表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の文章は、どこにある  作者: たつき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/38

二周年

 二周年イベント公開日の朝。


 執務室には、普段より早い時間から人が集まっていた。


 大規模更新。

 新システム。

 全ユーザーの選択結果で変化するイベント。

 過去最大規模のボイスとイラスト。


 三角は開発チームとの連絡画面を開き、乙部は緊急時の担当表を机へ貼る。

 橋本は広告の配信状況を追い、南雲はCSへ入る問い合わせを分類する。


 白石は完成したキービジュアルを見ていた。


「今さら、直したいところが見えます」


「公開日に言わないでください」


 乙部が笑う。


「今日は、クリエイターに元ファイルを触らせない日だからね~」


 緊張の中に、祭りの前の熱があった。


「公開、入ります!」


 十一時。


 更新が始まった。



 最初の一時間は、不具合対応に追われた。


 選択肢が一部端末でずれる。

 特定条件で、リラのボイスが再生されない。

 イベント画面への導線が分かりにくい。


「台詞の改行崩れ、二件です」


 南雲が報告する。


「意味が変わるものは?」


「ありません。次回修正で対応できます」


「了解」


 感想を見るより先に、文章が正しく画面へ出ることを守る。


 それも、シナリオ責任者の仕事だった。


 午後一時。


 大きな障害がないと確認され、執務室の空気が少し緩む。


「イベント参加率、初動で過去最高です」


 橋本が言う。


「第一章のスキップ率も過去最低」


 三角が続く。


「選択肢の二回目まで、想定より残ってます」


 拍手が起こる。


 まだ早い。

 そう思いながら、ひなたも手を叩いた。


 ユーザーが読んでいる。


 自分たちが作った物語の中を、今、進んでいる。



 午後三時。


 売上速報も、想定を上回った。


 新規キャラクター。

 限定衣装。

 二周年記念パック。


 前年度同日比、一・四倍。


「やっと息できた……」


 三角が椅子へ身体を預ける。


「朝から呼吸してなかったの?」


 乙部が笑う。


「してましたけど、生きてる感じはしなかったっす」


 橋本はPV経由の復帰率を確認する。


「澪の台詞を使った短尺広告が、一番伸びています」


 承認した台詞が、ユーザーを連れ戻している。


 ひなたが違和感だけを理由に止めていたら、この結果はなかったかもしれない。


「柏木」


 神谷が言う。


「お前の判断、正しかったな」


「まだ初日です」


「今日くらい、喜べ」


 ひなたは数字を見る。


 逃げずに、頷いた。


「はい」


公式生放送では、出演者が二周年イベントの第一章を実際に遊んだ。


 最初の選択肢をリラに拒絶され、出演者が本気で戸惑う。


「え、選んだのに受け取ってくれないんだ」


 コメント欄が流れる。


『最初はそうなんだよ』

『ここからが良い』

『後半まで読んで』


 制作側が説明しなくても、既存ユーザーが新しいユーザーを物語の中へ案内している。


 後半。

 同じ選択肢がもう一度表示される。


 今度は、リラ自身が選ぶ。


 出演者が声を詰まらせる。

 コメント欄が一斉に加速する。


『ここで同じ言葉なのがずるい』

『最初は届かなかったのに』

『自分が選ばせたんじゃなく、リラが選んだ』


 三角が、配信画面を見ながら小さく拳を握った。


「ゲームとして伝わってる」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


 ひなたは、その横顔を見る。


 物語だけではない。

 選択肢の仕様だけでもない。


 二つが重なった時にしか生まれない感情が、画面の向こうで起きている。


 自分がゲームシナリオを書く理由を、久しぶりに言葉ではなく見せられた気がした。



 夕方、SNSにゲーム画面が流れ始める。


『前に預けた剣、まだ返してもらってない』


『返さなくていい』


『持ったまま、生きて』


 ユーザーがスクリーンショットを投稿する。


『一・五周年から遊んできて良かった』

『あの剣がここへ繋がると思わなかった』

『澪が“生きて”と言えるようになったことに泣いた』

『書いた人、ありがとう』


 佐久間が、自分の担当場面への反応を見ていた。


『澪が助けを求めるまで、リラが勝手に手を出さなかったのが良い』

『握り返さず、指だけ触れるのがこの二人らしい』

『リラも澪も変わった』


 佐久間の目が赤い。


「泣いてるのか」


「目が疲れただけです」


