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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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修正

 改善検討会議には、制作班だけでなく、運営、ローカライズ、収録担当も参加した。


 乙部が最初に、今後のスケジュールを映す。


「二周年イベントは、三週間後に常設アーカイブ版へ移行します」


 現在は期間限定イベントとして公開中。

 アーカイブ版では、演出やボイスを最終マスターとして固定する。


「海外版の収録台本も、十二日後にロックです」


 今直さなければ、現在の国内版と、今後残り続ける常設版・海外版で表現が分かれる。


 後から直せば、費用はさらに大きくなる。


「修正するなら、今が最後の現実的なタイミングです」


 事業上の理由ができた。


 だからといって、修正するべきとは限らない。



 三角は反対した。


「選択肢までのテンポが落ちます。今は一番気持ちいいところです」


 橋本も反対する。


「今の台詞を好きなユーザーがいる。制作側が“本当の澪は違う”と上書きすることになる」


 美堂は数字を出す。


「該当場面は、イベント内で最も評価が高い。常設版へそのまま残す合理性があります」


 如月も、修正案へ反対票を入れた。


「私は変えない」


 ひなたが顔を上げる。


「キャラクターより工数を優先するんですか」


「そういう言い方をしない」


 如月の声が冷える。


「次のイベントを作る人間を守ることも、作品を守ることよ」


 白石の作業。

 声優の再収録。

 三角の実装。

 翻訳。

 テスト。


「あなたの違和感を軽く見てるんじゃない。でも、公開前に止められなかった責任を、全員の追加作業で埋めることには反対」


 ひなたを守ってくれると思っていた人が、最も明確に反対した。


 胸が痛む。


 同時に、如月が上司としてチームを見ていることも分かる。



 橋本が、SNSの反応を映す。


『二周年の澪が一番好き』

『昔の澪も好きだけど、今の成長を否定しないで』

『あの台詞を変えないでほしい』


「作品を守るために、今の澪を好きなユーザーを否定するんですか」


「否定しません。台詞は残す」


「でも、足りなかったと制作側が認める修正でしょう」


「足りなかったのは、澪じゃない。俺たちの見せ方です」


「ユーザーには、その違いは伝わりません」


 正しい。


 ひなたは、何度も修正案を読む。


 今の台詞は残す。

 その前に、言えない時間を戻す。


 澪が剣を押し付ける。


「これを持って、逃げて」


「澪は?」


「後から行く」


「嘘」


 リラが剣を押し返す。


「言って」


「何を」


「私に、どうしてほしいか」


 澪は答えられない。


 リラの手首から、言葉が一つ消える。


 そこで初めて、


「前に預けた剣、まだ返してもらってない」


 と口にする。


 昔の癖が消えていない。

 それでも、今度は言葉を選ぶ。



 神谷は結論をひなたへ預けた。


「常設版と海外版のマスターを分ける選択もある」


「国内の今のユーザーと、海外のユーザーで違う澪になる」


「そうだ。統一するなら、現行版もパッチする」


「費用は?」


「予算内には収まる。ただ、別の作業を後ろへ送る」


 誰かの時間を使う。


「多数決では駄目ですか」


「多数決でキャラクターを書くのか」


「俺一人が間違ったら?」


「間違う責任を持つのが、お前の仕事だ」


 神谷は答えを教えない。


「明日の朝までに決めろ」


再収録が必要な場合、澪役の声優が確保できるのは来週火曜の一時間だけだった。


 収録担当が言う。


「逃すと、海外版のマスターに間に合いません」


「一時間で足りますか」


「追加台詞だけなら。ただ、前の収録と声の温度を揃える必要があります」


 収録日が違えば、息の量や声の高さがわずかに変わる。


 ユーザーは理由を知らない。

 ただ、何となく違うと感じる。


「独白全体を録り直す可能性もあります」


 乙部が工数表へ追記する。


 一拍を足すために、

 文章だけではなく、声、絵、動き、翻訳、テストが動く。


 三角が尋ねた。


「そこまでして入れる一拍ですか」


 責めてはいない。


 仕様担当として、必要性を確認している。


 ひなたはすぐには答えず、修正稿を再生した。


 澪が剣を押し付ける。

 リラが返す。

 言葉に詰まる。


 その失敗がなければ、最後の台詞は作者の答えに見える。


