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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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一番正しい澪

 二周年イベント終盤。


 リラは世界の“最初の記憶”を復元するため、自分の中に刻まれたすべての言葉を解放しようとする。


 成功すれば、世界は救われる。

 代わりに、リラ自身を形作った記憶は消える。


 かつての澪なら、迷わず自分を犠牲にした。

 今の澪は、リラへ同じ選択をさせない。


 物語の核になる場面だった。


 データ班から、台詞候補が二十案提出される。


 ひなたと佐久間は、一案ずつ確認した。


『あなたが消えて救われる世界なんて、私はいらない』


「強すぎる。澪は世界を捨てると言い切らない」


『今度は、私があなたを守る』


「今まで何度も守ってる。二周年の答えになってない」


『生きることを、あなた自身で選んで』


「誰が言っても成立する」


 似た台詞が続く。


 分かりやすく、感情も強い。

 ただ、設定資料から作られた答えに見える。


 十四番。


『前に預けた剣、まだ返してもらってない』


 ひなたの目が止まる。


『あれは、あなたをここに繋ぎ止めるための口実だった』


『返さなくていい』


『持ったまま、生きて』


 会議室が静かになった。


 一・五周年で、澪はリラへ剣を預けた。


『それ、ないと私が困るから』


 リラを必要だとは言わず、自分が戻る理由を相手へ持たせた。


 今回の候補は、その場面を知っていなければ成立しない。


 誰が言っても同じ台詞ではない。


 澪とリラにしか使えない。


「……良いですね」


 佐久間が言う。


「ああ」


 ひなたも否定できない。


 過去の象徴を使い、二人の関係を一行で回収している。

 PVにも抜ける。

 長く遊んだユーザーほど意味が深くなる。


 だからこそ、引っかかる。


「澪が、“口実だった”と自分で説明するか?」


 佐久間は候補を読み返した。


「今なら、言えるかもしれません」


「剣を預けた時、言えなかったから澪だった」


「でも、ずっと言えないままなら成長しないでしょう」


 その通りでもある。


 キャラクターらしさを守ることが、変化を禁じることになってはいけない。


ひなたは、一・五周年の剣の場面をもう一度開いた。


 澪が自分の剣をリラへ預ける。


「持ってて」


「え?」


「それ、ないと私が困るから」


 当時のユーザー感想には、さまざまな解釈が並んでいた。


『リラに残ってほしいと言えないのが澪らしい』

『自分が戻る場所をリラへ預けたように見える』

『単に両手が必要だっただけかもしれない』

『理由が一つに決まらないところが好き』


 候補十四番は、そのすべてへ一つの答えを付ける。


 “あなたをここに繋ぎ止めるための口実だった”。


 筋は通っている。

 ひなた自身も、書いた時に近い感情を考えていた。


 ただ、作者が考えていたことと、キャラクターが自分で言えることは違う。


「先輩が書いた場面ですよね」


 佐久間が言う。


「ああ」


「本当は、どういうつもりで剣を預けたんですか」


「決めてない」


「嘘でしょう」


「一つには決めてない」


 リラを残したかった。

 自分が戻る理由が欲しかった。

 剣を持たせれば、その場から離れないと思った。

 どれも含まれている。


「ユーザーが読んだ後で、意味が増えた」


 ひなたは言った。


「今、澪に説明させたら、その増えた意味を減らすことになる」


「でも、二周年で一つを選ぶことも、物語じゃないですか」


 佐久間は簡単には引かない。


 過去の余白を守ること。

 今の物語を進めること。


 両方は、時に両立しない。



 制作会議で十四番を共有する。


 橋本は、最初の一行だけで反応した。


「強いです」


「どこが」


「一・五周年を知らない人には、何の剣か気になる。知っている人には、あの場面が戻る」


 白石もラフを描く。


 リラが、預かった剣を抱えている。

 澪は剣を見ず、リラだけを見る。


「絵にした時も、二人にしかならないです」


 三角は、最後の選択肢へ繋げる案を出す。


『剣を返す』

『剣を持って生きる』


「プレイヤーが、象徴の意味を選べる」


 南雲は過去ユーザーの感想を確認する。


「一・五周年で、“剣を預ける意味が好き”という声は多かったです。回収を待っている人もいます」


 使う理由が、次々に増える。


 ひなただけが、最初の場面を説明によって閉じてしまうことを恐れていた。


 あの時、澪は何を考えて剣を預けたのか。


 ユーザーは、自由に受け取れた。


