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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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消したもの

 改善検討会議までに、ひなたは不採用原稿を集めた。


 ローカルフォルダ。

 共有フォルダの『未採用』。

 白石が残したラフ。

 佐久間たちの修正前ファイル。


 画面に、世に出なかった澪が並ぶ。


 リラへ剣を預け、意味を説明しなかった場面。


 毛布を掛けられ、眠ったふりを続ける場面。


 助けを求められず、何度も剣を握り直す場面。


 どれも、評価では、


『感情の目的が見えない』

『場面の変化が小さい』

『初見では意図を理解しづらい』


 と判断された。


 採用稿は、澪の変化が分かる。

 未採用稿は、澪の不器用さが残っている。


 どちらも澪だった。


 選び続けるうち、一方だけが増えた。


変更履歴には、削除した理由も残っていた。


『伝達速度を優先』

『同種の沈黙が前場面にもあるため統合』

『PVで使用する台詞との整合を優先』

『キャラクターの成長を明示する』


 どれも、ひなた自身が書いた。


 当時の判断をした自分へ、今の自分が反論する。


 だが、過去の自分も、締め切りと全体構成を見て選んだ。

 何も考えずに澪を削ったわけではない。


 一つずつ読んでいくうち、

 ひなたは過去の自分を責めることもできなくなった。


 間違った判断ではない。


 正しい判断が、同じ方向へ重なりすぎた。


 沈黙を一つ削る。

 別の場面でも、説明へ変える。

 また別の場面で、成長を明示する。


 一回ごとの差は小さい。


 すべてを並べた時だけ、キャラクターの呼吸が変わって見える。


 責任者は、一つの場面だけを正しくする人間ではない。


 正しい修正が積み重なった先で、

 何が消えていくかまで見る必要があった。



「これを会議で見せるんですか」


 佐久間が資料を読んだ。


「ああ」


「未採用稿の方が正しいって?」


「正しいとは言ってない」


「そう見えます」


 佐久間は資料を机へ置く。


「採用稿には数字だけ。未採用稿には、先輩の長い説明が付いてる」


「なら、採用稿にも――」


「そういうことじゃないです」


 佐久間の声が硬くなる。


「先輩は、最初から昔の澪を残したいんでしょう」


「今の澪に足りないものを確認してる」


「ユーザーが今の澪を好きになった後で?」


「好きなことと、問題がないことは別だ」


「じゃあ、その人たちが好きになった澪は、間違いですか」


 ひなたは答えられない。


「それに、僕が書いた場面もAI候補を使っています」


「知ってる」


「先輩がAIの影響を問題にするたび、僕の原稿まで偽物だと言われてる気がする」


「そんなことは言ってない」


「言ってなくても、そう聞こえます」


 佐久間は、ひなたを真っ直ぐ見る。


「僕の文章も、先輩の外から来たから信用できないんですか」


「違う!」


 声が会議室へ響く。


 AIには、書きたい意思がない。

 佐久間にはある。


 AIは、台詞へ責任を負わない。

 佐久間は負う。


 違いはある。


 ただ、自分の内側から出たかどうかだけで線を引けば、佐久間の仕事まで曖昧になる。


「お前の文章は、お前の文章だ」


 ひなたは言った。


「なら、僕が書いた澪を、一人で昔へ戻さないでください」


 佐久間は資料を閉じた。


「会議には出ます。でも、このままなら反対します」


 ノートパソコンを持ち、いつもの隣ではなく、若手チームの席へ戻った。


 空いた椅子だけが残る。


如月は、ひなたの比較資料を一度読んで、机へ戻した。


「このまま会議へ出すのは駄目」


「佐久間と同じことを言うんですね」


「未採用稿を、美しく見せすぎてる」


「実際、残したいものがあります」


「なら、“昔の方が良かった”ではなく、“今の場面へ何を足すか”で出しなさい」


「先輩は、修正に賛成ですか」


「まだ決めてない」


 如月は、自分のペンで採用稿へ丸を付けた。


「私は、今の澪も好きよ」


「でも」


「でも、あなたの違和感も分かる」


「また両方ですか」


「今は決める前でしょう」


 如月は資料の表紙へ、


『どちらが正しいか』


 と書かれた見出しを消し、


『何が不足しているか』


 と書き直した。


「問いが違えば、会議の結論も変わる」


