第27話 空いた回収口
四隻の敵が撃ったとき、シラは、空いていたはずの場所が全部なくなったように感じた。
火星側から来る三隻には、〇一と通常艦が向き直っている。
右から回る一隻には、母艦の砲と、先ほど後方から出てきた護衛艦が応じた。その護衛を少し母艦寄りへ移せば、損傷艦へ届く攻撃も受け持てる。
けれど、移動している短い間だけ、守りの薄い場所ができる。
そこを、〇二で埋める。
回収まで含む計画が、シラの画面に届いた。
「運用時間は、この線までです」
エナが伝えた上限には、戻る途中で避ける分の余裕が入っていた。〇二が無理をして最後まで残る案ではない。
護衛艦が迎撃を引き継いだら、二つある回収口のうち、近い右側へ戻す。
シラは整備班へ確認した。
『右、開放できる。保持具も正常』
「戻す機体は〇二です。温度が高いので、固定後の手順をお願いします」
『了解。近づくまでは、こちらは中で待つ』
人の声を聞くと、回収口が単なる四角い印ではなくなった。
その向こうでは、機体を受け取る人が待っている。
「〇二、右の迎撃へ。護衛の到着を確認したら帰還」
ガルドの許可を受け、ラビが任務を送った。
シラは行く道と戻る道を、同じ画面で見た。もう一度出す怖さで、帰る方を消さないように。
*
敵弾の数は、何倍にも増えたわけではなかった。
同じときに、違う方から来た。
正面へ向けた砲は右を向けない。〇一が前へ出れば、〇二から遠くなる。砲弾が砕けた点の間を、次の一発が通ってくる。
兵装班の短い報告が、絶え間なく続いた。
「〇二、休射」
ラビが言った。
ほんの短い間、灰色の機体から光が消える。すぐ、次の射撃を求める警告が出た。
熱は下がらない。上がる速さが少し遅くなっただけだった。
右の護衛艦は動いている。
シラは相手の位置を読み上げ、母艦と重ならないことを確かめた。
「回収経路は、そのまま空けてください」
『分かっている。もう少しで受けられる』
その声のあと、艦橋の床が硬く突き上げられた。
シラの歯が鳴った。正面画面の右半分が白くなり、次の瞬間、四角い窓が一つ暗くなった。
「右前方の観測器を喪失。区画の気密、維持」
居住区ではない、と分かるまでが長かった。
シラは息を吸い込み、〇二の印を探した。
止まっていた。
「位置、古い!」
ラビの声が飛んだ。
シラは触れかけた指を浮かせた。機体が止まったのではない。こちらの目がなくなった。
右側で戦っている、耳の欠けた艦長の船から映像が届いた。
〇二はそこにいた。射撃を続けながら、母艦へ少しずつ寄っている。
『こっちから見える。観測を送る。送信時刻はついているか』
「ついています。受け取った位置から補正します」
ラビが答えた。
消えた母艦の映像の場所に、他艦の窓が収まった。見る角度が違う。シラは一瞬左右を間違えかけ、母艦の船首を目印に向きを読み直した。
回収口は空いていた。
『護衛、迎撃位置についた。右の担当を引き受ける』
「〇二、帰還」
ガルドの命令を、ラビが送る。
受領の表示が点いた。
機体は射撃をやめ、板を畳み始めた。
「帰路に入りました」
シラは言った。
その声が、自分を少し安心させてしまった。
*
敵の右艦が、もう一度撃った。
護衛艦の迎撃が走る。
母艦の砲も光り、いくつもの敵弾が途中で砕けた。その奥から、一つが残った。
「回避!」
ラビが指示を送ったとき、〇二はもう向きを変えていた。
帰還をやめたのではなかった。危険を避けてから、別の角度で回収口へ入る。シラの画面にも、新しい短い線が出た。
その線を最後までたどれなかった。
畳みかけた板の付け根が光った。
細い白さが継ぎ目を走り、中央へ向かって分かれた。機体の外板が浮く。シラは、板だけなら外れても戻せる、と思った。
小さな噴射が光った。
まだ避けようとしていた。
板が離れた。
その内側の骨組みが短く折れ、幾つもの破片が別々の向きへ回った。輪の中心に、黒い中枢が見えた。
次の白い閃光で、中心も形を失った。
〇二の線が途切れた。
シラは、自分がどこかを押し間違えたのではないかと画面を見た。
帰還命令は出ている。受領もしている。最後の回避も、記録に残っていた。
戻ってくるはずだった。
「〇二、応答なし」
ラビが報告した。
続けて呼び出そうとした口が、開いたまま止まった。
