↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/34

第15話 最後の一基

 展開船の腹から出てきた箱を見て、ラビは首を傾けた。


「図だと、もっと立派だった」

「横に船があるから小さく見えるだけ」

「私、展開図で見ちゃったんだ。畳むとあれなのか」


 箱から細い通信腕が伸び始めた。箱だと思った部分の何枚かは、姿勢を保つための機材を隠した覆いだった。

 新しい中継網の一基目。第七中継所の残骸から離れた場所で、小さな噴射を繰り返しながら月の方を向いている。

 シラの端末に、接続の表示がついた。


『試験信号、受信。月側、異常なし』


 ラビは同じ問いをもう一度送り、今度は時刻を変えてもらった。昔の返事が回ってきたのではないと確かめてから、声を上げる。


「一基目、使えます」


 展開船が空いた保持腕を引き込んだ。ルクスレインはその後ろ、警備艦二隻は両側に離れている。〇一だけが外に出て、船団より先を見張っていた。

 ガルドが二基目への移動を許可した。


     *


 シラは荷室から送られてくる映像を、いつもより大きくしていた。

 二基目の箱は一基目と同じ形だ。ただ、保持腕が片方ずつ開く間、箱の端が船体から長く突き出る。その状態で急に向きを変えれば、積み荷に船がぶつかる。


「右側に艦影」


 警備艦から連絡が入ったのは、ちょうど箱の半分が外へ出たところだった。

 母艦の進行方向を上にした図で、右前方に黒い印がつく。続いて届いた映像には、こちらへ船首を向ける細長い艦があった。


「展開船。中へ戻すまで、どれくらいですか」

『戻すなら、腕をもう一度閉じる。放せばすぐだ』


 シラは昨日作った、積んだまま帰る線を開いた。

 間に合わない。使う用意をしていても、今の船はさらに途中の形だった。


「艦長、二基目を放してから退避させたいです。設置確認は移動しながらできます」

「そうしろ。作業員は全員、船内にいるな」

『いる。最後の腕を開く』


 箱が離れた。

 船が先へ進み、取り残された中継器がゆっくり回る。通信腕はまだ開いていない。シラはその周りを通行禁止にし、展開船へ月寄りの経路を送った。


「一基目の方へ退いてください。二基目には近づかないで。警備二隻も同じ側へ」

『承知。最後の箱は、ちゃんと積んでる』


 展開船の船尾が光った。

 ラビが〇二の準備完了を読み上げると、ガルドは発進を命じた。初めての実戦だという感慨を持つ暇はなかった。〇二は母艦の近くへ出て、四枚の板を開いた。


 敵から放たれた粒が、展開船の方へ曲がった。

 〇一の光が、先頭からそれを消していく。取りこぼされた一つへ警備艦の砲が向き、箱と船の間で小さな破片になった。

 艦橋に届いたのは、無事だという展開船長の声だった。

 シラはまず、それへ返事をした。


     *


 〇二が撃ったのは、敵艦がさらに外へ回ろうとしたときだった。

 〇一を避けて大回りすれば、展開船を横から見られる。だが、その角度では、母艦のそばに残った〇二から敵の前部が見えた。

 兵装班の指定した小さな突出部に、短い射撃が当たる。

 敵が船首を振り、破片を引いて下がった。


「〇二、射撃停止。所定の位置へ」


 ラビはすぐ戻した。敵が離れた分を、そのまま追わせなかった。

 シラは息をついた。しかし、その息が終わる前に、遠い側の観測画面が開いた。

 もう一隻。

 先ほどまで黒い艦の陰に隠れていた船が、上方へ離れてくる。傷ついた一隻と、無傷の一隻が、別の角度からこちらを見ていた。


「展開船を、もっと月側へ寄せる?」


 シラが小声で言うと、ラビは首を振った。


「二基目の受信器、まだ安定してない。直接の通信も細くなるよ」


 逃がせば、その船への声が届きにくくなる。

 新しい中継器を置く仕事の途中で、置き終わる前の中継器を当てにするところだった。

 シラはルクスレインの位置を確かめた。

 展開船は左後ろ。二基目はその内側。敵二隻は右前方。味方だけが下がり続ければ、途中に残した箱と、まだ積んでいる箱の両方を諦めることになる。

 それでも、人を戻せるなら戻すべきだ。


「ラビ。三基目がなくても、どこまで動かせる?」

「月寄りの船にはつながる。でも外側の区間は空白のまま。あっちの待機便は、まだ出せない」


 声に迷いはあった。だから続けるべきだとは、ラビも言わなかった。

 〇一の温度が上がる。撃ってくる粒の列は、二方向になった。

 ガルドが兵装班へ向き直った。


「受け続ける時間と、離脱する時間を出せ」


 届けられた数値のどちらも、シラの思ったほど長くなかった。


「機体だけで受けるのをやめたいです」


 シラは新しい線を描いた。ルクスレインを敵へ斜めに寄せる。展開船を追う角度へ、母艦が先に入る。


「ここまでなら、後ろの三隻から離れすぎません。〇一を冷やす間、〇二と本艦で正面を。横を抜けたものは、警備艦にお願いします」


