第23話 誰の故郷
翌朝、八隻は二つのまとまりに分かれていた。
ルクスレインの前後にいた補給船二隻と工作船は、護衛の通常艦一隻とともに地球側へ下がっている。前に残ったのは、母艦と通常艦三隻だった。
シラは引き継いだ位置図を見て、後ろへ離れる線が計画どおりだと確かめた。
遅れたのではない。離しておく必要があるから、そう動いている。
「工作船から。傷ついた艦を受ける範囲、空けたって」
ラビが受信を渡した。
シラは返事をし、そこへつながる帰路を残した。使わずに済めばよい道だった。それでも、作らずに出る気にはなれない。
前方には、昨日から追っている敵四隻がいる。
まだ発砲はない。
「月から、状況説明の続きが届いた」
ガルドが告げた。
観測席は敵を見続け、手の空いた担当者へ資料が配られる。人類側へ照会していた、侵攻部隊の目的についての返答だった。
シラは最初の文を読み、指を止めた。
地球の奪還。
取り返す、という意味の言葉だった。
*
説明には、青い地球の写真が添えられていた。
違う星を地球と呼んでいるわけではない。白い雲と、広い海。月の港から何度も見た、あの星だった。
人類の祖先が、遠い昔そこに住んでいた記録は残っているという。
だが、今の人類は地球を離れたころの詳しい歴史を、ほとんど失っている。
「装置の資料があるのに?」
シラがつぶやくと、エナが隣の席から答えた。
「機械の扱い方が残ることと、それを使った人の事情が残ることは別です。港のオーブンの図面にも、誰がどのパンを好んだかまでは書いてありません」
シラは写真から目を離した。
図面を全部読んでも、トウカがラビへ本を借りた理由までは出てこない。そう思うと、初めて分かった気がした。
エナは説明の続きを指した。
「提供側も、何があったか全部は知りません。ここは、はっきりそう述べています」
地球に別の知的種族が暮らしていると知った一部の人類が、祖先はその者たちに追放されたのだと主張した。
その証拠は示されていない。
それでも地球を取り戻すための部隊を集め、反対を受けながら独断で出発した。
今こちらへ砲を向けているのは、その部隊なのだという。
ラビが手元の資料を伏せた。
「私たち、答えようがないよね」
声は静かだった。
「追い出したのかって、聞かれたこともない」
シラは月の港の廊下を思い出した。
壁際の寝台。毛布から顔を出し、船が来たかと聞いた子。人類という名も知らないまま、住む場所を追われた人たちだ。
あの人たちが何かを奪った証拠として、ただ生きていることが使われた。
腹の底が熱くなった。
*
資料には、地球の近くへ来る敵が少数だった理由も含まれていた。
侵攻部隊は火星を拠点にし、整備と補給を続けながら、小部隊を送り出していた。現在の地球にどんな港があり、どのような抵抗を受けるか、十分にはつかんでいなかったらしい。
木星と火星で獣人側の艦隊を破った経験から、先行する少数で抵抗を排除できると見ていた可能性がある。
ここは提供者の判断であり、火星で出された命令をすべて把握しているわけではない、と注記があった。
「地球のことを知らないのに、自分たちの場所だって決めた」
シラは言った。
「そういう主張をした部隊がいる。人類全体が、その主張で一緒に動いているわけではない」
ガルドが答えた。
シラはうなずいたが、すぐに気持ちが整うわけではなかった。
同じ種族の別の人たちが、こちらを助けようとしている。だから怒ってはいけない、とはならない。怒ったままでも、別の船を同じ敵の印で囲まない仕事は必要だった。
ラビが伏せた資料を開き直し、識別情報を別に保存した。
「侵攻部隊へ、停止を命じられない理由も書いてあります」
通信担当が報告した。
資料の提供側は攻撃に反対し、止めるよう要求している。だが、相手の艦へ直接命令して引き返させられる関係ではない。
送られてきたのは、接近中だという艦隊の予測位置と、照合のための情報だった。
「間違いだって、伝えれば」
ラビは途中まで言い、口を閉じた。
「伝えることは続ける」
ガルドは答えた。
