守るための戦い
「運用ディレクターの砂原も呼びましょう」
如月がそう言った瞬間、乙部が、にやっと笑った。
「うわ、出た~! 砂原さん来るとねぇ~、
会議が急に“現実”になるんだよねぇ」
白石が小声で言う。
「……現実、って言い方やめてほしいです」
「安心して。現実はいつも、向こうから殴りに来るから♪」
「……帰っていいですか?」
「クリエイティブ職の子に、その手の冗談はシャレにならないから!」
如月が即ツッコミを入れる。
ひなたは、腕組みのまま黙っていた。
“運用ディレクター”は、現場を守る最後の砦だ。
運用は夢を語るだけじゃ務まらない。
予算と工数と炎上を数えて、首を切る役割も担う。
(だけど、役割の違いなだけ。
面白ければ……売れると分かれば、必ず乗ってくれる)
扉の外から、靴音が近づく。
カツ、カツ、と一定のリズム、焦りがない。
扉が開いた。
「……失礼します。呼ばれました、砂原です」
運用ディレクター、砂原透。
声も体温も低い。
でも、その低さは“冷たい”とは違う。
「すみません、前の会議が押してまして……」
乙部が手をひらひら振った。
「おつかれさまです~! 急でごめんねぇ~!」
「乙部さん。いえ、呼び立てたのはむしろこちら側なので」
砂原が淡々と返す。
笑ってないのに、空気だけが少し笑う。
南雲が小さく息を吐いた。白石が肩をすくめる。
「それで砂原、ここまでの流れなんだけど……」
「如月さん、説明頂かなくても問題ありません」
「大枠の流れは、Slackで把握してますから――」
そう言って、砂原がメガネをクイッと持ち上げる。
別の会議をしながら内容の把握を済ませているとは、
いつもながら、いくつ脳みそがあるんだと驚かされる。
「そう、じゃあ話は早いわね」
如月が端的に言う。
「運用の目線で、最低条件を置いてって欲しいわ。
企画勝負だけど、あくまでも実現性も込みで進めるから」
砂原は頷き、空いている席に座った。
「了解です。では……結論から言います」
砂原は、指を一本立てた。
「今回、運用として“見たい”のは三つ。新規獲得率と復帰率、
そして、ユーザー満足度です」
「全部じゃないですか? それって意味あります?」
「もちろん、その意見も分かります。
指標がブレるんじゃないか、それは当然の疑問です」
「ですが、目的を明確にしたうえで企画すれば、
その全てが無ければ、生きた数字にならない」
「まず、前提を話します。
シナリオが好評な本作のようなタイトルにおいては、
マンネリの時期に休眠のような離脱をしているユーザーが意外と多い」
「だから、結果的に、そこを狙っていくのが“手堅い”。
既存ファンが興味を引くような、目玉を作ることが重要と考える。
そして、それはそのまま、既存ユーザーへの満足にも繋がりやすい」
白石が頷きながらも渋い顔をする。
「でも、戻ってくる理由って……
結局は、面白さしかなくないですか?」
砂原は否定しない、ただ、淡々と話を続ける。
「面白さは大前提です。
だけど、それをゴールにすると、内輪的な内容も許容されてしまう」
「そうなると、新規層は初回導線でこう感じます。
“何をすればいいか分からない”“何が面白いのかが分からない”」
その声に、白石が黙ってしまう。
だが、言い負かされた顔ではない。新しい価値観を渡され、驚いているように見えた。
砂原は面白いの質の話を、わかりやすく言語化していた。
「新規のファンほど、シビアです。
既存ファンは、面白さを体験したことがあるから、
多少のマンネリに耐えられますが、新規はそうではない」
「まず、面白いを感じさせる。
そのためには、このタイトルの魅力はなにかを定義し、
新規ユーザーに端的に感じさせる必要があります」
「そうそう。周年イベントって“打ち上げ花火”に見えるけど、
この先に繋がる“新しい火を灯す”ことも大事なんだよね~」
