第10話 十二人の出口
黄色い作業機のカメラを引くと、第七中継所の全体が見えた。
小さな職員棟。その横腹についた避難艇。二つをつなぐ短い筒。
その上へ、残った通信腕が長く張り出している。いくつもの送受信器を載せた腕は、避難艇よりはるかに長かった。先端は艇の船首より外へ突き出している。
壊れた方の腕は、もう画面に収まらないほど遠くへ散っていた。
ルクスレインは施設から離れて、動きを合わせていた。
大きな艦をここへ接岸させれば、回り続ける板をよけられない。小回りの利く救難艇が、トウカたち二人を乗せて近づく。
〇一は施設の外側で警戒していた。まだ、敵の姿はない。
『こちらから直接聞こえる。中継、外していい』
中継所の声を受け、ラビが輸送船との回線を切り替えた。
「ここからは私たちが受けます。ありがとうございました」
『頼むぞ。ようやく後ろを気にせず飛べる』
船長の声が遠ざかった。
シラはその船の印を、自分たちの誘導対象から外した。声を渡すために、戻ってきてもらう必要はなかった。
ラビが作業機を避難艇の腹へ回した。
二つの爪が開いている。残る二つのうち、一つは覆いが潰れ、もう一つは折れた支柱に押さえつけられていた。
『それ、止めて』
トウカの声が入る。
ラビが映像を止めると、同行の整備員も覗き込んだ。
『支柱は固定してから切る。切った方を艇の進路へ出さないようにしよう』
『反対側へ留められます。ここの骨組みは残ってる』
シラはカメラの向きを戻した。
避難艇の鼻先には、艇一隻が抜ける空間があった。そこから少し横へ外れた場所で、救難艇が待てる。作業員の二人も艇の船首まで出れば、その入口へ渡れそうだった。
「救難艇は、そこから動けますか。避難艇が出る場所は空けておきたいです」
『大丈夫。作業員が戻ったら、その後ろをついていく』
トウカにも同じ景色を送り、帰路を確認した。
通信腕を修理する予定はない。二人が作業するのは、艇をつかむ爪だけだった。
救難班と整備班の確認を受け、ガルドが開始を許可した。
固定具が外れない場合は、救難艇による移送へ切り替える。その準備も残したまま、二人の作業員が艇の外へ出た。
*
白い作業服は、思っていたより小さかった。
映像を拡大すれば手元は見える。引けば、二人は避難艇の窓より小さくなる。シラは拡大と縮小を何度か切り替え、最後は全景を残した。
先輩に頼まれたのは、爪を見ることだけではなかった。
トウカは艇の取っ手へ綱を留め、もう一本が掛かったのを確かめてから、先の一本を外した。
同行者は支柱側へ回り、保持具を取り付け始める。
『内側、爪が見えるか確認して』
『見える。いま正面にいる』
中継所の低い声が返った。
点検窓から見ている職員だった。外へ出る道は壊れても、この窓までは退避区画から来られるという。
同じころ、脚を負傷した職員が、避難艇へ運ばれていた。
担架を持つ二人が短い筒へ入る。後ろの職員は、その二人が戻るまで待っている。
シラは十二人の欄を出した。
『負傷者二名、移乗。担架、固定中』
二つの印がついた。
全員分の席があると聞いたときには、すぐ乗れるような気がした。一人が通る場所を、次の人も通る。その一回ずつを、誰かが終わらせなければならない。
『四名、乗った』
報告が続いた。
シラは四人分を追加しようとして、止めた。
「合計四名ですか。いま新しく四名ですか」
『合計だ。悪い、言い方が』
「ありがとうございます。こちらも合計で数えます」
ラビが隣で、四、を確認した。
外のトウカが、潰れた覆いを動かした。
外れた板は、すぐ綱でまとめられる。小さいものまで勝手に漂わせないよう、腰の袋へ入れていた。
『これで手動の差し込み口が見える。回すよ』
工具が動く。
爪は動かなかった。
トウカは一度、手を戻した。
シラは息を止めた。無理なら、人を一人ずつ運ぶ方へ変える。頭では準備しているのに、今はあの爪に開いてほしかった。
『力を増やす前に、ここを見て』
先輩が同行者へ呼びかける。
作業機の映像には、工具の先が、カバーの残った縁へ触れているところが映った。
『小さい方に替える。待ってて』
腰から別の工具を出す。