 警備艦へ案を送った。

 返事を待つ間、シラの目は距離の数字を何度も往復した。近づけば敵も撃ちやすくなる。自分が細い線を引いた場所へ、何人も乗った母艦を出そうとしている。


『展開船側の迎撃は受ける。ただし、こちらの前へ箱を入れるな』


 警備艦長の返事だった。

 シラは放出した中継器の移動を重ね、母艦の線を少しずらした。

 〇二の短時間射撃は可能。航海班も、この範囲なら進退できると答えた。


「採用。交代を済ませてから前進する」


 ガルドの声に、ラビが機体の担当を変えた。

 〇二が正面へ入り、母艦の砲がその両側を向く。受け持ちの確認がついてから、〇一が後ろへ滑った。

 シラの背へ、加速の重さがかかった。


     *


 二基目の中継器が、ようやく回転を収めた。

 ラビは通信班へ確認を任せ、自分は敵の発射位置を追い続けた。提案した網が気になるからといって、今、二機の画面から目を離すわけにはいかない。

 〇二が撃つ。母艦の床が震える。展開船へ向かう一発に、二隻の警備艦から光が集まる。

 船長の声が短く届いた。


『今の、落ちた。こっちは進める』


 シラは返事をしながら、〇一の温度を見る。下がっている。ただし、長く撃ち続けられるほどではない。

 敵のうち、先に損傷した艦が発射口を開いた。

 角度が変わったため、さっきまで板の陰にあった隙間が見える。兵装班の印が、その奥を囲んだ。


「〇一、指定箇所へ。射撃後は帰還側へ」


 ガルドが命じた。

 〇一は守りの列から少し外へ出た。〇二と母艦は、その場所を空けない。

 短い光が、開いた隙間を通った。

 黒い船腹の一角がはじけ、次の粒が外へ出る前に白く砕けた。敵艦が傾きながら遠ざかる。

 もう一隻がそちらへ寄り、こちらへ向ける面を増やした。


「損傷した方を、隠してる」


 ラビが言った。

 そのまま二隻が離れ始める。敵も、動きにくくなった船を置いていかなかった。

 シラは追跡線を開かなかった。敵との間が広がったのを確かめ、三隻へ母艦に合わせて戻る経路を送る。

 最後の迎撃が終わるまで、ラビは〇二を動かさなかった。


「新たな発射なし」


 観測班が告げた。

 〇一が戻る。〇二はその帰路を避け、母艦側へ向きを変えた。


     *


 格納口へ近づく途中で、〇二だけが船腹から少し離れた。

 遠回りだ、とシラは思った。

 外装に並ぶ点検窓の前を避け、許された範囲の外縁を通ってくる。障害物は映っていない。〇一が先に通った道も、空いていた。


「進路、戻す?」


 ラビが尋ねた。


「入口の前まで、そのまま。危なくないなら、急に変えたくない」


 停止を命じると、〇二は止まった。保持具の準備ができ、次の案内を送ると、素直に格納口へ入る。

 何だったのだろう。

 シラは映像を保存した。誰かの判断のように見えても、そんな見方をしたのは自分だ。機体が何を見たかは、記録を調べなければ分からない。


「〇二、固定完了。〇一も異常なし」


 整備班の報告で、二機の印が待機に変わった。

 ラビがようやく通信班の方を向く。


「二基目は?」

「つながった。姿勢も維持できてる」


 ラビは長く息を吐いた。


「……最後まで、ただの箱で終わるかと思った」


     *


 三基目へ向かったのは、敵の離脱を警備艦が確認し、機体の点検と冷却を済ませてからだった。

 途中で二人の当直は交代になった。シラは自分で最後まで見届けたいと言いかけ、展開船の退避条件と、中継器の動く範囲を次の担当へ渡した。

 休憩から戻ると、作業はまだ続いていた。自分たちが離れた間にも、予定は消えていなかった。


『最後の荷物、放すぞ』


 展開船長の声がした。

 〇一が外側を見張る中、三つ目の通信腕が開いた。〇二は格納区画にいる。

 ラビは通信班と並んで、最初の接続を確認した。


「切り替え試験のため、一基目の通信を止めます。残る二基へ回線、切り替え」


 自分で作った図の線を、実際の空で一本消す。

 シラの画面から、展開船の映像が落ちた。

 声も一瞬、途切れた。

 ラビの手が止まりそうになって、設定した待ち時間を示す欄へ移る。

 その欄が空になる前に、別の受信灯がついた。


『こちら展開船。声は届くか。こっちからは、そちらの耳が見えなくなった』

「見せる分の余裕を、今は声に回してます」

『それならいい。荷室は空だ。帰る誘導を頼む』


 シラは月へ続く線を開いた。

 ラビの提案が、図の上ではなく、その返事の中で働いている。シラは横を見る。ラビは笑わず、受信の記録を確かめていた。下ろしていた片耳だけが、ゆっくり起きた。

 月側管制が、止まっていた輸送便の出発調整を始める。

 誰かの到着予定が、これからまた書き込まれる。

 シラは空荷の展開船へ、今度こそ用意してあった帰り道を渡した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。