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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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佐久間の文章

「次の場面、僕に任せてください」


 朝の打ち合わせで、佐久間が言った。


 二周年イベント中盤。

 リラが初めて、自分から澪を助けようとする場面。


 これまで澪は、何度もリラを守った。

 今度は、その関係を反転させる。


 ひなたが、自分で書くつもりだった場所だ。


「プロットまでは俺が作る」


「そこから任せてください」


「澪の感情線は難しい」


「分かっています」


「リラも、ここで急に強くしたら――」


「それも、ずっと隣で聞いてました」


 佐久間の返事が少し強くなる。


 如月が二人を見比べた。


「任せなさい」


「失敗したら?」


「佐久間くんが直す。できなければ、あなたが助ける」


 如月は佐久間へ向く。


「ただし、先輩の顔色を見て書かないこと」


「はい」


「柏木も、最初から自分の答えへ直さない」


「……分かりました」


 自分の手から、重要な場面が離れていく。



 佐久間はAIへ三つの構成候補を出させた。


 一案目。

 澪が敵に囚われ、リラが能力で救う。


 二案目。

 澪が記憶を失い、リラが思い出を語って戻す。


 三案目。

 リラが澪の代わりに傷を引き受ける。


「全部、違います」


「なら、なぜ出した」


「違う理由を見たかったので」


 佐久間は候補を閉じた。


「どれも、“リラが澪を助ける場面”を作ることが先になってる」


「お前は?」


「澪に、助けを求めさせます」


「澪は簡単に頼らない」


「だから、頼むまでを書きます」


 それ以上、佐久間は説明しなかった。


担当を任された日の午後、佐久間はほとんど喋らなくなった。


 いつもなら候補を読みながら、良い悪いを口に出す。

 今日はノートへ何かを書き続け、原稿画面を開いては閉じている。


「進んでるか」


「進んでます」


「何文字」


「八百です」


「遅いな」


「分かってます」


 返事が硬い。


 ひなたは画面を覗こうとして、やめた。


 任せると決めた。

 途中から自分が書けば、結局ひなたの場面になる。


 夕方、如月が給湯室へ呼んだ。


「見に行かないの?」


「任せろと言ったのは先輩でしょう」


「締め切りまで放置しろとは言ってない」


「どっちなんですか」


「両方」


「便利ですね」


「便利じゃないから、あなたにやらせてるの」


 如月は紙コップへコーヒーを注ぐ。


「任せるって、失敗する余地を残しながら、致命傷になる前に声を掛けることよ」


「一番面倒なやつじゃないですか」


「そうね」


 ひなたは佐久間の席へ戻る。


「困ってるところは」


「ありません」


「なら、構成を説明しろ。進捗確認だ」


 佐久間は不満そうにノートを開く。


 澪が助けを求めるまでを長くすると、リラの活躍が遅い。

 早く頼らせると、澪の変化が軽い。

 リラが勝手に助ければ、成長前と同じになる。


「三つとも正しいです」


「一場面だけで全部解決しようとするな」


「答えを言わない約束では?」


「方向を変えろと言っただけだ」


 佐久間は少し考え、戦闘前の欄へ新しい場面を書き込んだ。


 澪が一人で記憶領域へ入ろうとする。

 リラが止めない。

 ただ、「戻ってくる?」と尋ねる。


 戦闘の前から、澪が一人で抱え込む癖を置く。


「これなら」


 佐久間が呟く。


「俺に聞くな」


「聞いてません」


 少しだけ、いつもの佐久間へ戻った。


 ひなたは席を離れる。


 答えを与えなかったつもりでも、考える方向は渡した。


 どこまでが指導で、どこからが共同執筆なのか。

 その境界もまた、履歴だけでは分からなかった。



 翌日、初稿が上がる。


 記憶領域の中で、澪は過去の自分と戦っている。


 仲間を守れなかった自分。

 誰にも頼らず、正しい選択をしたと思い込もうとする自分。


 リラが助けようとする。


「来ないで」


 澪が拒む。


「これは、私の記憶だから」


 リラは武器を下ろす。


「分かった」


 澪は一人で戦う。

 勝てない。


 だが、リラは勝手に手を出さない。


「本当に、一人でやりたい?」


「……そう言ったでしょう」


「一人でやれるかじゃない」


