第9話 声だけでもつなぐ
五隻を送り届けてから三日後、シラは、同じ時刻に三か所へ来てほしいと頼まれていた。
ルクスレインは月を回っている。〇一の処置と検査は終わり、いつでも出せる一機として格納区画に待機していた。
その一機を、予定表の上だけで増やすわけにはいかない。
「ここを先に迎えたら、真ん中の便に間に合わない」
シラが線を引くと、ラビは一番遠い出迎え先を開いた。
「こっちは、待てる燃料があるか聞いてみる。眠って待つのか、操縦席で待つのかでも違うし」
ガルドは月に近い便から通す案を、各方面の担当と調整していた。
二人の仕事は、後回しになる船を、ただ「待機」の一行にしないことだった。
呼び出した回線が切れた。
返事が途切れたわけではない。つながる前に、経路を探し直す表示へ変わった。
ラビが通信担当に確認する。
「第七経由だけ落ちています。別の局へ回せますか」
シラは船の最後の位置を灰色にした。
そのとき、別の優先回線から警告が入った。
『第七中継所、被弾。付近の船は、接近しないでください』
シラは、ラビが開いている局名を見た。
同じだった。
*
第七中継所は、小さな職員棟から、長い通信腕を二方へ伸ばした施設だった。
倉庫の町のようだった集積所とは違う。荷物を積み替える場所ではなく、遠くの船の声を受け取り、月へ渡す場所だ。
その腕の一方が、もうなかった。
離れていく輸送船が撮影した映像を、艦橋で皆が見ていた。
白い外板がいくつも回っている。その向こうに細い黒い艦が映り、施設から遠ざかっていた。
記録を少し戻すと、敵は輸送船を追える位置を通っていた。それでも撃たれたのは、中継所だった。
「撮影した船は、被弾していません」
通信担当が報告した。
シラは、さっき切れた呼び出しを見た。相手の船はまだ無事かもしれない。それでも、この施設が壊れただけで、声が届かなくなった。
守る船の横へ〇一を置くことしか、考えていなかった。
『生存者あり。退避を準備中。接近する船は残骸に注意』
非常回線から声が届いた。
シラは背筋を伸ばした。
「生存、確認できましたね」
「待って」
ラビが声を止めた。
また同じ呼びかけが流れる。語尾の小さな息まで、先ほどと同じだった。
「これ、録音だ。受信は新しくても、中の人の報告は更新されてない」
ラビは二つの音声を重ねた。
一つに聞こえた。
シラは生存確認の欄から指を離す。安心したかったせいで、時刻の意味を取り違えかけた。
「今、聞こえるかを確かめたい」
ラビが通信担当の席へ寄った。
ルクスレインから何度呼んでも、応答はない。残った小さい装置では、こちらまで届かないのかもしれなかった。
「撮影船からなら、近い」
シラが言った。
「引き返してもらうのは危険だ」
ガルドが答える。
ラビはすでに、輸送船の通信設備の向きを調べていた。
「後ろの通信器が使えます。船を回さずに、中継所へ向けられる範囲です。退避を続けながら、声だけ渡してもらえませんか」
通信担当が、その船との回線を開いた。
船長はまず、戻るのは無理だと言った。後ろには敵がいるかもしれず、今は船を離すことが仕事なのだ。
「戻ってほしいという依頼ではありません」
ラビは短く答えた。
「今の針路のままです。後部の通信器を中継所に向けられる間だけ、こちらの呼びかけを送ってください。届かなくなったら、そこで終わりにします」
船長が船内の担当者へ何か聞いた。
その間に、ラビは接続の情報を通信班へ渡す。シラは撮影船の退避経路へ、こちらから動かしてはいけない印をつけた。
『それならやれる。こちらが遠くなるまでだぞ』
ガルドが依頼を確定した。
ラビの声が、輸送船の後部通信器を経由して、壊れた施設へ向かった。
*
待っている間にも、出迎えを頼んでいた船から照会が来た。
シラは近くの管制に受け入れを確認し、分かっている位置だけを渡した。つながらなくなった船に、確かめていない針路を送り続けるわけにはいかない。
端末にトウカの名前が出た。
『中継所の接岸口、型式を送って』
「まだ救援に向かうとは決まっていません」
『うん。でも、決まったあとで探すと、道具を積む間に待たせるから』
シラは登録資料を出した。
古い写真だった。避難艇が職員棟へ横腹を寄せ、周囲を四つの大きな爪でつかまれている。
