第24話 四隻で止める
最初の敵弾が来る前に、シラは帰り道の線を太くした。
火星を向いたルクスレインの両側に、通常艦が一隻ずつ。三隻目は母艦の斜め後ろで、どちらにも寄れるように待つ。さらに遠い地球側には、補給船二隻と工作船、それを守る四隻目の通常艦がいた。
八隻とも帰る。そのために、前の四隻で敵を止める。
シラは図の向きを固定した。画面の上が火星側、下が味方の後方。艦が旋回するたび左右まで入れ替わっては、声だけでやり取りする相手を間違える。
前に出た敵二隻は、もう別々の向きへ開き始めていた。その奥に、まだ二隻いる。
「右の敵に寄せすぎると、左が抜けます」
ラビの送った予測線が、後方の船へ伸びた。
シラはうなずき、中央を残したまま各艦が動ける幅を送る。
『右、まだ向きを変えている。そちらの機体は待たせろ』
「待たせています。終わったら教えてください」
返事の声を聞いてから、シラは発進待機の二つの番号を見た。
〇一と〇二。片方にだけ長く目を留めないようにした。どちらも回収欄が用意され、整備班がそれぞれの保持具を確かめている。
トウカの名前は、どこにも表示されない。
「二機の帰路、確保しました」
言い終えると、ガルドが出撃を命じた。
〇一は右前方へ。〇二は母艦寄りで、中央へ抜ける攻撃を止める。遠くまで追わせず、二機の熱を見ながら交代する計画だった。
外部映像の白い船腹から、灰色の機体が一つずつ離れた。
板が開く。機体が向きを変える。
何度も見た動きが、今日は初めてのように怖かった。
「右艦、変更完了」
「通せる」
シラが告げると、ラビの指がすぐに動いた。
〇一が、味方の砲撃方向を横切らない経路へ入る。その先で、敵艦の船腹が光った。
*
〇一の光は、敵弾より細く見えた。
それが一度走るたび、近づく点が砕けて散った。母艦へ向かうものには〇二が向き直り、さらに残ったものをルクスレインの砲が撃つ。
振動が靴底から膝へ上がってきた。
左の通常艦も撃っていた。
艦首の近くに浮かぶ小さな観測機が、その射撃を見下ろすように動いている。
その機体の端が、不意に白くほどけた。
「左、観測機喪失!」
声と同時に映像が途切れた。直前の一枚には、四角い外板がばらばらに持ち上がり、短い骨材の間から飛び出すところが残っていた。
無人機だと分かっても、シラは喉を詰まらせた。あの花のすぐ後ろに、人のいる艦がある。
「左艦へ、こっちの観測を渡します」
ラビは止まった映像を閉じた。母艦の観測班が追っている敵の位置を選び、時刻を添えて送る。
『受け取った。追えている。砲撃を続ける』
左の艦首で再び光が明滅した。
シラは肩に入った力を抜いた。失った目が戻ったわけではない。それでも、あの船は自分の前を見られている。
右からの報告は、もっと苦かった。
『命中はしている。正面には通らん』
拡大映像の黒い装甲に、白い着弾が二つ続いた。煙の代わりに小さな破片だけが散り、敵の長い艦首はなおこちらを向いていた。
同じ場所へもっと撃てば、とシラは考え、右艦の残弾を見た。
それができる数ではない。
だが敵は、まっすぐには進んでいなかった。
右艦の砲が少し脇へ狙いを振るたび、艦首もそちらへ向く。厚い正面を見せたままにするため、横へ回ろうとする動きが遅れている。
「側面を見せたくないんですね」
シラのつぶやきに、ガルドが右艦へ尋ねた。
「その向きのまま、短時間押さえられるか」
『短時間なら。撃ち抜く役は、ほかに頼む』
「分かった」
兵装班から、〇一の攻撃案が届いた。
狙うのは厚い艦首ではない。船腹の蓋が開き、花を咲かせる弾が出てくる、その内側だった。
〇一なら横へ回れる。しかし、〇一が離れた右艦には、敵の次の射撃が届く。
シラは斜め後ろの味方を見た。
まだ前へ出していない一隻。右耳の先が欠けた犬の艦長が指揮する、訓練でも一緒だった船だ。あのときは、自分が守りのつもりで射線を塞いでしまった。
「斜め後ろの艦を右へ寄せます。二隻で迎撃を引き受けてもらえば、〇一を回せます」
ラビが線を重ねた。
「そのままだと、〇二の前を通る」
「うん。母艦を先に左へ。〇二の担当も一緒にずらしてから、右へ出てもらう」