「分かりやすい嘘つくな」


「先輩も、嬉しいなら顔に出してください」


「出てる」


「怖い顔です」


 ひなたは、佐久間の画面を見る。


「良かったな」


「はい」


「お前が書いた場面だ」


 佐久間は、今度は迷わなかった。


「はい。僕が書きました」


 その一言を言うために、佐久間は何年もひなたの隣で書いてきた。


 ひなたは、自分の成功より嬉しいと思った。


社内インタビュー用の撮影も行われた。


 広報担当が質問票を読む。


「二周年イベントで、一番気に入っている、ご自身が書いた台詞を教えてください」


 ひなたの手が止まる。


 候補から選び、直した台詞。

 佐久間の原稿へ一言だけ加えた台詞。

 最初から自分で書いた台詞。


「“自分が書いた”を、“制作で残した”に変えてもらえますか」


「個人インタビューなので、柏木さん自身の言葉が欲しいんです」


 悪意はない。


 読者も、責任者が何を考えたか知りたい。


「なら、“返事、いらない”です」


「PVの台詞ではないんですね」


「強い台詞から、最後に逃げるところまで含めて澪だからです」


「柏木さんが書いた?」


「最後に足しました」


 厳密には、場面全体を一人で書いたわけではない。


「それでも、自分が書いた台詞ですか」


 広報担当は、純粋に確認しただけだった。


 ひなたは少し考える。


「はい」


 初めて、迷いながらも言い切った。


「俺が書いて、チームが残した台詞です」


 どちらか一つではない。


 その答えを、今は自分のものとして持てた。



 夜。


 会議室へ軽食を並べ、簡単な打ち上げが開かれた。


 乙部が紙コップを掲げる。


「二周年、初動成功~!」


 全員が乾杯する。


 三角は、新システムが想定通り動いたことを何度も語る。

 白石は、すでに投稿されたファンアートを見せる。

 橋本は数字ではなく、広告と本編が違わなかったという感想を読んでいた。


「“PVで気になった台詞が、本編ではもっと良かった”って」


 橋本が言う。


「一番欲しかった反応です」


 神谷が全員の前に立つ。


「最終結果はこれからだ。ただ、現時点では過去最高の数字が出ている」


 拍手。


「今回の制作フローも、今後の標準として展開する」


 さらに大きな拍手が起きる。


 AI候補。

 評価。

 制作側の監修。


 成功した。


 だから、この進め方も正しいと証明された。


「中心になった柏木、何か言え」


 ひなたは、全員の顔を見る。


 書いた人。

 描いた人。

 実装した人。

 届けた人。

 ユーザーの言葉を拾った人。


「俺一人では、一行も完成させられませんでした」


 少し考え、続ける。


「誰かが触るたび、最初に考えたものとは違う形になった。それでも、今の形が一番良かったと思います」


 ひなたは頭を下げる。


「ありがとうございました」


 拍手が起きる。


 今度は、自分もその中へ入れた気がした。


打ち上げが終わっても、佐久間は席へ戻らなかった。


 会議室の隅で、ユーザーの感想を読み続けている。


「帰らないのか」


「もう少しだけ」


「明日も運用だぞ」


「分かってます」


 佐久間は、一つの投稿を見せた。


『この場面を書いた人に、ずっと書いてほしい』


 投稿者は、佐久間の名前を知らない。


 クレジットにも、個人名は出ていない。


「僕だって、言いたいです」


「言うなよ」


「分かってます」


「でも、覚えておけ」


 佐久間が顔を上げる。


「誰にも名前を知られなくても、その人はお前の文章を読んだ」


 佐久間は、もう一度投稿を見る。


「はい」


 短い返事だった。


 それでも、日報の作成者欄よりも、今の言葉の方が深く残ったように見えた。


 ひなた自身も、同じだった。


『書いた人、ありがとう』


 誰へ向けられたか分からない言葉。


 今日は、チーム全員と一緒に受け取ることができた。



 打ち上げの後、南雲の端末に通知が入った。


 CSからの報告。


『不具合ではありません。個別確認をお願いします』


「どうしました」


 南雲は、しばらく画面を見たまま答えなかった。


「澪についての意見です」


 二年前のサービス開始日から遊んでいるユーザー。

 澪の個別ストーリーをすべて読了している。


 投稿には、二周年を面白かったと書いてある。

 剣の台詞にも泣いたと書いてある。


 その上で、最後に一文。


『あの剣の意味を、澪本人に説明させないでほしかったです』


『あの時、言えなかったから好きでした』


 ひなたは、画面から目を離せなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