修正
改善検討会議には、制作班だけでなく、運営、ローカライズ、収録担当も参加した。
乙部が最初に、今後のスケジュールを映す。
「二周年イベントは、三週間後に常設アーカイブ版へ移行します」
現在は期間限定イベントとして公開中。
アーカイブ版では、演出やボイスを最終マスターとして固定する。
「海外版の収録台本も、十二日後にロックです」
今直さなければ、現在の国内版と、今後残り続ける常設版・海外版で表現が分かれる。
後から直せば、費用はさらに大きくなる。
「修正するなら、今が最後の現実的なタイミングです」
事業上の理由ができた。
だからといって、修正するべきとは限らない。
◆
三角は反対した。
「選択肢までのテンポが落ちます。今は一番気持ちいいところです」
橋本も反対する。
「今の台詞を好きなユーザーがいる。制作側が“本当の澪は違う”と上書きすることになる」
美堂は数字を出す。
「該当場面は、イベント内で最も評価が高い。常設版へそのまま残す合理性があります」
如月も、修正案へ反対票を入れた。
「私は変えない」
ひなたが顔を上げる。
「キャラクターより工数を優先するんですか」
「そういう言い方をしない」
如月の声が冷える。
「次のイベントを作る人間を守ることも、作品を守ることよ」
白石の作業。
声優の再収録。
三角の実装。
翻訳。
テスト。
「あなたの違和感を軽く見てるんじゃない。でも、公開前に止められなかった責任を、全員の追加作業で埋めることには反対」
ひなたを守ってくれると思っていた人が、最も明確に反対した。
胸が痛む。
同時に、如月が上司としてチームを見ていることも分かる。
◆
橋本が、SNSの反応を映す。
『二周年の澪が一番好き』
『昔の澪も好きだけど、今の成長を否定しないで』
『あの台詞を変えないでほしい』
「作品を守るために、今の澪を好きなユーザーを否定するんですか」
「否定しません。台詞は残す」
「でも、足りなかったと制作側が認める修正でしょう」
「足りなかったのは、澪じゃない。俺たちの見せ方です」
「ユーザーには、その違いは伝わりません」
正しい。
ひなたは、何度も修正案を読む。
今の台詞は残す。
その前に、言えない時間を戻す。
澪が剣を押し付ける。
「これを持って、逃げて」
「澪は?」
「後から行く」
「嘘」
リラが剣を押し返す。
「言って」
「何を」
「私に、どうしてほしいか」
澪は答えられない。
リラの手首から、言葉が一つ消える。
そこで初めて、
「前に預けた剣、まだ返してもらってない」
と口にする。
昔の癖が消えていない。
それでも、今度は言葉を選ぶ。
◆
神谷は結論をひなたへ預けた。
「常設版と海外版のマスターを分ける選択もある」
「国内の今のユーザーと、海外のユーザーで違う澪になる」
「そうだ。統一するなら、現行版もパッチする」
「費用は?」
「予算内には収まる。ただ、別の作業を後ろへ送る」
誰かの時間を使う。
「多数決では駄目ですか」
「多数決でキャラクターを書くのか」
「俺一人が間違ったら?」
「間違う責任を持つのが、お前の仕事だ」
神谷は答えを教えない。
「明日の朝までに決めろ」
再収録が必要な場合、澪役の声優が確保できるのは来週火曜の一時間だけだった。
収録担当が言う。
「逃すと、海外版のマスターに間に合いません」
「一時間で足りますか」
「追加台詞だけなら。ただ、前の収録と声の温度を揃える必要があります」
収録日が違えば、息の量や声の高さがわずかに変わる。
ユーザーは理由を知らない。
ただ、何となく違うと感じる。
「独白全体を録り直す可能性もあります」
乙部が工数表へ追記する。
一拍を足すために、
文章だけではなく、声、絵、動き、翻訳、テストが動く。
三角が尋ねた。
「そこまでして入れる一拍ですか」
責めてはいない。
仕様担当として、必要性を確認している。
ひなたはすぐには答えず、修正稿を再生した。
澪が剣を押し付ける。
リラが返す。
言葉に詰まる。
その失敗がなければ、最後の台詞は作者の答えに見える。
「はい」
ひなたは言った。
「俺は、必要だと思っています」
