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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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先行上映

 二周年イベントの先行PVが完成した。


 社内試写は、プロモーション用の小さなシアタールームで行われる。


 照明が落ちる。


 失われた記憶が、光の破片となって街へ降る。

 人々が、自分の名前を忘れて立ち止まる。

 澪たちは、過去に選ばなかった鍵片と向き合う。


 音楽が静かになる。


 崩れ始めた記憶領域。

 リラの身体から、言葉が抜けていく。


『私一人で済む』


 澪が腕を掴む。


「前に預けた剣、まだ返してもらってない」


 リラが剣を抱く。


「返さなくていい」


 画面が暗転する。


「持ったまま、生きて」


 タイトルロゴ。


 上映が終わる。


 照明が戻っても、数秒、誰も声を出さなかった。


「……良い」


 神谷が最初に言う。


 橋本が、ようやく息を吐いた。



「最後のイベント画面、もう少し長くできます?」


 三角が編集画面を指す。


「長くすると、台詞の余韻が落ちる」


 橋本が即答する。


「遊びを見せるPVでしょう」


「遊びたいと思わせるために、今回は感情を先に出す」


「前と逆のこと言ってません?」


「作品ごとに、入口は違います」


 以前なら、ひなたも橋本へ食ってかかった。


 今は、橋本が〇・五秒単位で台詞の間を守ろうとしていることが分かる。


「独白に入る前を、〇・五秒短くします」


 橋本が編集担当へ言う。


「戦闘の勢いが残りすぎると、決め台詞に見える。少しだけ呼吸を置く」


「〇・五秒で変わるんですか」


「変わります」


 文章の前後に置く間。


 ひなたが何度も守ろうとしてきたものを、橋本は映像の秒数で作っている。


「橋本さん」


「何ですか」


「成長しましたね」


 橋本が一度、ひなたを見る。


「遅いですよ。言うのが」


 少しだけ笑いが起きる。


試写後、橋本は編集室へ戻り、同じ十五秒を何度も再生した。


 澪が剣を見る。

 リラが抱える。

 暗転。

 台詞。


「まだ触るんですか」


 乙部が覗く。


「音楽の立ち上がりが早い」


「もう十分良いと思うけど~」


「十分で出したら、後で俺が後悔します」


 橋本は音楽を〇・三秒遅らせる。


 今度は、台詞の前へ小さな空白が生まれた。


「柏木さんが、間を守れってうるさかった意味、少し分かりました」


 ひなたは後ろから画面を見る。


「少しですか」


「全部分かったと言うと、次から責任を押し付けられるので」


「もう押し付けます」


「やめてください」


 軽口を交わしながら、橋本の指は止まらない。


 以前は、作品を短い言葉へ削ることが橋本の仕事だった。


 今は、削った中に何を残すかを考えている。


 人物の変化は、宣言ではなく、仕事の仕方へ出る。


 ひなたは、その変化を澪にも許そうと思った。



 受容性テスト。


 既存ユーザー。

 離脱ユーザー。

 作品未経験者。


 視聴後のプレイ意欲は、過去最高を記録した。


『何の剣か知りたい』

『昔から遊んでいる人には、もっと意味がある台詞だと思う』

『“返さなくていい”が優しい』

『持ったまま生きて、が刺さった』

『二周年で戻ろうと思った』


 橋本が数字を見たまま、しばらく何も言わなかった。


「喜ばないんですか」


 南雲が尋ねる。


「集計ミスがないか確認してます」


「三回確認しました」


「なら……良かった」


 橋本は椅子へ深く座った。


 一・五周年の企画勝負で、制作班は入口で負けた。


 今度は、澪の言葉がユーザーを連れてくる。


「柏木さん」


 美堂が評価資料を示す。


「過去場面を知らない層にも、十分届いています。固有性と理解度を両立できた」


 少しだけ、自信の混じった声だった。


 二周年のフローは、美堂が全社展開を進めている成功事例でもある。


「はい」


 ひなたは答えた。


 今だけは、違和感を探さなかった。


 数字が高い。

 周囲も喜んでいる。

 自分も、完成したPVを良いと思った。


 成功を成功として受け取る。


 それも、責任者の仕事だ。


テスト結果を受け、美堂は全社報告用の資料へ数字を追加した。


『AI候補と制作監修による、固有性・理解度の両立』


「もう成功事例にするんですか」


