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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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違和感の正体

 最初の一件だけなら、個人の好みとして処理できた。


 作品の受け取り方は、ユーザーごとに違う。


 澪が剣の意味を言葉にしたことを、成長だと思う人もいる。

 言えなかった時間まで含めて好きだった人もいる。


 どちらかだけが、正しいわけではない。


 だが公開から三日が経つと、南雲のもとへ似た意見が集まり始めた。


『あの剣は、意味を説明しないから良かった』

『最近の澪は、自分の不器用さまで自分で解説する』

『台詞は綺麗。でも、作者が答えを付けたように見えた』

『正しいことを言えるようになったのではなく、正しいことを言う役になっている』


 全体から見れば、少数だ。


 肯定的な感想は、その何十倍もある。

 イベント評価も売上も高い。


「問題として扱う基準には達していません」


 美堂が言った。


 制作班とCSを交えた小会議。


 美堂の資料には、二周年の成功を示す数字が並んでいる。

 来週には、この制作フローを全社へ展開する報告会も予定されていた。


「キャラクターらしさ評価は、全体では過去最高です」


「長期ユーザーだけで分けたら?」


 ひなたが尋ねる。


「母数が小さすぎます」


「だから見ない?」


「見ます。ただ、少数意見を問題として拡大することは、分析ではありません」


 声は冷静だった。

 だが、いつもより返事が早い。


「美堂さん」


 南雲が言う。


「問題だと決めたいわけではありません。何が違ったと感じたのか、確認したいんです」


「確認に反対していません」


「なら、長期ユーザー群で切ってください」


 美堂は一度、画面を閉じた。


「時間をください」


 会議はそこで終わった。


 以前の美堂なら、最初から追加分析を提案したかもしれない。


 成功した仕組みを守ろうとしている。


 美堂にも、失いたくないものがあると初めて見えた。



 ひなたは、二周年の澪の台詞を一覧にした。


 一年前。


『平気』


 怪我をしていても、理由を話さない。


 半年前。


『別に、あなたのためじゃない』


 助けた理由を、自分から遠ざける。


 一・五周年。


『それ、ないと私が困るから』


 リラに残ってほしいと、剣を預けることで伝える。


 二周年。


『前に預けた剣、まだ返してもらってない』


『返さなくていい』


『持ったまま、生きて』


 単独の場面だけなら、成長として成立している。


 だが二周年全体を見ると、似た変化が重なっていた。


『怖いなら、怖いと言っていい』

『頼ることは、弱さじゃない』

『忘れても、関係が消えるわけじゃない』


 正しい台詞。


 過去の澪なら、言葉ではなく行動で見せたもの。


 評価では、一度描いた成長を分かりやすく継続した方が高くなる。

 制作側も、後戻りを「成長していない」と思われることを避けた。


 結果、澪は常に成長後の答えを選ぶようになった。


 人間は、一度変わったら、二度と昔の癖へ戻らないわけではない。


 助けを求められた翌日に、また一人で抱え込む。

 生きると決めても、反射的に自分を後回しにする。


 その矛盾が消えていた。


ひなたは、問題となった第一章の台詞を自分で書き直してみた。


 現在稿。


「怖いなら、怖いと言っていい」


 比較稿。


 リラの手が震えている。


 澪が自分の剣の柄を差し出す。


「持ってて」


「どうして」


「手が塞がってるから」


 澪の片手は空いている。


 リラは気づきながら、両手で剣を握る。

 震えは止まらない。

 それでも、隠せる。


 澪は「怖い」という言葉を一度も使わない。


 南雲が二つを読む。


「私は、比較稿の方が澪だと思います」


「初見では、意図が伝わりにくい」


 美堂が言う。


「現在稿は、リラへ感情を言葉にすることを教える。比較稿は、言えないまま対処する」


「どちらが今の関係に必要か、ですね」


 南雲が返す。


 美堂は比較稿の評価予測を出そうとして、ひなたに止められた。


「今は、数字を出さないでください」


「なぜです」


「見たら、数字を基準に話すことになる」


 美堂の表情に、不満が出る。