断定ではない。
判断する人間として、今の考えを置いた。
会議後、如月がひなたを廊下で呼び止めた。
「怒ってる?」
「先輩が反対したことに?」
「ええ」
「少し」
正直に答える。
「味方だと思ってました」
「味方よ」
「反対票を入れても?」
「味方だから、チームへ掛かる負担を言うの」
如月は壁へ寄り掛かる。
「あなたが正しいと思う時に賛成する人だけを、味方と呼ばないこと」
「分かっています」
「分かってない顔」
最近、何人にも言われる。
「私は、変えない方が良いと思ってる。今も」
「では、決定後も反対しますか」
「決定前は反対する。決まった後は、成功させる」
「納得してなくても?」
「仕事だから」
冷たい言葉ではない。
同じ作品を作るために、同じ意見である必要はない。
「私を説得しようとしなくていい」
如月が言う。
「反対されたまま、決められるか考えなさい」
誰もが納得する答えを探していたひなたにとって、
それは修正の内容以上に難しいことだった。
◆
夜。
佐久間だけが残っていた。
「決めました?」
「ああ」
「修正する?」
「する」
佐久間は目を閉じた。
「工数を考えたら、僕は反対です」
「分かってる」
「原稿は、修正稿の方が好きです」
「それも分かってる」
「好きだから変える、でいいんですか」
「良くないかもしれない」
「じゃあ、なぜ」
「常設版に、俺が残したい澪はこっちだからだ」
感覚的な答え。
だが最後には、それしか残らなかった。
「僕も手伝います」
「反対なのに?」
「僕が書いた澪でもあるので」
ひなたは、決定前に各部署の担当者へ直接確認した。
白石は、休暇をずらさず対応できる代案を出した。
未採用ラフを使い、新規作画を最小限にする。
三角は、剣を押し返す動きを新規で作らず、既存モーションの組み合わせで成立させる案を出す。
収録担当は、旧音声との違いが大きければ、差し替えではなく場面全体を別ファイルにする。
誰も、負担がなくなるとは言わない。
ただ、ひなたが決める前に、負担を具体的な作業へ変えてくれた。
「反対でも、案は出すんですね」
三角に言う。
「決まった後に、無理でしたって言う方が嫌なんで」
「まだ決めてない」
「だから、決める材料を出してるんす」
ひなたは、工数表をもう一度確認した。
感情だけで押し切るのではない。
自分が頼む作業を知った上で、それでも必要だと言えるか。
数字と時間を見た後にも、答えは変わらなかった。
◆
最終会議。
「修正します」
ひなたは結論を言った。
「常設版と海外版だけではなく、国内の現行版も同じタイミングで更新します」
橋本が顔を上げる。
「変更前を好きな人には?」
「前が間違いだったとは言いません。告知でも、そう書かない」
美堂が尋ねる。
「理解度とテンポは下がる可能性があります」
「承知しています」
如月は、最後まで賛成しなかった。
「私は反対票を残すわ」
「はい」
「でも、決まったら仕事はする」
「ありがとうございます」
ひなたは全員を見る。
「責任者は俺です」
「数字が落ちても、工数が増えても、俺の判断だと記録してください」
橋本が、最後に条件を出した。
「修正後の反応が良かった時、“自分が正しかった”で終わらせないでください」
ひなたは橋本を見る。
「反応が悪かった時も、“ユーザーには分からなかった”で終わらせない」
「では、どうすれば」
「変更前を好きだった人も、変更後を好きな人も、両方作品のファンです」
橋本は告知案を閉じる。
「どちらかを、作品を理解していない側にしないでください」
「分かりました」
「俺も、制作側のこだわりを“売れない理由”だけで切らないようにします」
全員が納得したわけではない。
それでも、決まった後に、自分の役割を果たす。
チームで作ることは、同じ意見になることではなかった。
神谷が承認する。
乙部が進行表を開く。
三角が仕様差分を確認する。
白石が未採用ラフを取り出す。
責任を取るという言葉は、格好いい覚悟ではない。
反対した人へ仕事を頼み、
ユーザーの好きなものへ手を入れ、
自分の名前で間違うことだった。