 リラは、以前澪から向けられた問いを返す。


「あなたが、どうしたいかを聞いてる」


 敵が迫る。

 澪の剣が床へ落ちる。


「……リラ」


「うん」


「手、貸して」


 リラは、その言葉を待っていた。


 二人で敵へ向かう。


 助けるのはリラだ。

 だが、変化したのは澪でもある。


「どうですか」


 佐久間が尋ねる。


「澪の“手、貸して”が早い」


 ひなたは答えた。


「もう一度、一人で立とうとさせろ。剣を拾って、失敗してからだ」


「はい」


「リラの台詞も、一つ説明が多い」


「はい」


 ひなたは、さらに目線や歩数の修正を書こうとする。


「先輩」


 佐久間の手が止まった。


「どこまで直すんですか」


「良くなるまでだ」


「先輩の原稿になるまでじゃなくて?」


 ひなたは顔を上げる。


「修正が必要なのは分かります。でも、目線も、間も、最後の反応も全部、先輩の答えにしたら」


 佐久間の声が震える。


「僕は、いつまで経っても“つなぎを書く人”のままです」


「作品を練習台にするな」


「先輩だって、この作品で失敗しながら書いてきたでしょう」


 言い返せなかった。


 自分も最初から、澪を正しく書けたわけではない。


「大きな修正だけ残す」


 ひなたはコメントを消す。


「細部は、お前が決めろ」



 完成稿では、戦闘後の会話はほとんどなかった。


 澪が落とした剣を拾う。

 リラへ渡しかけ、途中で止める。


「もう、持てる?」


 リラは、剣ではなく澪の手を取る。


「今は、こっち」


 澪は驚く。


 そして、握り返す。


 ひなたなら、書かなかった。


 澪が素直すぎる。

 そう思いながらも、修正せず評価へ出した。


 結果は、条件付き承認。


 関係性の変化は高評価。

 一方、長期ユーザー想定の二名が、


『澪が握り返すのは、少し早い』

『良い場面だが、急に恋愛的に見える』


 と指摘した。


「直しますか」


 南雲が尋ねる。


 ひなたは、佐久間を見る。


 ここで自分の答えを言えば、また同じになる。


「お前が決めろ」


 佐久間は、原稿を持ち帰った。



 翌朝。


 佐久間が出した修正稿では、澪は手を握り返さなかった。


 ただ、振りほどきもしない。


 リラが不安になり、少し力を緩める。


 その時だけ、澪の指が一度、リラの手の甲へ触れる。


 握るのではない。

 そこにいると返事をするだけ。


「握り返すのを、消したのか」


「はい」


「評価に言われたから?」


「違います」


 佐久間は言った。


「僕は、二人の距離が縮まったことを見せたかった。でも、握り返さなくても伝わる方法が見つかったからです」


修正前の評価を見た佐久間は、すぐに原稿を直さなかった。


「迷ってるのか」


 ひなたが尋ねる。


「握り返す方が、場面としては好きです」


「なら残せ」


「でも、澪が今それをする理由を、僕は“成長したから”としか説明できない」


 佐久間は変更履歴を開く。


「先輩に言われたから変えるのは嫌です。評価が低いから変えるのも嫌です」


「面倒だな」


「先輩に言われたくありません」


 佐久間は、過去の澪の場面を読み直した。


 誰かに手を差し出された時、澪は握らない。

 代わりに、袖の端を掴む。

 肩を借りず、歩く速度だけ合わせる。


 触れたくないのではない。

 自分から相手へ重さを預けることができない。


「握らないまま、返事をさせます」


 佐久間は言った。


「どうやって」


「今、考えます」


 その夜、佐久間は自分で答えを出した。


 指が一度触れる。


 ひなたの案ではない。

 評価シートの案でもない。


 佐久間が澪を読み直し、選んだ答えだった。


 再提出。


 総合判定――承認。


『澪が手を引かなかったことに、今までの変化を感じた』

『触れるだけなのが、この二人らしい』


 佐久間は評価を読み終え、原稿ファイルの作成者欄を見た。


『佐久間真白』


「先輩」


「何だ」


「この場面、僕が書いたって言っていいんですよね?」


 構成の起点は佐久間。

 ひなたも修正した。

 評価を受け、最後の答えを選んだのは佐久間だ。


「お前が書いた」


 ひなたは答えた。


「胸を張れ」


 佐久間が笑う。


 自分の場所を渡したのではない。


 新しい書き手の場所が、隣に生まれた。


 そう思えるまでには、まだ少し時間が必要だった。


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