 ひなたは、修正された表紙を見る。


 答えを出したわけではない。


 会議で戦う場所だけを整えた。


 上司の仕事は、いつも正解を教えることではない。

 議論が間違った方向へ進む前に、問いを戻すことでもある。



 白石の未採用フォルダには、同じ場面の表情が何十枚もあった。


 澪が目を逸らす角度。

 口を開きかけ、閉じる顔。

 リラへ手を伸ばし、最後まで触れない構図。


 採用稿では、正面からリラを見る表情が使われた。


「消さなかったんですね」


「消せなかっただけです」


 白石はラフを開く。


「採用稿の方が、画面として強い。今も間違いだとは思ってません」


「なら、なぜ残した」


「こっちの澪も、見えたからです」


 白石は、目を逸らす澪を拡大する。


「採用されなかったからって、描いた時に見えた人まで消えるわけじゃない」


 ひなたはラフを見る。


 今の台詞を削りたいわけではない。


 言えるようになった澪と、言う前に逃げる澪。

 両方を残したい。


「独白を消さない」


 ひなたが言う。


「その前に、一度失敗させる」


 リラを止めようとして、言葉が出ない。

 剣を押し付け、行動だけで済ませようとする。


 リラに拒まれる。


「言って」


「何を」


「私に、どうしてほしいか」


 澪は答えられない。


 それでも、今度は逃げずに言葉を選ぶ。


『返さなくていい』

『持ったまま、生きて』


 過去へ戻すのではない。

 過去の癖を抱えたまま、新しい選択をする。



 ひなたは、佐久間へ修正案を見せた。


 佐久間は最後まで黙って読む。


「台詞は消さないんですね」


「ああ」


「今の澪を間違いにしない?」


「しない」


「僕の場面も?」


「全部を直す話じゃない。表現が同じ方向へ寄った場所だけを見る」


 佐久間は、原稿へ一つだけコメントを入れた。


『剣を押し付ける前に、澪がリラの手首を見てください。言葉が消えていくのを見て、初めて焦る』


「理由は?」


「昔へ戻ったんじゃなく、今の状況で昔の癖が出たと分かるからです」


 ひなたはコメントを採用した。


「会議では?」


「修正案には賛成します」


「公開後に直すことは?」


「反対です」


 意見は一致しなかった。


 それでも、同じ原稿を見ることはできた。


南雲からは、長期ユーザーの追加意見が届いた。


『昔の澪に戻してほしいわけではない』

『話せるようになったことは嬉しい』

『成長した後も、苦手なことは苦手でいてほしい』

『一度言えたから、次から全部言える人にはしないでほしい』


 ひなたの修正案と重なる。


「ユーザーが答えをくれたみたいですね」


「違います」


 南雲は首を振る。


「ユーザーが言ったのは、感じたことです。直し方は制作側が考えた」


「同じ結論でも?」


「そこを一緒にしたら、ユーザーの感想が修正指示になります」


 感じた違和感。

 作る答え。


 その間をつなぐのが、制作側の仕事。


「今回、柏木さんの違和感と重なったから、会議になりました」


「俺が気づかなければ?」


「記録だけで終わったかもしれません」


 制作側だけでは気づけない。

 ユーザーだけでも直せない。


 互いの間に、判断する人間が必要になる。


 その位置にいることが、ひなたは少し怖かった。


「僕、先輩が怖いです」


 佐久間が、会議室を出る前に言った。


 ひなたは反応できなかった。


「間違えた原稿を出した時じゃないです」


 佐久間は続ける。


「先輩が違和感を持ってるのに、僕が良いと思った時です」


「反対すればいい」


「反対してます」


「なら」


「先輩が最後に決めるでしょう」


 責任者だから。


 その権限があるから。


「自分の原稿だと言っていいって、先輩は言いました」


「ああ」


「でも、最後に先輩が直したら、僕はまた、自分が間違ってたと思う」


 ひなたは、何も言えなかった。


 佐久間が欲しいのは、常に採用されることではない。


 反対したまま、自分の判断を持っていられる場所だ。


「今回、修正することになっても」


 ひなたは言った。


「お前が間違っていたことにはしない」


「そんなの、できますか」


「履歴に残す」


「履歴じゃなくて、先輩が覚えてください」


 佐久間は扉を開ける。


 ひなたは返事をしなかった。


 軽く約束していい言葉ではなかった。


 ただ、忘れないと、自分の中で決めた。


 佐久間は隣の席へ戻らなかった。


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