「予測を見ないことが、中立ではありません」


「分かっています。それでも、先に制作側で何を描きたいか決める」


 美堂は端末を閉じた。


「三十分後に戻ります」


 怒ったわけではない。

 ただ、自分の仕事を拒まれた顔をしていた。


 制作側がAI候補を邪魔だと思ったように、

 美堂も、データを見ない判断へ同じ苛立ちを感じている。


 互いに、自分の方法を信用してほしい。


 その衝突が、ようやく人間同士のものになっていた。



「成長させるのが、怖いんじゃないですか」


 佐久間が言った。


 比較資料を読ませた後だった。


「違う」


「先輩は、昔の澪なら言わないって、何度も言います」


「今の澪が言えるところまで、過程があるかを見てる」


「僕が書いた“手、貸して”も、最初は澪らしくないと言いましたよね」


「あれは、お前が過程を書いたから残した」


「今回だって、過程はあります」


「足りない」


「先輩にとって、どこまで書けば足りるんですか」


 佐久間の声が強くなる。


「澪が先輩の知ってる範囲から出るたび、“別人”って言われたら、僕らは新しい澪を書けない」


 痛い指摘だった。


 ひなたはキャラクターを守っている。

 同時に、自分の解釈へ閉じ込めている可能性もある。


「数字で決めろとは言ってません」


 佐久間は続ける。


「でも、先輩一人の違和感だけでも決めないでください」


「なら、誰が決める」


「それを考えるのが、チームでしょう」


 最後には、誰かが決める。


 その誰かがひなたであることは変わらない。


 だが、決める前に反対意見を聞くことはできる。


「分かった。美堂さんの分析を待つ」



美堂の全社報告会は、追加分析のため一週間延期された。


 上司からは、予定どおり成功事例だけを発表する案も出たらしい。


「延期したんですか」


 ひなたが尋ねる。


「長期ユーザーの差を確認せず、再現可能な成功とは言えません」


「最初は、問題ではないと言っていた」


「その時は、そう判断しました」


 美堂は言い訳をしない。


 ただ、机の上には、夜遅くまで分析した跡が残っている。

 冷めたコーヒー。

 印刷し直された資料。

 赤字で書かれた『即時評価偏重』。


「昇進に響きますか」


「可能性はあります」


「それでも?」


「自分の数字に、後から責任を持てない人間にはなりたくない」


 初めて、美堂の個人的な言葉を聞いた。


 彼もまた、数字の後ろへ隠れていたわけではない。


 数字を自分の仕事として持つからこそ、

 見落としを見つけた後に放置できなかった。


 二日後。


 美堂が追加分析を持ってきた。


 二年以上の長期ユーザーでは、澪の「キャラクターらしさ」だけが他項目より低い。

 一年未満のユーザーでは、逆に過去最高。


「統計上、断定できるほど大きな差ではありません」


 美堂は言った。


「ただし、自由記述との一致はあります」


「最初から調べれば分かった」


 ひなたの言葉に、美堂の表情が硬くなる。


「現在の評価モデルは、直後の理解と好感を重く見ています」


「長く見てきた人が感じる差は?」


「十分に拾えていなかった」


 美堂は、初めてはっきり認めた。


「私も、全社展開前に数字を崩す要素を増やしたくなかった。判断が遅れました」


 言い訳ではなく、自分の利害を口にする。


「申し訳ありません」


「謝って終わる話ではないです」


「分かっています。評価設計を変えます」


「変えれば、次は正しくなる?」


「保証はできません」


 いつもの美堂なら、もう少し整った答えを出した。


 今日は疲れた顔をしている。


「見落としたものを、一つ減らすだけです」


 ひなたは資料を見る。


 AIも、データも、嘘をついたわけではない。


 何を測るか決めた人間が、成功しやすいものだけを見ていた。



 変更履歴を開く。


 AI候補。

 佐久間の修正。

 ひなたの修正。

 ユーザー評価による再調整。


 すべての場面で、最終承認者は同じだった。


『柏木ひなた』


 美堂の評価モデルが見落とした。


 AI候補は、分かりやすい答えを出した。


 だが、最後に残したのは自分だ。


「違和感を作ったのは、AIじゃない」


 誰もいない会議室で、ひなたは呟く。


「俺だ」


 成功した原稿へ、自分で赤字を入れる。


 そのための会議を申請した。


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