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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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通った企画

 一・五周年イベントの制作は、予定していた遅れを取り戻した。


 冒頭で何度も止まった時間が嘘のように、その後の工程は速かった。


 AI候補を出す。

 制作班が選ぶ。

 ひなたが感情線を整え、データ班へ提出する。

 評価を受け、修正する。


 最初は一つひとつの工程へ違和感があった。


 今は、誰も説明しなくても動く。


 南雲が提出物をまとめる。

 美堂が評価を返す。

 佐久間が候補と履歴を整理する。

 ひなたが、何を残すか決める。


 共有フォルダの中で、ファイルが迷いなく移動する。


『制作中』

『評価待ち』

『フィードバック』

『承認済み』


 赤い『再提出』だけが、以前より減っていた。



「次は、二周年です」


 神谷が会議室で言った。


 一・五周年のリリースを待たず、次の大型企画が始まる。


「規模は今回の一・五倍。新規獲得だけではなく、作品の今後二年を示すイベントにする」


 画面に、企画スケジュールが映る。


 以前なら、それを見ただけで息が詰まった。

 今は、どの工程で候補を出し、どこで評価を掛けるかが先に見える。


「一・五周年で試した制作フローを、二周年でも正式採用する」


 誰も驚かない。


 結果が出ている。

 制作速度は上がり、差し戻しは減り、各部署の残業も抑えられた。


「柏木」


「はい」


「シナリオ側のリーダーを任せたい」


 ひなたは一瞬、返事が遅れた。


 望んでいた役割だった。


 自分の判断で、作品全体の感情線を守る。

 若手を育て、キャラクターを継続して書ける体制を作る。


 AI導入の前から、いつか任されたいと思っていた。


「評価したのは、候補の選定精度と、キャラクター整合性の担保です」


 美堂が補足する。


「柏木さんの判断を通した原稿は、修正後の評価上昇が大きい。データ班との連携も安定している」


 書いた文章ではない。

 選び、直し、通した実績が評価されている。


 それでも、実績であることに変わりはない。


「やります」


 ひなたは答えた。


 会議室の空気が少し緩む。

 佐久間が、小さく拍手をした。

 三角と南雲も続く。


 如月だけは、ひなたの顔を見ていた。


「おめでとう」


「ありがとうございます」


「嬉しそうに見えないけど」


「嬉しいです」


「なら、ちゃんと喜びなさい。面倒くさい男ね」


 如月は笑った。


 その言葉に、ひなたも少しだけ笑うことができた。


 会議の後、如月がひなたを呼び止めた。


「本当に引き受けて良かったの?」


「推薦したの、先輩でしょう」


「推薦したから聞いてるの」


 廊下の端で、如月は足を止める。


「今のひなた、評価されるほど苦しそうに見える」


「評価されなかったら、それはそれで怒ると思います」


「でしょうね。面倒くさいもの」


「また言いますか」


「何度でも言うわよ」


 如月は少し笑い、それから真顔へ戻った。


「リーダーになると、自分で書く時間は減る。AIがなくても、前からそう」


「分かってます」


「人の原稿を読んで、直して、決める。会議と説明が増えて、気づけば一日、一行も書いてない」


 如月自身のことだった。


 ディレクターとして現場を守りながら、自分で手を動かす時間を失っていった人間。


「先輩は、それで平気なんですか」


「平気じゃない」


 すぐに答える。


「今でも、自分で書いた方が早いと思う時はある。書きたい場面もある」


「でも、書かない」


「私が全部書いたら、チームが育たない。私が倒れたら、作品も止まる」


 如月はひなたを見る。


「自分だけが書ける状態を、才能だと思わないこと」


 痛い言葉だった。


「でも、自分が書かなくてもいいと思い込むのも違う」


「どっちなんですか」


「両方よ」


 如月は肩をすくめる。


「リーダーになったら、書く時間は待ってても来ない。自分で守りなさい」


「仕事を回しながら?」


「そう。社会人のクリエイターって、そういう面倒な生き物でしょう」