「だが、間違いを認めれば自分たちが始めた攻撃の説明も変わる。簡単に引き返せない理由を、向こうが作っている可能性はある」
艦長は敵艦の映像を見た。
「こちらがどこまで説明できるかと、次の攻撃を止めることは、別に進める」
シラは資料を読み直した。
何もかも知っていた人が、最後に正しい話をしてくれるわけではなかった。昔の真実が全部そろう日を待っていたら、今日の船を守れない。
*
休憩のために交代すると、二人は艦橋の外の窓際へ行った。
窓と呼んでいるが、外を映す小さな表示面だった。火星はここでは、艦橋ほど大きく見えない。地球は表示の外にあった。
ラビは携帯食を取り出し、包みをシラへ渡した。
「故郷を見に行きたいのは、分かる」
ラビは自分の包みを開いた。
「地球の海って、どれくらい匂いがするのかな、とか。映像じゃ分からないところを見てみたい」
「うん」
「でも、そこに住んでる人をどかしていい理由にはならないよね」
シラは包みの端をゆっくり裂いた。
地球を故郷と呼べるかどうか、自分にはすぐ答えられなかった。今、戻りたいのは月の港だ。働く場所があり、顔を知っている人がいて、修理したオーブンがある。
だから地球がどうなってもよいとは、少しも思えない。
「住んでる人から聞けばよかったのに」
シラは言った。
「最初に。知らないなら、どんなところか」
ラビがうなずいた。
最初の調査船団は呼びかけた。返事を得られずに撃たれた。その記録を思い出すと、聞けばよいという短い言葉が、もう取り戻せない時間の大きさに変わった。
シラは携帯食を半分に割った。
「私、地球を渡さないって言うと、あっちと同じなのかなって一瞬思った」
「何が?」
「自分たちのものだって決めるところ」
ラビは少し考えた。
「ここにいる人を追い出して、誰かだけが帰れる場所にするのを止めたいんでしょ」
シラはうなずいた。
それなら言えた。昔の全歴史を知らなくても、今日ここで守りたい人はいる。
ラビは残りを口に入れ、水を飲んだ。
「話ができる船を、通せるといいね」
シラも水を飲み、立ち上がった。
艦橋へ戻る時刻だった。
*
人類側が知らせてきた船団の位置は、まだ現地の観測で確かめられていなかった。
ラビはその印を、味方八隻とは違う色にしていた。送信時刻から推定した範囲は、細い点ではなく幅のある帯になる。
「ここへ来る、と聞いただけ?」
シラが尋ねた。
「うん。いま見えてる場所じゃない。通信班が照会してる。観測も探してるけど、まだ」
シラは八隻の帰路から、その帯をいったん外した。
まだいない船に、今の守りを頼むことはできなかった。
ガルドは各艦へ作戦の目的を改めて伝えた。
「地球側への進出を止める。敵の攻撃能力を削り、後方の三隻を守る。退く船を追って、こちらの守りを割るな」
侵攻部隊を火星の奥まで追い回す命令ではなかった。
敵の前に立ち続けられること。負傷者を戻せること。補給と交代が続くこと。そのために、ここまで船と物を運んできた。
「こちらの前進を止める条件も、各艦と同じにします」
シラは後方へ敵が回った場合と、補給船へ戻る経路が危険になった場合を示した。
通常艦三隻から返事が来る。後ろの護衛からも、支援船の受け持ち確認が届いた。
ラビは機体の状態を開いた。
〇一、整備終了。
〇二、整備終了。
新しい形成の予定はない。二機を出したあとの回収場所は、どちらも空けてある。
観測席から報告が上がった。
「敵の先頭二隻、こちらへ接近。後ろの二隻は左右へ広がっています」
正面画面に映る黒い艦が、少し大きくなった。
シラは胸の内に浮かんだ先輩の名を、今は声にしなかった。〇二を前へ出すことへの怖さはある。それと同じ画面に、生きている人たちを乗せた八隻がいた。
「全艦、配置維持。ボイド発進準備」
ガルドが命じた。
ラビは固定解除の準備を確認し、シラを見る。
シラは二本の帰還経路を残したまま、行くための経路を開いた。
「準備できた。右の艦が移ったら、通す」
相手からの返事を待った。
今度の空にも、守る船と、帰す場所があった。




