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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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引き算の企画

南雲りこが、ホワイトボードの端を指で叩いた。

その仕草だけで、場の温度が一段だけ落ちる。


「きっと……“変わる”が弱いんだと思います。

 澪が一瞬遠くなる、声の温度が違う――いいんですけど、

 よくある“違和感演出”で終わる危険があるんじゃないかなって」


「よくある、って?」


ひなたが眉を寄せる。

南雲は少しだけ言いにくそうに、でも言葉を濁さない。


「例えば、目が死ぬ。台詞が短くなる。BGMが落ちる。

 周りが“ん?”ってなる。

 ……でも、次の戦闘で派手に流される、みたいな」


「ユーザーは違和感を“演出”として受け取って、

 その場で怖がって、でも……五分後には忘れちゃうんです」


「周年って、“次のド派手”がすぐ来るので。

 違和感だけだと、飲み込まれると思います」


ひなたは唇を噛んだ。

言われてみれば、そうだ。

“分かる”と“残る”は、違う。


「違和感だけじゃ、足りないってことか」


三角は首を振った。


「確かに“決定打”にはなりえないですね。

 五分で“うわ、戻れない”って思わせたい。

 周年なら、もっとド派手にいけるじゃないですか」


「例えば?」


乙部が、ペンをくるりと回した。

笑っているのに、問い方は真面目だ。


三角は、待ってましたとばかりに言う。


「新衣装覚醒。限定必殺。巨大ボス。

 PVで一発で分かる“今しかない感”。

 復帰勢も新規も、まず画で引けます」


「なるほどねぇ〜。正しいねぇ〜」


乙部は頷いてから、指を立てる。


「でも、意図の見えない派手さって……

 意外と強く見えて、刺さらないんだよねぇ〜」


「いや、そんなことないでしょう?」


三角が反射で返す。


乙部は、返された言葉を受け流すようにペンを回し、もう一度指を立てた。


「だって、それって予想の範疇じゃない?

 特に、コンテンツが溢れている今じゃ特にね〜」


「強い鍵片! 新技! 新衣装! 敵もデカい!

 それ、ぜーんぶ“正しい”んだけど……」


「正しいだけで、驚きがないんだよ。

 お金かければ豪華になる、に近いかも。

 豪華だけど、“うちでやる意味”が薄くなる」


乙部がひなたを見る。

わざとらしくなく、でもちゃんと問う目。


「CSでは多くのタイトルの内容をチェックしますが、

 そういうの、多い気がします」


三角が、腕を組む。


「でも、足さないと刺さらないんじゃ……」


「……逆」


如月が短く切った。


「刺すために、足すんじゃない。

 刺すために、引く」


一同の視線が、如月に集まる。


如月はホワイトボードに、太い線を一本引いた。

そして、もう一本。


「三角くんの案は“足して刺す”」

「柏木くんの案は“残して刺す”」


「どっちも分かるけど行き詰まっている。

 なら――“引いて刺す”を議論しましょう」


乙部が、にやっとする。


「引いて刺す。いいねぇ〜♪」


三角が眉を上げた。


「引くって……何を引くんすか?」


ひなたも、そこはまだ答えを持っていない顔をした。

だからこそ、会議が前に進む。


乙部は、指で机を軽く叩いた。


「安易に“足す”と部品に見えるならさ。

 逆に、安易に“減らす”のってどう?」


「減らす……?」


ひなたが反射で否定しかけて、止まる。


乙部が頷き、如月が続ける。


「弱体化じゃない。ステータスじゃなくて。

 “澪の中の当たり前”が減る」


ひなたの目が、ほんの少しだけ鋭くなる。

それは否定の鋭さじゃない。

怖さと、興味が混ざった鋭さだ。


「……記憶が戻る代償に、何かが欠ける。

 その欠け方で、関係性が変わる」


その声に、三角とひなたが何かに気づいたかのように活気を取り戻す。


「それ、急に“変わる”が分かりやすくなる。

 だって、減ったら戻せない。五分で“やばい”ってなる」


「それに、キャッチコピーで出してもネタバレしないし、

 離脱したユーザーへの復帰導線にもなる」


南雲が頷く。


「“戻れない”が分かるのは強いです。

 でも、“何が欠けたか”を全部説明しなくても怖い。

 怖いのに、言い切らない。その余白が、続きへの期待になる」


ひなたは、まだ迷っている。

だが、拒絶ではない。


(……これ、やれるなら強い)

(でも――下手に触ったら、澪が死ぬ)


喉の奥が熱くなって、乾く。

“引く”という言葉が、ただのギミックじゃなくなる。

澪という人間の、芯を露出させる刃になる。


乙部がひなたに向けて、優しく残酷に言う。


「ひなたくん、設定的にはアリなの?」


「考えたことなかったですけど、いけるとは思います」


迷いは消えていない。それでも、もう拒絶するだけではなかった。


「……ただし、それをやるなら

 “人”として、何かを失った衝撃を描くことになる」


「時間がない中だと、中々、ハードだねぇ〜。

 澪のキャラクターが死んじゃう危険性もある」


言葉にした途端、簡単な仕掛けに聞こえる。

だが実際に澪から何かを奪えば、描き方一つで彼女そのものを壊しかねない。


「いやぁ〜、腕の見せどころだねぇ〜」


乙部が笑う。

でも……この人ならうまくやるのだろう。


三角が、少しだけ悔しそうに言った。


「……これ、足すより難しいっすね」


「でも、やれたら……絶対に“強い”」


南雲が、固まりつつある覚悟へ最後の一押しをする。


「“引く”は、悲劇にしなくていいと思います。

 可哀想、じゃなくて……“戻れない選択をした覚悟”にする。

 それなら、周年の熱にも負けないです」


周りの覚悟は、固まっていた。

如月が、軽く手を叩く。


「じゃ、決めるよ。

 “記憶の引き算”で刺す。

 その上で、“仲間に渡る力”まで見せて、希望で終える」


乙部が大きく頷く。


「悲劇で終わらせない。

 でも、甘くもしない。いいねぇ〜♪」


白石が前に出る。


「欠ける瞬間、泣かせない方向なら……絵が見えます。

 目が遠くなる。温度が落ちる。

 その“静かさ”で怖くする」


三角が続ける。


「PVは最初の五秒、欠けた瞬間で取れます。

 “澪が澪じゃない”を、ユーザーに分からせる。

 でも、理由は言わない。言わないから気になる」


南雲がホワイトボードに、決定事項を箇条書きしていく。

最後に、はなまるを描いた。


「これで、決まりですねっ!」


ひなたは、ホワイトボードの端に残った文字を見る。

『記憶の引き算の体験』

乱雑な文字の群れの中で、それだけが光っているみたいだった。


如月と乙部がこちらを見る。


「ひなた、明日までに初案。出せる?」


「完璧じゃなくていいからねぇ〜。

 懸念点は、みんなで解消すればいいから〜」


三角も、白石も、南雲も。

全員が、同じ方向を見ている。


ひなたは、胸の奥に沈んでいた迷いを持ち上げた。

持ち上げて、置く場所を決めた。


「……やってみます!」


その瞬間、如月が言った。


「午後は、これを“外に出す形”にする。

 企画書に落として、通す」


乙部が笑う。


「よーし、午前のうちに“勝てる形”にしちゃお〜♪」


ひなたは頷く。

言葉は短くていい。短いほど、逃げ道が減る。


明日までに――初案。

それが、次の戦いの合図だった。

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