シラは順番を直し、航海長へ渡した。
母艦の左にも、味方がいる。いくらでも寄れるわけではない。航海長が移動を小さく削り、兵装班が、それでも射撃を続けられることを確かめた。
「この順序で行く。各艦、自艦の移動ができることを返答しろ」
ガルドの命令を、通信担当が送った。
シラは自分の案を消さずに見ていた。できると答えてくれるのを、祈るためではない。できない艦があれば、まだ順番を変えるためだった。
*
母艦が動き始めると、座席が横から背中を押した。
正面画面の黒い敵艦が、少し右へ滑る。〇二は母艦について動き、射撃の合間に板の角度を変えていた。
「〇二、熱の上がり方が早い」
ラビが言った。
担当をずらした分、途中で向き直す回数が増えている。エナが連続射撃を短く区切るよう指示し、ラビが任務を調整した。
敵弾は、こちらの都合で減ってくれない。
右へ移る通常艦から、まだ到着の返事がない。
シラはその艦の噴射を見た。動いている。返事が遅いからといって、もう一度命令を重ねる必要はなかった。
「〇一の経路、送るだけ送っていい?」
ラビが聞いた。
「待機点まで。そこから先は、私が言う」
「了解」
〇一が右艦の内側へ少し寄った。
ラビは次の操作へ指を置く。押さない。
シラも、画面上で線が重ならなくなっただけでは通さなかった。相手の砲が実際にどこを向いているかは、相手に確かめてもらう。
『移動完了。右側の迎撃、二隻で受ける』
待っていた声が届いた。
「〇一、通せます」
灰色の印が走った。
右の通常艦二隻が撃つ前方を避け、内側から敵の腹へ回り込む。敵艦は艦首を〇一へ振りかけたが、通常艦の砲撃を浴びて戻した。
その腹の蓋が開く。
ラビは前へ身を乗り出さなかった。
両手を操作盤に置いたまま、機体の温度と帰還条件を見ていた。シラには、それがかえって必死に見えた。
細い光が隙間へ入った。
開いた蓋の縁が弾け、白い閃光が船腹の内側から膨らむ。長い部品が折れ曲がって外へ出た。
敵艦が〇一へ向き直った。
隠していた側面が、二隻の通常艦から見える。
『そこだ!』
砲撃が一つの箇所へ集まった。
先ほどは跳ね返されていた弾が、今度は破れた奥へ届く。黒い船体が傾き、船尾の噴射が左右で不揃いになった。
地球側へ伸びていた予測線が、横へ外れた。
「敵、接近を中止。発射反応なし!」
「追撃しない。〇一を戻せ」
ガルドの命令に、ラビが応じた。
シラは、敵がどれほど壊れたかを見続けるのをやめた。〇一の帰路には、まだ撃っている味方が二隻いる。
「内側から戻します。帰路の射撃を制限してください」
『確認した。迎える方は空けてある』
〇一が帰ってきた。
敵艦は沈んではいない。船尾を吹かし、戦列から離れていく。
それでよかった。壊れた発射口から新しい弾が出ないことを、シラは初めて長く見ていられた。
*
〇一が母艦の前へ戻ると、〇二は脇へ下がった。
射撃を止めた〇二の温度が、ゆっくり下がり始める。どちらの回収欄にも、まだ完了の印はつけられなかった。
左の敵も距離を開けた。
追いたくなる空白が、画面にできる。左の通常艦は配置を離れず、失った観測機の分を母艦に借りたまま、次の動きを追った。
『右、残弾を送る。今のを、もう一回そのままはできない』
シラは届いた数字を開いた。
減っている。射撃していた映像よりも、欄の短くなった線の方がはっきりと分かった。
「受領しました。次の配置へ反映します」
『ああ。……一隻は止めたな』
最後だけ、少し声が緩んだ。
シラは返事をする前に、後方四隻の位置を確かめた。どの船も、守る範囲から外れていない。
「止めました。後ろへの接近もありません」
ラビが横で、小さく拳を握った。シラも見えないところで同じようにした。
強い一機を見て驚くだけだった初戦とは違う。撃ち抜けなかった砲も、空けた経路も、無くさずに渡した観測も、今の結果の中にあった。
そのとき、敵の奥に残っていた二つの印が動いた。
二隻とも正面を離れ、こちらの右へ大きく回っていく。
「母艦を狙う向きじゃない」
ラビが言った。
シラは、図を後方まで広げた。
新しい線の先には、補給船たちがいた。