乙部の話に、メンバーたちが納得した表情を浮かべる。
「分かったような、分からないような……」
白石が、呻くような声でそう告げる。
「つまり~、このゲームが持つ魅力を分かりやすく伝えながら、
既存ファンにもしっかり刺す。
さらに内容をキャッチーにして、復帰勢まで増えたら、
みんなハッピ~! ってことだよね?」
「はい、その通りです」
「なるほど、分かりました!」
ひなたは思わず口を挟む。
「……でも、このゲームのシナリオが好評なのは、奥深さです。
企画の核となる『選択肢があなたの“記憶”を変える』部分は、
分かりやすくしすぎると、いざというシーンでのインパクトが薄れる」
空気が一瞬止まる。
ひなたは自分で分かる、言い方が硬い。刺が立つ。
(……やっちまった)
だが、砂原は眉ひとつ動かさなかった。
「その意見、分かります。
ただ、運用として怖いのは“インパクト”より先に来るものです」
「理解不能で離脱。もしくは、誤解したままキャラが愛されない。
この二つは、企画勝負以前にゲームが死にます」
「うわ、言い方がキビシ~」
乙部が口を尖らせる。
「これが現実なので」
砂原は短く言って、紙に何かを書いた。
「だから、最低条件を置きます」
砂原は書いた紙を、テーブルの中央に滑らせた。
「初回五分で本作の魅力の一端、
『選択肢があなたの“記憶”を変える』を提示する。
ここだけは譲れません」
乙部が「五分!」と笑う。
「短っ、厳しっ。頭いた~い!」
明確、かつ、具体的な要望を前に、皆がその成立ラインを探っていた。
少し考え込んだ後、如月が何かに気づいたようだ。
「五分で核は伝える。でも、最終的なゴールではなくていい。
ユーザーを誤解させてもいい」
「それなら……さっきひなたが言った線との矛盾は無いわよね?」
「はい、理論上は可能なはずです」
その声に、砂原が声を上げる。
まるで、その答えを待っていたかのように。
その答えをもって、砂原がひなたを見る。
「柏木さん。今までのアナタの傾向から考えると、
本当に恐れているのは、“キャラクターが安売りされる感覚”」
「それで、合ってますか」
「……はい」
「なら、目的には誤解なく、感情は誤解させる。
この矛盾を物語にする。……それは成立するはずです」
ひなたは、少しだけ肩が落ちた、否定されなかった。
砂原は続ける。
「ただし、矛盾は“設計”しないと事故になります。
乙部さん。禁止事項を箇条書きで置けますか」
「任せてぇ~!」
乙部が待ってましたとばかりにペンを構える。
如月がすぐ補足を入れる。
「禁止事項、越えない一線。
それを企画書に落ちる形で整理しよ~」
乙部が楽しそうに言う。
「じゃあ書くよ~。“キャラクターを安売り”しないための、
やっちゃダメリスト!」
砂原が淡々と付け足す。
「……あと、“戻ってくる理由”のために。
復帰導線は、イベントの後半に必ず置いてください。
一言で興味を抱くキャッチーさと、
内容が一見して想像できる分かりやすさは大事に。
“続きが気になる”だけじゃ、人は戻りません」
「痛い、痛い~!」
乙部が胸を押さえて大げさに呻く。
「でも、そういう現実があるから、企画が締まるのよ」
ひなたは、砂原をちらりと見た。
思ったより、怖くない。
いや、怖いのは怖い。
ただそれは、作品を壊す怖さじゃない。
――これは、このゲームの物語を“守る”ための怖さだ。
砂原が最後に言った。
「では、私の役割はここまで。
“最低条件”は置きました。
あとは、制作が“越えない線”を決めてください」
乙部が笑う。
「はいはい~! じゃ、ここからは制作が暴れま~す♪」
如月が頷いた。
「よし、次。企画の北極星を立てる。ホワイトボード出して」
ひなたは、息を吸った。
(俺だけじゃダメだけど、みんなとなら、行ける――)