 リラに残ってほしかった。

 自分が戻る理由が欲しかった。

 単に武器を持てない状況だった。


 澪本人が「口実だった」と言えば、過去の余白に正解が付く。


「評価へ出しましょう」


 美堂が言う。


「採用の判断は、その後です」



 評価は、これまでで最も高かった。


『過去の場面が全部つながった』

『澪らしい、不器用な引き止め方』

『“返さなくていい”で泣いた』

『二年間遊んだ時間が報われた』

『持ったまま生きて、という言葉が自分にも刺さった』


 新規ユーザーの理解度も低くない。


 意味がすべて分からなくても、二人の間に大事な剣があることは伝わる。


「使用しない場合、理由を記録してください」


 美堂が言う。


 ひなたは考える。


 澪が説明しすぎる。


 だが、過去からの成長として言える可能性もある。

 口調も、思想も、設定も外していない。


 ひなたの感覚だけで、止めるのか。


「短くします」


 候補を修正する。


『あれは、あなたをここに繋ぎ止めるための口実だった』


 この一行を削る。


 残すのは、


「前に預けた剣、まだ返してもらってない」


「返さなくていい」


「持ったまま、生きて」


 説明は減った。


 それでも、最後の一行は綺麗すぎる気がした。


「僕は、これなら言えると思います」


 佐久間が言う。


「昔の澪なら?」


「言わないです。でも、今の澪なら」


 ひなたは原稿を見る。


 過去の澪を守るのか。

 今の澪を認めるのか。


 どちらかだけを選ぶ問いではないはずだった。



 場面へ入れて読み合わせる。


 記憶領域が崩れ始める。


 リラの身体から、刻まれた言葉が光となって抜けていく。

 澪が腕を掴む。


「離して」


「嫌」


「世界が消える」


「分かってる」


「私一人で済む」


 その言葉は、かつて澪自身が何度も使った。


 澪は答えず、リラが持つ剣を見る。


「前に預けた剣、まだ返してもらってない」


「……今、返す」


「返さなくていい」


 澪が初めて、リラを見る。


「持ったまま、生きて」


 リラは剣を抱きしめる。


「それ、命令?」


「違う」


「お願い?」


 澪は一度、視線を外す。


「返事、いらない」


 お願いだとは認めない。


 それでも、今までより一歩だけ、自分の望みを言葉にした。


 白石がラフを直す。


「最後、正面を向かない方がいいです」


 佐久間も頷く。


「“返事、いらない”があるなら、澪らしい」


 橋本はPVで、


『返さなくていい』

『持ったまま、生きて』


 だけを使うと言った。


 強い部分を入口にし、本編では逃げる語尾まで見せる。


台詞単体ではなく、過去場面を知らない評価者にも一・五周年の映像を見せた。


 それでも、十四番の評価は高かった。


『以前の“困るから”が、今回の“生きて”へ変わるのが成長に見える』

『同じ剣が、引き止める道具から生きる理由に変わった』

『説明されたというより、ようやく認めたように感じる』


 一方で、一人だけ、


『以前の場面を自分なりに好きだったので、答えが決まる寂しさはある』


 と書いた。


 多数と少数。


 どちらも、ひなたの中にある感情だった。


「全員が納得する台詞はありません」


 美堂が言う。


「分かっています」


「なら、どちらの体験を優先するかです」


 美堂は数字を指した。


 以前なら、その言い方へ反発した。


 今は、制作側も同じことをしていると分かる。


 残す意味を選ぶ。

 選ばなかった意味を捨てる。


 それが物語を進めることでもある。


「余白を全部残したら、何も決めない話になる」


 如月が言った。


「でも、答えを決めすぎれば、キャラクターが作者の説明になる」


「はい」


「その間を、あなたが決めなさい」


 簡単な助言ではなかった。


 ただ、決める場所から逃げるなという言葉だった。



 承認会議。


 如月は賛否を言わず、ひなたへ確認した。


「残すの?」


「はい」


「違和感は?」


「あります」


「なら、記録しておきなさい」


 ひなたは承認理由へ入力する。


『過去場面の象徴を、現在の選択へ接続できる』

『澪が自分の望みを言葉へする成長として採用』

『過去の余白を限定する危険があるため、前後の演出で断定を避ける』


 自分の迷いまで、履歴へ残す。


 承認ボタンを押す。


 仕事が次へ進む。


 橋本はPV編集へ。

 白石は清書へ。

 三角は選択肢実装へ入る。


 良い場面になった。


 澪とリラにしか言えない台詞になった。


 それでもひなたは、

 あの剣の意味を、澪本人に答えさせてしまった感覚を拭えなかった。


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