救難艇へ戻って取りに行く必要はなかった。さっきシラが多すぎると思った道具を、先輩は必要な順に持ってきていた。
*
シラは、先輩の手だけを見ていた。
もうすぐ動きそうだった。工具の向きが、ほんの少し変わる。
横の画面で、ラビが黄色い枠を点滅させた。
「シラ。救難艇の前」
全景へ目を戻す。
薄い板が、艇の前を横切ろうとしていた。ゆっくり回っているので、端を向けていたときには見つけにくかった。
「救難艇、正面の板を先に通してください。避難艇から少し離れる方向へ」
『見えた。こちらの窓では、艇体に隠れてた』
救難艇が小さく噴射し、板の通り道を空けた。
シラの背中を、遅れて汗が流れた。
「見てたのに、見てなかった」
「私も手元を大きくしすぎた。全景は別に残す」
ラビは画面を分けた。
シラは片方を、救難艇と出口だけにした。先輩の指の代わりにはなれない。ここを見ていれば、先輩が帰る場所を空けておける。
『動いた!』
内側の職員の声がした。
工具に押され、金属の爪が少しずつ避難艇から離れる。シラはそちらを一瞬見て、また出口へ戻った。
『一つ解除。最後まで開いた』
トウカが工具を戻す。
避難艇の操縦担当から、礼が来た。
『ありがとう。やっと一つ……』
『もう一つも見る。そちらは乗る方をお願い』
先輩の声は、いつもより少し息が多かった。
作業服の中は、決して楽ではないのだろう。シラは仕事を急がせる言葉を飲み込んだ。
十一人目が乗った。
点検窓に残った職員が、最後に職員棟を出るという。
『奥は空。全員、呼んで確かめた』
低い声が報告した。
シラは担当を消す前に、トウカへ伝えた。
「内側の確認役が移乗します。これから窓の返事は来ません」
『了解。最後の爪は、こっちの二人で見る』
同行の整備員が支柱の保持を確かめ、トウカにも見せた。
二人で位置を直してから、切断の工具が当てられた。
細かい破片が散り、大きな支柱の一部が、ゆっくり動き始める。保持具がそれをつかみ、艇とは反対側で止めた。
窓から見ていた職員は、もう自分の席へ行っている。
代わりに外の整備員が、艇と爪の隙間を見る位置へ移った。
*
『十二名、全員乗った。職員棟側の扉、閉鎖済み』
続いて、艇側の扉を閉めたという報告が来た。
短い筒の両側が閉じ、避難艇だけで空気を保てることが確認された。
シラは十二個目に印をつけた。
「全員、艇内です。負傷した方の固定も終わっています」
ガルドへ伝え、外の二人にも知らせる。
ラビが〇一の状態を確認した。待機中の機体には、まだ迎撃に使う余裕がある。敵が来ないまま終われるなら、その方がいい。
最後の爪は、艇の腹に半分隠れていた。
トウカの作業服がそこへ寄ると、シラの画面から頭が見えなくなった。ラビがカメラを回そうとして、同行者の声を聞いて止める。
『こっちから見えています。爪の先、艇体に当たっていません』
見えている人がいた。
撮影機まで狭いところへ入れる必要はなかった。
爪が動き始めた。
少し動いて、止まり、また動く。
『もう発進できるか』
艇の操縦担当が聞いた。
『まだ。私たちが離れてから』
トウカの返事は早かった。
『すまない。足元が動いた気がして』
『固定が減ったから、少し揺れる。勝手に出ていくわけじゃないよ。推進は止めたままで』
シラは艇長用の画面に、待機、と大きく表示した。
最後の爪を外せば、避難艇は動ける。だが、すぐに発進してはいけない。外で作業している二人が船体から離れたのを確かめてから、艇を出す。その順番まで伝えなければ、二人を巻き込んでしまう。
「救難艇、入口は開けられますか」
『受け入れ準備できている。前の艇を出してから、二名を拾う』
シラは帰還の経路を開いた。
避難艇は船首の先へ。外の二人は船体の取っ手を伝い、先端から少し横の救難艇へ。
同じ出口を使っても、ぶつからずに帰れる。
金属の爪の先が、艇から離れた。
『解除、確認』
トウカが言った。
シラは思わず前へ出した手を、自分の操作盤へ戻した。まだ触れるものはない。
映像の中で二人が工具を腰へ戻し、互いの綱を確かめていた。
「はい。二人の帰り道も、見えています」
シラは通信へ答えた。
先輩が顔を上げた。もちろん、こちらを見たわけではない。これから帰る、救難艇の入口を見たのだった。




