第22話 帰ってきてほしい理由
「〇二の中に、トウカ先輩がいると思います」
用意した説明は、結局使わなかった。
シラが最初にそう言うと、ガルドは画面へ伸ばしていた手を戻した。
火星の外側で待機するルクスレイン。艦橋の隣の打ち合わせ室には、四人分の椅子があった。観測と通信は当直班が続けている。ここにいる者が話を止めても、外の時間は止まらない。
「どんな形で、そう思った」
艦長は尋ねた。
シラは格納区画に入ったときから話した。エナの記録を読む前に感じたこと。声も姿も、機体の特別な動きもなかったこと。
途中で言葉が詰まると、ラビが事実の順番を補った。
エナは人類側の返答と、形成記録を机へ出した。
「計器で魂を検出した報告ではありません。二つの中枢について、材料や電力だけでは説明できない。そこへ、シラさんの訴えが重なりました」
ガルドはしばらく黙っていた。
シラはその沈黙を、否定されるまでの時間だと受け取りそうになった。
「トウカを、もう一度失いたくないという話でもあるな」
艦長が言った。
シラはうなずいた。
「それと、中で何が起きているか分からないまま使い続けてよいか、という話だ。二つは一緒に考える。ただ、君の気持ちだけの問題にはしない」
肩から力が抜けた。
自分の悲しみを処理すれば、機体の扱いまで元どおりにできる。そう片づけられるのが、一番怖かったのだと気づいた。
*
エナは次の形成試験の予定を開いた。
実施を決めたものではない。条件を整理して、許可を求めるための予定だった。
「これを取り消したいです。もし亡くなった誰かを取り込んでいるなら、成功させる条件を探す行為そのものが、新しく閉じ込めることになる」
シラは日付を見た。
昨日までなら、三機になれば交代が楽になると思ったはずだ。〇一が冷える間、〇二だけに任せなくてよくなる。それが嬉しかった自分は、確かにいた。
「中止を認める。専用の供給は遮断したまま。関連する試験の申請も止める」
ガルドが命じた。
博士はその場で担当者へ連絡した。部品を削る普通の加工設備は使える。外装や推進器の修理も続けられる。止めるのは、中枢を形成する工程だった。
しばらくして受領の返事が戻る。
画面から、次の試験の枠が消えた。
「いま入っているものを、出す方法は」
艦長の問いに、エナは首を振った。
「確かめられていません。電源を切っても、閉じ込めているものがなくなるとは言えない。中枢を壊すという案も、どうなるか分からないままでは実行できません」
シラは自分の両手を見た。
機体のそばにいれば先輩といられる、と考えたくなる。だが、それは先輩をその場所から出さない理由にもなる。
いまの自分に、壊してくださいとは言えなかった。
いつまでも残してくださいとも、言いたくなかった。
*
「二機を使わずに、下がれませんか」
シラが尋ねた。
ガルドは八隻の配置を出した。後ろに補給船二隻と工作船、護衛一隻。前にはルクスレインと通常艦三隻がいる。
「下がる案は残している。前進を止めたのも、そのためだ。だが、敵が追ってきた場合は、遅い三隻を守る必要がある」
兵装班から出ていた予測が重なった。通常艦だけで落とせる数には限りがある。これまでボイドが減らしていた分まで、急に撃てるようにはならない。
「では、このままですか」
ラビが聞いた。
「二機が出て、危なくなったら戻して、直して、次へ出す。同じことを、ずっと」
ガルドはすぐ返事をしなかった。
シラは、艦長にも終わり方が必要なのだと思った。今日守るために使う理由はある。それだけを毎回繰り返せば、いつまででも理由はなくならない。
「次を作らないだけでは、足りんのだろうな」
ガルドは図を少し引いた。
「ただし、今ここで守りをなくす命令も出せん。生きている乗員への責任がある。敵が攻撃してくれば、二機の出撃を命じる場合がある」
シラは顔を伏せかけた。
「その必要を減らす計画を、いまから作れますか」
ラビが続けた。
「一度に全部代わるのは無理でも、これまでの訓練なら、通常艦だけで受け持てた時間があります。整備中だけじゃなく、二機を戻すための時間に使いたい」
ガルドがラビを見た。
ラビは自分の記録を出した。最近の訓練で、観測を受け渡し、通常艦が迎撃を引き受けた区間だった。敵の数が増えれば同じままでは使えない。それでも、零から始める話ではなかった。
