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第28話 引き受けたの一言

 助けに来た船にも、今すぐ通せる場所はなかった。


 識別を確かめ終えたとき、ルクスレインの右の砲が、また敵弾を砕いた。光は船腹のすぐ外で散り、シラの席まで振動が届いた。

 後ろの損傷艦は、同じ速さで直進している。そこへ右から敵が回り込み、その敵を止めるための援護艦が、反対側から近づいていた。

 三隻の行く先が、画面の上で重なっている。


 新しい船団の通信は、資料提供側の識別情報と合っていた。こちらが送り返した照合への応答も届き、観測された艦影と信号の方向も一致した。

 ガルドが援護を受けると返すと、進入経路が送られてきた。

 火星側の三隻へは、先に間へ入れる。

 問題は、右の一隻だった。


「この経路だと、こちらの迎撃を横切ります」


 兵装班が重なった部分を赤くした。

 援護艦を味方の砲で撃つわけにはいかない。そこだけ止めればいいように見えて、今その射撃が守っているのは、曲がれない損傷艦だった。

 止めた時間に右の敵が撃てば、医療艇を通した場所へ届く。


 届いた人類側の連絡が翻訳された。

 別経路へ変更可能、こちらの状態を求める、という短い文だった。


「上から、大きく回ってもらえない?」


 ラビが到達予測を重ねた。

 宇宙には天井も壁もない。上でも下でも、全部の射撃から離れて通ることはできる。

 しかし、迂回した援護艦が到着するより先に、右の敵が損傷艦を横から狙える位置へ入ってしまう。予測線では、こちらの守りが間に合わなかった。


「間に合わない。今の速さのまま入る道が要る」


 シラは返した。

 援護艦が遅いのではない。ここに着くまでの動きを、一瞬で別の向きへ変えられないのは、どの船も同じだった。


 〇一の欄へ、指が向きかけた。

 回収済み。冷却中。点検未了。

 今からまた出せば済む一機ではなかった。


     *


 まず火星側へ、援護船団が入った。

 前方の敵三隻へ向けて、人類の船が横に広がる。敵の次の射撃は、新たな迎撃の光に包まれた。迎撃を抜けた一部だけを、獣人の艦が受け持つ。


「前方、援護側の迎撃を確認。こちらの担当を減らせます」


 兵装班の報告を受けてから、ガルドが正面の砲を休ませた。

 全部ではない。相手が引き受けた分だけだった。


 母艦寄りに下がっていた通常艦も、動けるようになる。

 シラはその艦の残弾を開いた。最初の集中砲撃で使い、後方の護衛が前へ出たあとには射撃を抑えてきた艦だった。長く右側を任せる余力はない。けれど、位置を替える間だけなら。


「損傷艦を、左へ寄せれば」


 航路候補の一つが出た。

 シラはすぐにその線を外した。


「その船は動かしません。工作船と補給船を左へ。空いたところを、動ける通常艦に使ってもらいます」


 自分の声が、意外なほど強く出た。

 損傷艦へできないことを求めれば、その返事を待つ時間まで失う。相手の主機が止まったときから、使える道は分かっていた。


 シラは図の中で母艦寄りの通常艦を、空く場所から少し上へ動かした。

 隊列の面をずらせば、今右を守る護衛艦とは違う角度から、損傷艦へ来る弾を受けられる。その艦が引き受けたあと、護衛艦は援護艦が横切る範囲の射撃を止め、前へ寄る。

 援護艦の進路はその下を抜け、右の敵との間へ出る。


 図は、描けた。

 船も同じように動けるかは、まだ分からない。


「短い交代です。援護艦が右の敵を受け持ったら、通常艦も下げます」


 ガルドへ説明し終える前に、ラビが一か所を指した。


「工作船が動くの、待って。医療艇の連絡口、まだ閉じてない」


 搬送を終えた小さな艇が、工作船の外へ固定されたままだった。乗員がまだ接続通路を使い、艇から追加の処置用器材を運び出している。そこで大きく動かせば、治療する人まで危険にさらす。