 ひなたが尋ねる。


「現時点で成功しているためです」


「リリース前です」


「制作工程の結果は出ています」


 美堂は淡々と答えたが、資料を閉じる手が少し速かった。


 二周年の制作フローは、美堂にとっても勝負だった。


 全社展開が決まれば、データ班の役割は大きくなる。

 逆に失敗すれば、制作現場へ余計な工程を増やした責任を問われる。


「期待値を上げすぎると、何かあった時に苦しくなりますよ」


「柏木さんに言われたくありません」


「どういう意味ですか」


「制作班案を出した時、誰よりも勝てると言っていたでしょう」


 美堂の口元が、ほんの少しだけ緩む。


 数字だけを扱う人ではない。

 自分の仕事が認められることを望んでいる。


「報告会、頑張ってください」


「柏木さんも登壇者です」


「聞いてません」


「今、伝えました」


 ひなたは嫌な顔をした。


 美堂は、今度ははっきり笑った。


 二周年が成功すれば、ひなたの仕事だけではなく、美堂の仕事も証明される。


 この時の二人は、同じ成功を望んでいた。



 翌日、声優を交えた本編の読み合わせが行われた。


 澪役の声優は、該当場面を一度読んだ後、台本へ書き込みをした。


「“持ったまま、生きて”は、強くしない方がいいですよね」


「はい」


 ひなたが答える。


「用意してきた決め台詞ではありません。剣を見て、出てしまった言葉です」


「最後の“返事、いらない”で、本人が逃げる」


「そうです」


 二度目の読み合わせ。


「前に預けた剣、まだ返してもらってない」


 リラが返す。


「……今、返す」


「返さなくていい」


 一拍。


「持ったまま、生きて」


「それ、命令?」


「違う」


「お願い?」


 短い呼吸。


「返事、いらない」


 澪がいた。


 文字だけを読んだ時の綺麗さに、声が小さな逃げ道を作る。


「今のでお願いします」


 収録ディレクターが頷く。


 白石の絵。

 橋本の間。

 声優の息。


 文章は、他の仕事を受け取ることで、さらにキャラクターへ近づいた。


本編の読み合わせが終わった後、白石が完成に近いイベントCGを見せた。


 澪は、リラの剣ではなく、その手元を見ている。

 リラは泣かず、剣の柄を強く握っている。


「澪の目、少しだけ赤くできますか」


 ひなたが尋ねる。


「泣いたように見えます」


「なら、やめます」


「寝不足くらいなら」


「それも、制作事情みたいだから駄目だ」


 白石が笑う。


「顔色は変えません。指だけ、少し力を入れます」


 澪の左手。

 何も持っていない手が、服の裾をわずかに掴む。


 台詞では逃げた。

 身体には、失いたくない気持ちが残る。


「これでどうですか」


「お願いします」


 文章で全部を背負わせない。


 絵にしかできない仕事へ任せる。


 任せた結果、台詞が弱くなるのではなく、さらに澪になる。


 ひなたは完成画面を見て、初めて、この場面を早くユーザーへ見てほしいと思えた。



 最終PVは、社内公開から一時間で過去最高の再生数を記録した。


 社内チャットには、


『鳥肌が立った』

『二周年が待ちきれない』

『澪推しじゃなくても気になる』

『剣の回収で泣いた』


 と流れ続ける。


 神谷が、ひなたの肩を叩く。


「入口で、勝ったな」


 ひなたは大きな画面に映る澪を見る。


「はい」


試写室を出ると、佐久間が廊下の壁へ背を預けた。


「緊張しました」


「お前の場面はPVに入ってないだろ」


「イベント全部が、自分の原稿みたいに感じるんです」


「責任者みたいなこと言うな」


「少しは分かるようになったんで」


 佐久間は、社内チャットに流れる感想を見た。


「先輩。あの台詞、使って良かったですね」


「ああ」


「素直ですね」


「成功した時まで疑ってたら、作った人間に失礼だ」


 白石も、橋本も、声優も、あの台詞を良くするために時間を使った。


 その仕事を受け取らず、自分の違和感だけを大切にすることは、キャラクターを守ることではない。


「公開日、楽しみですね」


 佐久間が言う。


「怖い」


「僕もです」


 二人は同じ画面を見る。


 今はまだ、ユーザーの手に渡る前の完成品。


 成功も、失敗も、ここから先で決まる。


 それでも、作り手だけが持てる短い時間の中で、

 ひなたは完成した二周年を好きだと思えた。


 今度は、迷わず答えた。


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