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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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守りたいものは、何だ(前)

会議室を出た瞬間、空気が軽くなるはずだった。

けれど実際は逆で、背中の内側に、重たいものが貼りついたままだった。


“引いて刺す”。


わかりやすいオーダーだ、オーダー自体になにも問題はない。

しかし、いつもこの抽象的な中から答えを見つけ出すのに悩む、苦しむ。


(だけど――)


ここからは俺の戦いだ。誰にもできない、俺だけの領域。

任せられないんじゃない、議論が足りないんじゃない。

ゼロからイチを生み出すという行為に、助けは届かない。


真っ暗な中から、自分だけの“正解”を見つけ出す。

正解だと信じるためには、考え抜くしかない。

それが自信になって、自分にとっての正解を信じられる。


不器用かもしれないけど、これしかやり方を知らない。


(本当、不器用だよな)


客観的に見ると、自分でもそう思う。


だけど、ここを手を抜いたら終わる。

そして、そのツケを払うのは、俺じゃない。

ゲームの物語や、キャラクターたちだ。



それからしばらくの時間が経った。

ひなたは自分のPCの前で、唸っていた。


――引いて刺す――


今回の物語でいうと、澪の記憶の一部を代償に力を得る。

そして、その力で敵を倒す。

物語としてはシンプル、かつ、わかりやすい。


だが、やり方を間違えれば……澪が死んでしまう。


キーボードに指を置いて、止まる。

「敵襲」「時間がない」「鍵片を使うしかない」

もう“言葉”としてはある。


でも、欲しいのはそんな表面的な言葉じゃない。

澪が、変わる瞬間だ。


“引く”。

何を、どれだけ。

それが澪を壊すのか、澪を立たせるのか。


(澪の一番いいところって、なんだ)


真面目、面倒見がいい、リーダー気質。

仲間の前では折れない。

自分を削ってでも守る。


――それは分かる、分かっている。

だが、なにが一番刺さっているのか、

それを言語化できていない自分が悔しい。


自分が生み出したキャラなのに、

俺は澪の“何”を知っているのだろうか。


そんな現実を、突きつけられているようだった。


ひなたは、画面の端にメモを打つ。


『澪の一番いいところを見せるために、何を引く?』


指が止まる。

“引く=ギミック発明”に逃げそうになる自分がいる。

思いつきで、都合よく、設定を増やして、変化したように見せる。

それは簡単だ、誰でもできる。


違う……今日の会議で欲しかったのは、それじゃない。


“引く=キャラの再構築”。


澪という人間を、もう一段、奥まで見に行くこと。

澪が澪であるために、“持っていちゃいけないもの”は何か。

澪が澪であるために、絶対に“持ってなきゃいけないもの”は何か。


その線引きが、見えない。


(……澪の芯は、どこにある)


会社のオーダーは明確だ。

五分で核、迷子にさせない、1.5周年で刺す。

全部、正しい。


正しいのに、書けない。

正しいだけの案なら、もう世の中に山ほどある。


ひなたは背もたれに深く沈んだ。

椅子が軋む音だけが、やけに大きい。



「キャラを安売りした“面白い”は、後で全部、返ってくる」


……紡の声だ。


大学生の頃の、遠い記憶。

普段は軽いくせに、その時の言葉は妙に重く感じられた。


面白さを盾にして逃げない。

面白さのために、キャラの芯と向き合う。

作家っていうのは、そういう生き物だ。


(……あいつなら、どうする)


答えは出ない。

でも“逃げ方”だけは一つ消える。


ひなたは、もう一度モニターを見た。

指先が冷えているが、体の芯に何かが灯った気がした。



「どう、進捗は……?」


声がして、肩が跳ねた。

如月さやが、紙コップを二つ持って立っていた。


「甘いもの、飲みたいでしょ?」


「……ありがとうございます」


如月は何も言わず、ひなたの隣の椅子に腰を下ろした。


「詰まってる?」


「……詰まってます」


ひなたは正直に言った。こういうときに強がっても、直ぐにバレる。

いや、もうバレているのだろう。


如月は、コップを机の上で軽く滑らせた。


「じゃあ、言語化しなさい。何が怖い?」


「……澪の芯を壊してしまわないか、それが怖いです」


ひなたは、如月の顔を見てそう告げる。


「壊れるか、嘘になるか。どっちかの気がして」


如月は頷いた。


「ねえ、柏木くん」

「はい」

「あなた“引く”ことだけを考えすぎてるんじゃない?」

「……え?」


如月の声は柔らかいのに、刺さる。


「澪の良さを見せるために、何を引いて、どう組み直すか。

 そうじゃなくて、私は引くことを通じて、

 この物語全体が持つ魅力を再定義したいと思っている」


「それは、彼女たちが“戦う意味”じゃないかしら」


ひなたの胸が、少しだけ軽くなる。

言葉が、まっすぐに刺さったからだ。


「澪って、何を守る人?」

「それは……世界です」


「じゃあ、もし澪が“守り方”を忘れたら?」


「……それでも、澪は前に進みます。

 守るものたちの盾となるために」

「確かに、そうかもしれないわね」


如月は、そこで初めて小さく笑った。


「じゃあ、どうしたら澪は止まる?

 世界を守る使命を追っているのは、澪だけじゃない」


「彼女だけの、守りたいものって何かしら?」


ひなたは、喉の奥が熱くなるのを感じた。

“引く”が、ようやく澪の話になった。


物語が、ようやく動き出した。

止まっていた歯車が、今度こそ噛み合う。


ひなたはパソコンへと向き直る。


「ふふっ、もう私がいなくても平気そうね」

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