もう返事をする機体の形は、映像に残っていなかった。
右の回収口は、緑だった。
迎える準備ができているという印だ。
シラはその色を変えられずにいた。
*
肩のすぐ後ろが、温かくなった気がした。
振り向きかけた。
ああ、先輩が来た、と思った。
考えて名前を当てはめたのではない。食堂で何を頼むか迷っていたときや、格納区画の通り道を塞いでいたときと同じように、そこへ来た人のために少し体をよけたくなった。
姿はなかった。
言葉もなかった。
その懐かしさが、離れていった。
灯りを切ったように消えたのではなく、近くにあったものが少しずつ遠くなる。どこへ、とは言えない。画面の上下にも、艦橋の扉の方にも、続く道は見えなかった。
待って、と言いたかった。
何を待ってもらうのか、分からなかった。
戻ってきて、とも言えなかった。
機体の中から出たのだろうか。
そう思うと息がゆるみ、同時に、ひどく泣きたくなった。会えたと思ったのに、また行ってしまう。
「シラ。こっち」
肩へ、実際の手が触れた。
ラビだった。細い指に力が入っていた。
「〇一がまだ外にいる」
シラは息を吸った。
前方の画面で、灰色の機体が撃ち続けていた。そばに誰がいるのか分からない一機が、まだ帰っていない。
ラビの手も震えていた。
〇一の温度を開こうとして、隣の欄を触る。シラがその画面を自分の側から出した。
「ここ。私が経路を見る」
「……お願い」
ラビは手を戻した。
艦橋の音が、ようやく耳に戻ってきた。
*
「攻撃砲を防御へ。〇一を回収する」
ガルドが命じた。
通常艦が敵の船腹から狙いを外し、こちらへ来る弾に砲を向ける。相手を押し返す光は減る。その分、敵は近づける。
長く維持できる配置ではなかった。
それでも、〇一を外に残して撃ち続けさせれば、戻せなくなる。
シラは右側の回収口を閉じた。
まだ〇二の破片が広がっている。空いているからと、同じ場所へ次の一機を通せない。
「左側から回します。左の回収口を開けてください」
『了解。こっちで受ける』
整備班の声だった。
さっきとは別の担当者かもしれない。考える余裕はなかった。
シラは通常艦の射撃方向を確かめ、母艦の左舷に沿う線を引いた。
「〇一、帰還経路を送る。回収まで追うから」
最後はラビに向けて言った。
ラビがうなずき、帰還の指示を確定する。
〇一が向きを変えた。
その後ろで、通常艦の迎撃が増える。母艦の砲が続けざまに撃ち、椅子が小さく震え続けた。
シラは〇一の位置を声にした。
「母艦左前方。通常艦の射線から外れます」
「確認」
「左舷に沿って後ろへ。回収口まで、障害なし」
その間にも、右側の暗い欄へ視線が吸われた。
見るな、と自分へ言う代わりに、次の位置を読んだ。
「減速。保持具へ入ります」
機体の板が畳まれ、外から伸びた腕が中央を受け止めた。
固定の印が点く。推進停止。回収口の閉鎖。
『〇一、回収完了』
整備班の報告を、ラビがもう一度艦橋へ伝えた。
シラは膝に手を戻した。手のひらに、爪が食い込んでいた。
帰ってきた一機がいる。
帰らなかった一機もいる。
片方で、もう片方を消すことはできなかった。
*
八隻はまだ進んでいた。
損傷艦は直進を維持し、工作船の医療区画では、さっき運んだ三人の処置が続いている。
ボイドの代わりに撃つ通常艦から、残弾の報告が来た。シラは届くたび、もう一つ守りが短くなるように感じた。
「さっき、先輩が離れていった」
言える形になったのは、それだけだった。
ラビはシラを見た。
「消えたのとは、違った?」
「うん。……でも、どこへ行ったかは分からない」
ラビは目を伏せた。
何か安心できることを言おうとしているようにも見えた。けれど、うなずいて、記録を残したとだけ答えた。
シラはそれでよかった。
先輩が何を望んだかを、今、二人で決めなくてよかった。
新しい観測が正面画面へ入った。
「別方向に船団。複数の艦影を確認」
まだ来るのか、とシラは顔を上げた。
そこは、人類の提供側が知らせてきた接近方向に近かった。しかし、同じ形の船が今もこちらを撃っている。
「識別を照合中。現時点では未確認です」
ラビが言った。
誰も持ち場を離れなかった。
遠い約束が、船の形になったのかもしれない。
その船をどこへ迎えるかは、まだ決まっていなかった。




