足し算の企画
「よし、次。企画の北極星を立てる。
書記は南雲さん、お願いね」
「はいっ! 分かりました!」
その声に、南雲りこが黒のマーカーをクルッと回して構える。
運用要件が固まり、制作物の会議へと移行すると、
プランナーリーダーの三角が、前のめりになる。
「面白みは柏木先輩に任せるとして……」
「ここで議論したいのは、五分で核――
『選択が“記憶”になる』って部分を、
どう“見せる”かですよね」
三角は遠慮なく言い切る。
「五分ってことは、入口で体験を置くしかない。
パンチ、前に寄せるしかない」
「1.5周年ということを考えると、メインヒロインが適任。
先輩、澪でいけますかね?」
ひなたの背中がぞわりとした。
「まず、前に寄せるのは賛成です」
ひなたは即答してから、続けた。
「……でも見せ方を間違えると、
このゲームを別物として認識されるかもしれない」
「……別物、ですか?」
「そう。鍵片が“記憶の部品”に見えた瞬間から――」
「はいは〜い! 私からしつもーん!」
すると、乙部が二人の会話に割って入る。
「私もしっかり把握しておきたいんだけど〜
『選択肢が“記憶”を変える』って、
具体的には、どういうことなの〜?」
「すみません、まずはそこからですよね」
「一言で言うと――空っぽのアンドロイドに、
鍵片で“記憶”を取り戻させて、
戦士として育てていくゲームです」
「鍵片は、彼女たちが失くした記憶そのもの。
どの鍵片を手に入れて、いつ嵌めるかは主人公側の選択になる。
それを『選択が“記憶”になる』って呼んでます」
「……記憶になる?」
「鍵片を見つけて嵌めると、記憶と一緒に、失われた力も戻る」
「重要なのは、ただ嵌めるんじゃなくて“選ぶ”ことです。
強い鍵片には相応のリスクがある。
思い出す記憶は、綺麗なものばかりじゃない」
「その記憶を、主人公が一緒に受け止めて、乗り越えていく。
そのとき交わす言葉や距離感で――同じ鍵片でも、
彼女たちの中に残る“意味”が変わる」
「なるほど〜! つまり〜
“鍵片をアンドロイドの強化パーツにしたくない”ってこと〜?」
「はい、そうです」
「だから入口でやりすぎると、ユーザーはこう考え始める。
――じゃあ、どの鍵片が強い?
――最短で好感度が上がる嵌め方は? って」
三角がそれに対して意見を述べる。
「いや、それ、普通に考えません? ゲームなら特に」
ひなたは首を振った。
「そうなんだけど、考えること自体を問題視してるんじゃない。
それが主目的になるのは違うと思っている」
「この作品でやりたいのは、パーツを集めて性能を上げる話じゃない。
『記憶が馴染むまで、関係を育てる』話なんだ」
「最適化の目が入りすぎると、“育てる余白”が潰れる。
それは、アンドロイドを“人”として接する主人公たちと矛盾する」
「それは分かってるつもりです!」
その話を聞きながら、乙部が唸るような声を上げた。
「『選択が“記憶”になる』って、
具体的にユーザーの手触りとしては何が起きるの〜?
“鍵片を嵌める”って言っても、説明っぽく聞こえたら負けだよね〜」
三角が口を挟む。
「言ってることは分かりますけど、五分で伝えるのはムズいっすね」
「だから“要所”は場面で見せる」
ひなたは乙部の方へ向き直り、机の上に見えない台本を広げるように言った。
「説明じゃなくて、事件で――」
乙部が身を乗り出す。
「その“事件”って、具体的には〜?」
「……そうだなぁ」
そう言いながら、ひなたはポツポツと話し始める。
「1.5周年だし、キャッチーさを重視したい。
キャラはメインヒロインの天音澪でいく想定」
◆
「一つ。敵が来る。時間がない状況を置く」
「結界が鳴る。校内放送が割れる。『鍵守システム、第一層に亀裂』」
「“学園が日常を保てない”って一瞬で伝える」
「二つ。鍵片を使うしかない“必要性”を作る」
「逃げる、耐える、連絡する――全部やった上で、足りない。
だから未知の鍵片に手が伸びる。
“使いたい”じゃなく、“使うしかない”」
「三つ。使った瞬間、“強くなる”と同時に――“変わる”を見せる」
「爆発じゃなくて、静かに来る。
澪の目が、いつもより一瞬だけ遠くなる。
同じ台詞を言うのに、声の温度が違う。
仲間が異変に気づく。『……澪? 今の、誰に言ったの?』」
◆
「ここまでを、五分で見せる」
「“理解”じゃなくて“迷子にさせない”が五分ね。
砂原、どう思う?」
「悪くはないですね。
さすがに、全てを理解させるのは難しいので」
二人の意見とは違い、三角が眉を上げたままだった。
「うーん……悪くないんだけど、
何かが足りない気がするんだよなぁ」
「まず、変わる、って……それ、説明いるやつですよね?」
「説明はしない。ただ、突然戦うことに怯えだす」
「なるほど〜。違和感で引っ張るってことか〜。
で、そこで選択肢が出て、物語が分岐するのかな〜?」
「はい。その上で、澪が思い出した“何か”を探して、
内容を考察しながら、惹き込んでいく」
三角がまだ食い下がる。
「でもそれって“五分で説明する”のインパクトを
最大化できてるんですかね?」
「そう言われると……。あ〜微妙なラインだねぇ〜」
その声に、皆が黙ってしまう。
「あわわ……あわわ……」
その姿を見て、白石が動揺を隠しきれないようだ。
如月がそこで、パン、と机を叩いた。空気が締まる。
「はーい、一旦そこまで!」
「三角くん、いい視点よ。
ただし疑問を投げるなら、“何が足りないか”まで言ってね。
今日は勝ち筋を作る会議だから」
「あと……正論は相手を傷つけるわ。
こういう会議慣れしてない白石くんが怯えてるわよ」
「……すんません!」
「ああ、いえ……。企画の会議ってすごいんですね」
如月の言葉に、三角は口を結んだまま、少しだけ視線を泳がせた。
それでも引かない。
「……何が足りないか、っすよね」
三角はホワイトボードを見上げる。
そこには、南雲がまとめてくれた内容が記載されていた。