「各艦へ相談する。必要な補給と観測も含めてだ。終わらせる方法が分からないからと、準備まで待つ必要はない」
ガルドはその場で兵装班と通常艦へ連絡を入れた。
シラは膝の上で指をほどいた。
先輩を見つけたことが、次の出撃を一回止めて終わる話にならなくなった。
*
報告を終えても、二人はすぐ休みに行けなかった。
戻す順序だけ確かめたい、とシラは机へ二機の帰還経路を出した。
〇二を先に戻す。母艦から近い場所で使うから、それ自体はいつもの順番だった。
〇一を外へ残す時間を少し伸ばせば、〇二の待機をさらに短くできる。
そこまで線を引いたところで、ラビが画面を押さえた。
「〇一を長く外に残した分、休ませる時間はどこで取る?」
シラは一瞬答えられなかった。
「後で……」
「後に何が来るか分からないよ。必要な仕事なら別だけど、〇二だけ早く入れるために増やしていいのかな」
ラビは責める声ではなかった。〇一の温度の欄を、〇二と同じ大きさにしている。
シラは外へ残す時間を元に戻した。
「名前が分かる方から、守ろうとしてた」
「私も、〇二を見る方が多くなってる」
ラビは二機を並べた。
「〇一に誰がいるか、私は分からない。いないってことにもできない。同じに扱うって、全く同じ仕事をさせることじゃないけど、戻す予定は両方に欲しい」
シラはうなずき、母艦と通常艦が引き受けるところを先に埋めた。
シラが担当を続けたいと伝えると、ガルドは理由を聞いた。
「出すことが怖くなくなったわけではありません。でも、戻る場所を空ける仕事は、やりたいです」
ラビも続けると答えた。
艦長は、交代を求めてもよいことを改めて確認した。二人だけへ、秘密と仕事の両方を背負わせるつもりはない。必要な班と交代担当にも、確かめた事実と受け止めを分けて説明すると言った。
*
通常艦との相談は、夕方の勤務の間に始まった。
耳の先が欠けた艦長は、二機を使わない時間を作るという要望を聞き、まず弾の残量を出した。
『短い間なら引き受けられる。それを何度も繰り返すなら補充が要る。砲だけあっても撃てなくなる』
シラは補給船の担当を呼んだ。
前線へ弾を運ぶときには、守る艦を一隻交代させる必要がある。交代する船の帰路が、別の船の砲をふさがないようにする。
工作船は、使い続けた砲の点検も挟むよう求めた。
『二機を下げている間に、うちが母艦の目を借りる形なら』
「母艦が見えない場合は、別の艦の目を使います。撮影した時刻と、見えていない範囲も付けます」
ラビが応じた。
昨日までの仕事が一つずつ、違う目的へ結び直されていった。
まだ、通常艦だけで今の敵全部を止める案にはならなかった。シラはその空白も消さず、艦長へ渡した。
完成したふりをすれば、次に危なくなるのは、その空白へ置かれた船だった。
*
勤務を終え、二人は格納区画へ寄った。
中枢の形成設備には、停止の表示がついていた。外側の加工腕は動き、普通の部品を作っている。
整備員たちにも説明があったらしい。シラを見ても何も聞かない人もいれば、機体を見直してから会釈する人もいた。
〇二の点検をしていた一人が、手を止めた。
「戻ってきた、ということなのかな」
喜んでよいのか確かめるような声だった。
シラは〇二を見た。昼ほど強くは感じない。呼べばいつでも会える仕組みではなかった。
「私には、先輩がいると思えました。でも、戻りたいと思って戻ったのかは分かりません」
ラビが続けた。
「一緒にいたかったんだって決めたら、私たちは嬉しいです。でも、それを出撃していい返事にはしたくない」
整備員はうなずき、工具を置き直した。
「了解。まず、機体を傷めないように直す。中は開けない。それでよい?」
シラは、はい、と答えた。
隣の〇一にも、同じように作業が続いている。
先輩へ、お礼を言いたかった。
ここまで助けてくれてありがとうと。その先へ、これからもよろしく、といういつもの言葉が続きそうになり、シラは口を閉じた。
「今日、あっちの艦と相談しました」
作業線の外で、シラは静かに言った。
「少しずつ、代わってもらいます。まだ全部は、できないけど」
返事は来なかった。
だからシラは、自分が返事を欲しがる時間をそこで終えた。
格納区画を出る前に、二機を受け取る保持具を見た。両方とも空けてある。戻ってきたあとを引き受ける人も、そこにいた。
ラビが隣へ来て、同じものを確かめる。
それから二人は、休息のために区画を離れた。