「今の写真ではないです」
『分かった。現物を見る前に、これで外せるとは思わないよ』
送信したところで、優先回線の音が変わった。
『聞こえるか。こっちの声、誰かに届いてるか』
さっきとは違う息遣いだった。
ラビがすぐに答えた。
「ルクスレインです。輸送船を通して聞いています。そちらは今、どこにいますか」
『職員棟の退避区画。大きい通信器は駄目だ。作業用のを使ってる。外へ向ける角度を変えたら、やっと』
声が揺れた。
ラビは相手に質問を重ねず、輸送船側へ光の向きの微調整を依頼した。ざらつきが小さくなる。
『全員、ここにいる。十二人だ。二人、怪我をしてる』
シラは十二、と打った。
今ここで尋ねて、今返ってきた数だった。
ガルドが避難艇を使えるか尋ねる。
返事には、疲れた苛立ちが混じっていた。
『動く。空気もあるし、十二人乗れる。なのに離れないんだ。固定具を戻しても、二つが残る』
シラは写真の艇を拡大した。
逃げる船も、席もある。その入口まで行けるのに、出せない。
『少し推進をかけて、引けば』
中継所の職員が言いかけると、別の声が割り込んだ。
『それは待って』
艦内からトウカの声が入った。
『爪が噛んでたら、接岸口ごと引き裂く。今、中の空気を保ててるなら、そこは壊さないで』
『……まだ、吹かしてない』
向こうの声が低くなる。
シラには、その人を責める気になれなかった。目の前に使える艇があれば、自分も何度も発進の操作を試すだろう。
「外へ出て確かめる道はありますか」
『通路の先が潰れた。艇へ乗る筒は生きてるが、外の通信器に出る方は通れない』
写真と違うところへ、ラビが印をつけた。
職員が外側へ回れないなら、助けに来る側がそこを引き受ける必要がある。
月から出る通常の救難隊は、到着までまだ時間がかかった。
ルクスレインが先に近づき、〇一で周囲を守りながら退避を助ける。ガルドがその案を月側へ伝えた。
「次便の護衛は延期。本艦は第七中継所へ向かう。設備復旧のためには留まらない」
予定されていた中枢の形成試験も、待機軌道へ戻ってから承認を取り直すことになった。
命令を受け、航海班が進路を変えた。
シラは出迎えを約束した船へ、変更を伝える回線を開いた。
*
格納区画へ下りると、トウカたちはもう船外作業服を着ていた。
まだヘルメットはかぶっていない。保護カバーへ収めた三毛の尻尾が、いつもより太く見えた。床の道具箱を、同行する整備員が一つずつ艇へ運んでいる。
「そんなに積んで、人が乗れます?」
シラが入口を見た。
「道具は貨物床。人の席は残す」
トウカが箱の底の固定具を出した。
「これが飛んでくると、避ける場所もなくなるからね」
シラは、中継所から追加で聞いた状態を見せた。
負傷者の一人は自分で歩けない。もう一人も手当てが必要だ。作業班を乗せた救難艇では、十二人全員を一度に運べない。
「何往復かする案も、残してあります」
シラが言うと、トウカはうなずいた。
「爪を外す方が危なければ、そうしよう。写真を先にもらえる?」
「黄色い機体を出します。あの腕で外せませんか」
先輩が行かずに済めば、と考えたのを、シラは隠せなかった。
トウカは艇の中の道具を示した。
「あれの腕は小物用。曲がった支柱を支えたまま切る道具は積めない。こっちで、外せるかを見て決める」
同行の整備員が、箱の留まり方を確認した。
先輩はその人にも写真を見るよう頼み、自分だけで判断を終わらせなかった。
ラビから呼び出しが来た。
中継役を次の船へ引き継げたという。最初の輸送船は、もう振り返らずに退避を続けられる。
「声、切れずに渡せた?」
『うん。向こうから十二人って、もう一回言ってもらった』
シラは、トウカへ端末を見せた。
先輩は十二という数字を見てから、道具箱の最後の留め具を締めた。
「じゃあ、まず全体の写真を。爪だけだと、艇がどっちへ出るのか分からないから」
「壊れたところを先に見たいものかと」
「そこへ頭を入れたら、後ろで何が動くか見えないでしょ」
同行者が小さく笑った。
シラが経験談ですか、と聞くと、トウカはヘルメットを持ち上げた。
「その話をすると長くなる。今は準備を先にしよう」
その声に、シラも少し笑えた。
艦橋へ戻る階段では、足がさっきより速く動いた。自分が送る映像を、待っている人がいた。




