シラはその縁へ、指を軽く置いた。
熱くない。何の振動もしない。
あれほど急いで冷やしていた板だった。
別の台には、中央の残骸があった。
黒い中枢だったものは幾つにも割れ、外側の骨組みも原形を保っていない。
「組み込んだときの記録と合います。中枢を含め、破壊されたことを確認しました」
エナが説明した。
未発見の破片もあるが、完全な中枢がどこかを飛んでいるという状態ではない。そのことは、残骸と破壊時の記録から確かめられた。
シラはそばへ行き、しばらく待った。
懐かしさが来るのを待っていたのだと、あとで気づいた。
来なかった。
呼べば返事をする相手では、もともとなかった。
今はそれとも違う。
〇二のそばで、そこにいると体が感じていたものが、この場所にはない。
「先輩、ここにはいない」
シラは言った。
ラビがすぐ隣へ来た。
「出られたんだと思う。あのとき、離れていったのは」
言い終えると、涙が落ちた。
悲しくないわけではない。手元に戻ったものがただの破片で、もう会えないことは変わらない。
それでも、これをひとつ残らず集めなければ先輩を連れて帰れない、と考えなくてよくなった。
エナは検査の端末を置いた。
「壊れたことは確かめられました。その先は、私の検査で証明したとは言えません」
「はい」
シラは頷いた。
それを言われても、先輩が出ていけたという思いは揺れなかった。
ラビは黒い残骸を見てから、シラを見た。
「私は、そう受け止めたい」
同じものが分かるとは言わなかった。
シラは袖で頬を拭き、もう一度だけ板に触れた。
ここへ向かって帰ってきてとは、頼まなかった。
*
〇一は隣の区画にあった。
点検の終わった機体は固定架に支えられ、傷んだ外装の部分へ整備用の札がついていた。
そこには、まだ何かが留まっていた。
誰なのか分からない。
名前も、声も、好きだった食べ物も知らない。
〇二の前と同じ懐かしさではなかった。それでもシラは、空になった検査台とこの機体を、同じようには見られなかった。
「止めておくだけじゃ、出ていけないんですね」
シラは言った。
エナは機体を見てから、ゆっくりうなずいた。
「私は、停止すれば何も起きない状態へ戻せるつもりでいました」
博士は、外装の札へ触れなかった。
「でも、動かさなければよいという話ではなくなった」
ラビが記録の一覧を開いた。
残る完成機は〇一だけ。別の中枢も予備の完成機もない。追加の形成は止めてある。
だから、〇一の中枢も壊して、中にいる誰かを解放できれば、ボイドの運用を終わりにできる。
シラがそう言おうとしたとき、ラビは先に帰還計画を開いた。
「艦長に話そう。その前に、通常艦へ渡す仕事を全部確認したい。『きっと大丈夫』で手放すのは嫌だから」
シラは顔を上げた。
その厳しさが必要だった。〇一を大切にしたいことを、生きている船の人たちへ押しつけたくない。
「手伝う。帰り道も、監視も」
「うん」
エナが、形成設備の図を端末に出した。
「機体より先に、こちらを二度と動かせない形にします。止めた設備を残して、また取り込む危険を残すわけにはいかない」
まだ全員の承認が済んだ計画ではなかった。
誰かが使えるものを、使わないと決めるための仕事が残っている。
シラは〇一の前から一歩下がり、ラビと帰還計画の確認へ向かった。