「はい」


 ひなたは言った。


「俺は、必要だと思っています」


 断定ではない。


 判断する人間として、今の考えを置いた。


会議後、如月がひなたを廊下で呼び止めた。


「怒ってる?」


「先輩が反対したことに?」


「ええ」


「少し」


 正直に答える。


「味方だと思ってました」


「味方よ」


「反対票を入れても?」


「味方だから、チームへ掛かる負担を言うの」


 如月は壁へ寄り掛かる。


「あなたが正しいと思う時に賛成する人だけを、味方と呼ばないこと」


「分かっています」


「分かってない顔」


 最近、何人にも言われる。


「私は、変えない方が良いと思ってる。今も」


「では、決定後も反対しますか」


「決定前は反対する。決まった後は、成功させる」


「納得してなくても?」


「仕事だから」


 冷たい言葉ではない。


 同じ作品を作るために、同じ意見である必要はない。


「私を説得しようとしなくていい」


 如月が言う。


「反対されたまま、決められるか考えなさい」


 誰もが納得する答えを探していたひなたにとって、

 それは修正の内容以上に難しいことだった。



 夜。


 佐久間だけが残っていた。


「決めました?」


「ああ」


「修正する?」


「する」


 佐久間は目を閉じた。


「工数を考えたら、僕は反対です」


「分かってる」


「原稿は、修正稿の方が好きです」


「それも分かってる」


「好きだから変える、でいいんですか」


「良くないかもしれない」


「じゃあ、なぜ」


「常設版に、俺が残したい澪はこっちだからだ」


 感覚的な答え。


 だが最後には、それしか残らなかった。


「僕も手伝います」


「反対なのに?」


「僕が書いた澪でもあるので」


ひなたは、決定前に各部署の担当者へ直接確認した。


 白石は、休暇をずらさず対応できる代案を出した。

 未採用ラフを使い、新規作画を最小限にする。


 三角は、剣を押し返す動きを新規で作らず、既存モーションの組み合わせで成立させる案を出す。


 収録担当は、旧音声との違いが大きければ、差し替えではなく場面全体を別ファイルにする。


 誰も、負担がなくなるとは言わない。


 ただ、ひなたが決める前に、負担を具体的な作業へ変えてくれた。


「反対でも、案は出すんですね」


 三角に言う。


「決まった後に、無理でしたって言う方が嫌なんで」


「まだ決めてない」


「だから、決める材料を出してるんす」


 ひなたは、工数表をもう一度確認した。


 感情だけで押し切るのではない。


 自分が頼む作業を知った上で、それでも必要だと言えるか。


 数字と時間を見た後にも、答えは変わらなかった。



 最終会議。


「修正します」


 ひなたは結論を言った。


「常設版と海外版だけではなく、国内の現行版も同じタイミングで更新します」


 橋本が顔を上げる。


「変更前を好きな人には?」


「前が間違いだったとは言いません。告知でも、そう書かない」


 美堂が尋ねる。


「理解度とテンポは下がる可能性があります」


「承知しています」


 如月は、最後まで賛成しなかった。


「私は反対票を残すわ」


「はい」


「でも、決まったら仕事はする」


「ありがとうございます」


 ひなたは全員を見る。


「責任者は俺です」


「数字が落ちても、工数が増えても、俺の判断だと記録してください」


橋本が、最後に条件を出した。


「修正後の反応が良かった時、“自分が正しかった”で終わらせないでください」


 ひなたは橋本を見る。


「反応が悪かった時も、“ユーザーには分からなかった”で終わらせない」


「では、どうすれば」


「変更前を好きだった人も、変更後を好きな人も、両方作品のファンです」


 橋本は告知案を閉じる。


「どちらかを、作品を理解していない側にしないでください」


「分かりました」


「俺も、制作側のこだわりを“売れない理由”だけで切らないようにします」


 全員が納得したわけではない。


 それでも、決まった後に、自分の役割を果たす。


 チームで作ることは、同じ意見になることではなかった。


 神谷が承認する。


 乙部が進行表を開く。

 三角が仕様差分を確認する。

 白石が未採用ラフを取り出す。


 責任を取るという言葉は、格好いい覚悟ではない。


 反対した人へ仕事を頼み、

 ユーザーの好きなものへ手を入れ、

 自分の名前で間違うことだった。


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