「何を待てば動ける?」

「聞く」


 ラビは工作船の回線を開いた。

 すぐの返答ではなかった。呼び出された相手も、仕事中だった。


『患者はすでに船内だ。通路の人員を戻せば、艇を固定したまま動ける。大きな加速は困る』


 シラは移動を小さくした。補給船を先に左へ寄せ、その間へ工作船が入る。

 援護艦へ渡す図には、損傷艦の使えない主機と、工作船の加速制限を添えた。

 遠くからでは、船腹を見ても分からないことだった。


「この案で実施する。各艦、自分の次の担当を確認しろ」


 ガルドが決めた。


     *


 ラビは、暗いままの右観測窓を閉じた。

 かわりに、耳の欠けた艦長の船が見ている景色を大きくする。〇二の帰還を見てくれていた、同じ船だった。


「右の映像、続けて借ります。移動する通常艦と、援護艦の両方を見られますか」

『こちらからなら見える。だが、もっと外へは出られない。弾が少ない』

「今の場所でお願いします。迎撃を増やす依頼ではありません」


 ラビは答え、送られた映像の時刻を確かめた。

 母艦で見るものと同じ向きには見えない。味方の位置を重ね、どの船かをシラにも示した。


「この白い艦が、これから上へ移る方。奥が護衛。援護艦は、まだ左にいる」

「見えた。ありがとう」


 シラは支援船三隻へ、移動の順を送った。

 補給船が一隻、左へ寄る。二隻目が続いた。工作船は固定された医療艇を抱えたまま、ゆっくりその間へ入った。

 損傷艦だけは、針路を変えなかった。


 空いた場所を、通常艦が通る。

 少し上へ離れた船腹が、耳の欠けた艦長の映像に大きく映った。船首の向きが変わり、迎撃砲が右を指す。


「移動先、到着」


 ラビが受信した。

 シラは援護艦へ通れると伝えかけたが、ラビの手が止めた。


「まだ。撃つ準備ができたとは言ってない」


 シラはうなずき、送信を待った。

 図の上では、役目は移っていた。実際の艦では、砲の冷却や給弾を確かめる人がいる。

 右の護衛艦は、まだ射撃を続けていた。


 援護艦から、進入できるかと照会が来る。


「まだ通せません。今の位置から減速を。こちらの引受確認を待ってください」


 シラは答えた。

 待たせたくない。右の敵は進んでいる。その影が少しずつ、損傷艦へ向く角度を変えていた。


 ガルドは二人を急がせなかった。

 兵装班へ、母艦で補える範囲を問い直した。砲が動く低い振動が続く。


 ラビが移った艦へ呼びかけた。


「位置は確認しています。右側の担当、引き受けられますか」

『外側は追えている。内側の一群が、こちらから見分けにくい』


 耳の欠けた艦長の船から、対象を絞った観測が送られた。

 ラビが時刻を合わせ、その艦へ渡す。位置の印だけでなく、次にどこを通ると見ているかも、観測班の予測を添えた。


 上へ移った艦の砲が光った。

 内側へ来ていた一群が、損傷艦へ届く手前で砕ける。


『捉えた。右側、引き受けた』


 ラビが顔を上げた。


「引受確認。実際の迎撃も見えた」


 シラは息を吸った。


「護衛艦、該当範囲の射撃を終了。援護艦を通せます」


     *


 止まった光は、一隻分の、一部だけだった。


 上へ移った通常艦は撃ち続けている。耳の欠けた艦長の船も、狙える残りを受け持つ。ルクスレインは近くへ抜けたものを撃つ。

 右の護衛艦が前へ寄り、その後ろに短い空白ができた。

 人類の援護艦が、そこへ船首を入れた。


 シラは全体の図を閉じなかった。

 援護艦だけを追えば、曲がれない船の場所を見失う。二隻の将来位置を重ね、十分離れて通ることを確かめ続けた。


「損傷艦、今のままで進んでください。進路の前を、援護艦が先に通過します」

『了解。こちらは変えない』


 かすれた返答があった。

 シラは、何度も聞いてきたその声に、胸の奥が熱くなった。できない操作を頼まれずに済んだ相手の声だった。


 援護艦が通過する間、上側の通常艦の残弾が減っていく。

 長くは持たない約束だった。その終わりをラビが確かめる。


「援護側、右の敵からの攻撃を引き受けられますか」


 答えが訳される前に、映像で光が走った。

 右の敵から来た弾が、これまでよりずっと遠くで散った。続く射撃も、その内側へ入れない。

 援護艦は敵と損傷艦の間へ入り、地球側へ回ろうとする艦首に合わせて位置を変えた。


『右側を引き受けました。そちらの艦は、退避を続けてください』


 ラビは受信を返し、ガルドへ報告した。

 艦長が上側の通常艦を下げる命令を出す。今度は、引き受けてもらってから砲が休んだ。

 シラはその艦を仲間の位置へ戻した。


 右の敵は、なお外へ回ろうとした。

 人類の援護艦が並ぶように追従し、火星側を押さえた別の一隻も右へ寄る。正面へ戻ろうとしても、すでに敵の戦列からは、発射部を壊された二隻が離れている。残る仲間も援護船団に押さえられ、攻撃を集中できなかった。

 そこで、敵の噴射が短くなった。


「右艦、前進を中止」


 観測席の声がした。

 シラはすぐに返事ができなかった。

 さっきまで、どの線を消しても誰かが取り残されそうだった画面に、八隻が戻るための空間があった。


     *


 撃つ音のない宇宙でも、艦内では変化が分かった。

 床から上がっていた細かな振動が減り、後ろの席で椅子を引く音が聞こえた。砲を休ませた担当者が、乾いた声で残弾を読み上げていた。


 右の観測を借りた艦から、短い通信が来た。


『八隻とも、離れられるな』

「はい。ありがとうございました」

『こっちの船も、戻す順に入れてくれ』


 シラは笑いそうになって、鼻で息をした。


「入っています。さっきから」

『ならいい』


 ラビが自分の水の容器を取った。持ち上げたところで、ふたを開けていないと気づく。

 シラが指でふたを示すと、ラビは目を細めた。


「今の、報告しないで」

「勤務に必要なら」

「必要ない」


 ひと口飲んで、ラビは長く息を吐いた。

 シラも水を飲んだ。喉を通るのが痛かった。


 格納された〇一は、点検を待っている。

 〇二の欄は暗いままだった。

 その場所を埋める一機が、都合よくできたわけではない。

 それでも八隻は守られ、右の敵は、損傷艦にも地球へ続く道にも先回りできなくなった。


 ガルドが援護船団への回線を開いた。


「我々の退避は、地球側への進路を譲るものではない。攻撃停止と撤退を求める」


 シラは、今ようやく言える条件だと思った。

 言葉を届かせる場所まで、自分たちでつないだのだ。


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