第25話 曲がれない船
敵が右へ回るほど、シラの画面では味方の後方が近くなった。
もちろん、補給船が近づいたわけではない。八隻を一度に見るため、表示を小さくしているのだ。そのせいで、さっきまでの戦いが手のひらに収まり、遠くの船へ届く危険だけが長い線になった。
ルクスレインと通常艦三隻の向こうを回る敵が、二隻。
その先には、補給船二隻と工作船、それを守る通常艦一隻。
正面で止めた敵とは別だ。あちらは今も発射をやめ、戦場から外れている。
「前の四隻を回れば、後ろへ行ける」
シラは線を指した。
味方の前だけ守っても、意味がなくなる。
「後方へ、退避の向きを修正する案を送ります。私たちも合流しないと」
ガルドが航海長を見た。
計算された進路は、今いる場所から斜めに下がる形だった。八隻をまっすぐ一列へ戻すのではなく、右から来る敵との間に、前線の四隻を置き続ける。
「後方四隻、合流点を変更。護衛は敵を追うな。補給船と工作船から離れずに下がれ」
返答が一つずつ来た。
工作船は、積んだ修理機材を固定する時間を求めた。急に向きを変えれば、整備中の台や外へ伸ばした腕を傷めるという。
「固定を待ちます。その間は、今の速さを保ってください」
シラが答えると、工作船は短く礼を言った。
その声を聞きながら、彼女は前線の帰路を直した。相手の都合を聞く分だけ、こちらの予定も変えなければならない。
ラビが母艦の左側を拡大した。
さっき距離を開けた敵が、また近づいていた。左の通常艦は、その前で迎撃を続けている。
「左を最後にしないでね」
「同時には動けない?」
「〇一が右を見てる。今、母艦だけ下がると、左が一隻になる」
シラは一度置いた線を消した。
後ろに間に合わせたいあまり、目の前の相手を置き去りにするところだった。
「左が離れる間、こっちで受ける。右の二隻を先に帰路へ向けて、そのあと母艦と左」
航海長が確認し、ガルドが各艦へ順序を送った。
〇一の帰還後に母艦の脇で冷却していた〇二は、まだ板を閉じていた。
*
「火星寄りに船影、二つ」
観測席の声に、シラは右へ回る二隻を見た。
消えていない。そこへ、もう二つ印が加わった。
「同じ船じゃない。今、両方見えてる」
ラビが別々の映像を開いた。
新しい二隻は、火星側から正面へ来ていた。こちらが後方の船を守ろうと動けば、その背へ届く位置だった。
シラは自分の口が乾くのを感じた。
四隻だと思っていた敵は、六隻いた。
「右の二隻、こちらの針路変更を待たず、退避方向へ。左の離脱は本艦が受け持つ」
ガルドの声は変わらなかった。
シラは、変わらないようにしているのだと思った。艦長にも、この二隻が全部なのかは分からない。
新しく現れた敵が撃った。
〇一が母艦の前へ向き直り、遠くでいくつも光を散らす。その横から、左の敵の射撃が伸びた。
〇一の担当を左まで広げると、正面の迎撃が薄くなる。
「〇二、短くなら使えます」
ラビは勝手に動かさず、エナへ確認を求めた。
博士は機体の数値を見てから、上限を返した。左艦を離す間なら、その範囲で収まる見込みだった。
「〇二を左艦の離脱支援へ。離脱確認後は母艦へ戻す」
許可を受けて、シラが経路を開いた。
行く道は作れた。戻る道も、左艦の後ろに引ける。
確定の位置へ指を持っていき、止まった。
あの中に、先輩がいる。
呼んでも返事をしない相手へ、自分はまた撃たれる場所を示している。
左艦の位置が更新された。
まだ待っている。
「シラ」
ラビの声は低かった。
「経路を見せて。危ないところがある?」
責める言い方ではなかったから、余計に苦しかった。
シラは首を振った。
「違う。……大丈夫。戻す方も一緒に送る」
確定した。
〇二が母艦の脇を離れ、左の通常艦へ近づく。すぐに光が走り、艦の後部へ向かっていた敵弾が消えた。
『左、退避する。そちらへ寄るぞ』
「進路、空いています」
シラは返した。
先輩を大切にしたいことと、あの船を守りたいことは、片方を忘れれば済む話ではなかった。指を動かした今も、答えが簡単になったわけではない。
ただ、〇二の帰ってくる場所を見られるようになった。
*
四隻の艦首が退避方向へ揃いかけたころ、後方の護衛から連絡があった。
『二隻とも来れば、ここでは持たない。片方を引き受けられる位置へは動ける』
画面の中の小さな護衛艦を、シラは大きく表示し直した。
その後ろには、工作船がいる。相手は戦いたくないと言っているのではない。守りたい船を残して動けない、と知らせてくれたのだ。
「そこを離れないでください。こちらから寄せます。合流までの間、敵との距離をください」
返答とともに観測が届いた。
右へ回る二隻は、思っていたより前へ出ている。母艦の位置だけを基準にした図では、後方との間が縮まる速さを見落とすところだった。
シラは退避経路を航海長へ渡した。
ルクスレインが少し右へ向き、その動きに合わせて通常艦二隻が外へ出る。向きを変え終えた左艦が最後に続いた。
「〇二、離脱支援を終了。帰路に入った」
ラビが言った。
シラは灰色の印を確かめ、今度こそ母艦の脇へ戻るまで追った。
温度は高い。次にすぐ呼び出せる一機ではない。
「さっき、止まってごめん」
「あとで。今は、工作船の位置がずれてる」
ラビが自分の端末を寄せた。
固定作業を終えた工作船が、予測より早く動き始めている。
「私が受けた変更、シラへ送れてなかった」
「見た。補給船の間へ入れる。先にそっちへ返事して」
シラは工作船の経路を直した。
ラビが短くうなずく。自分も間違えるという顔を、隠さなかった。
遠くに置いた四隻は、もう図の端にはいない。彼らのところまで戻れると思い始めた、その瞬間だった。
*
左の通常艦の船尾で、光がひしゃげた。
最初は、その艦の迎撃が近くで炸裂したのだと思った。
だが、白い線は外へ飛ばず、船体の継ぎ目を走った。後部の外板が一枚持ち上がり、その下から短い骨組みが抜ける。隣の板も別の方向へ回り、船の形だったものの一部が、大きな弧になった。
『後部損傷! 隔壁を閉鎖する!』
返事がある。
まだ船はある。
シラはその二つにしがみつくように、表示を開いた。
艦尾の噴射が一つ消えた。残る噴射も揃わず、船体が斜めに傾く。自動計算の帰路が赤くなった。
予定の位置に、あの船は来られない。
「航行状態を。動ける範囲だけでいい」
ガルドが呼びかけた。
少しして、息の荒い声が戻った。
『主推進、低下。振動がある。補助で姿勢を……戻している。負傷者あり。後部へは入れない』
シラは、予定の速さを入力したままの欄を空にした。
遅れを取り戻せと送ることはできない。今の相手に、昨日までの船を要求してはいけない。
「主機を止める。補助だけで直進は維持できる」
次の報告は、前よりはっきりしていた。
シラはその言葉を進路にした。急がせず、向きを変えず、現在の動きをそのまま工作船へつなぐ。
ほかの船の線が、その道に重なった。
「損傷艦の前を空けます。動ける艦の方に避けてもらいたいです」
ガルドが図を確かめた。
「全艦、損傷艦に合わせる。工作船は救難準備。合流点を引き直す」
前線の三隻、後方の四隻から返答。
撃たれた船の受信表示も点いた。
『向きを変えなくていいんだな』
「今のままで大丈夫です。こちらで場所を作ります」
シラは言った。
大丈夫なのは、今の進み方についてだけだ。後部に何人いるのかも、全員が助かるかも分からない。
相手は、それ以上の約束を求めなかった。
『了解。直進を続ける』
曲がれない船が、少しずつ進んだ。
工作船から医療の準備ができたと届く。ラビが受け取り、救難艇の使える入口を調べ始めた。
シラは艦の新しい進路から、急旋回を示す矢印を全部消した。
今度はこの遅い一本を、ほかの七隻で守らなければならなかった。