 答えになっているようで、なっていない。


 ただ、如月も同じ場所を通ったことだけは分かった。


「おめでとう、ひなた」


 今度は、上司ではなく先輩の声だった。


「選ばれたことまで、AIに奪われたみたいな顔をしないの。あなたが積み上げた結果よ」


「……ありがとうございます」


 今度は、少しだけ素直に受け取れた。



 二周年の最初の企画作りが始まる。


 テーマは、これまで失われた記憶が、世界全体の歴史へ繋がる大規模イベント。


 ひなたは制作班を集め、最初に条件を整理した。


「新規ユーザーにも、今何が起きているか分かる入口が必要です」


 南雲が言う。


「既存ユーザーには、過去の選択が報われる体験」


 橋本が続ける。


「PVの一枚目で、世界が変わることを見せたいっす」


 三角が仕様を出す。


「既存キャラ全員を出すなら、画面の情報量を整理しないと破綻します」


 白石がラフの懸念を置く。


 以前と同じ会議。

 違うのは、ひなたの画面に候補生成用の条件欄が開かれていることだ。


 ひなたは議論を聞きながら入力する。


 ユーザーへ与えたい感情。

 禁止する展開。

 守るべきキャラクターの関係。

 ゲーム体験との接続。

 過去のどの記憶を回収するか。


「先輩、最初から出すんですね」


 佐久間が小声で言う。


「比較材料は早い方がいい」


「前は、まず僕たちで書くって」


「前と状況が違う。規模も時間も」


 正しい判断だった。


 ゼロから一案を作り、それが違ってから別案を考えるより、最初に複数の方向を並べる。

 制作班は、その中から作品に合うものを選び、自分たちの企画へ変える。


 効率が良い。

 視野も広がる。


 ひなたは生成ボタンを押した。


 もう、指は止まらなかった。



 出された案の中から、一つの構造を選ぶ。


 世界から失われた“最初の記憶”を、全ユーザーの選択で復元する。


 個人の記憶を扱ってきた作品が、世界の記憶へ広がる。

 ゲーム内の選択総数が、イベントの展開に反映される。

 既存キャラクターは、それぞれが守ってきた記憶を持ち寄る。


 企画の核として強い。


 ひなたたちは半日で骨子を整えた。


 翌日、データ班の初回評価へ提出する。


 総合判定――承認。


 初回で通った。


「すごい……」


 南雲が画面を見る。


「一・五周年の冒頭、何回出しましたっけ」


「数えるな」


 佐久間が笑う。


「今回は一日ですよ」


 三角も、すぐに仕様検討へ入る。

 白石はキービジュアルの構図を描き始めた。

 橋本は、企画の一文を探している。


 仕事が進む。


 誰も止まらない。

 誰も傷ついていない。


 ひなたも、嬉しかった。


 自分たちが作った企画が通った。

 チームが、迷わず次へ進める。

 リーダーとして、最初の仕事を成功させた。


 成功した。


 企画が初回で通った後、制作班は短い振り返りを行った。


「まず、速かった」


 乙部がホワイトボードに大きく書く。


「それ、感想ですか」


 三角が言う。


「進行には一番大事な感想だよ~。一日で骨子が通ると、後ろに三日ずつ余裕ができるんだから」


 南雲が続ける。


「評価項目を最初から共有できたので、提出資料の作り直しもありませんでした」


 白石は、候補を早く見られたことでラフの幅が増えたと言う。


「採用案だけでなく、別案の画も見えたので、最初から比較できました」


 橋本は一枚目の訴求が明確だったことを評価する。


 全員が、具体的な成果を挙げていく。


 ひなたはリーダーとして、それを議事録へまとめる。


「改善点は?」


 尋ねると、佐久間が手を上げた。


「候補が多すぎます」


「お前が百二十案出せって言ったんじゃないだろ」


「でも、整理するの僕です」


 会議室が笑う。


「あと」


 佐久間は少し真面目な声になる。


「最初から候補を見たせいで、僕ら自身の案がほとんど出てないです」


 空気が少し止まった。


「効率は良かったです。でも、候補の外に何があったかは、誰も分からない」


 ひなたが感じていたことを、佐久間が言葉にする。


 三角は腕を組む。


「でも、自分たちで先に考える時間を取ったら、一日では通ってないっすよ」


「そうです。だから、どっちがいいって話じゃなくて」


 佐久間はひなたを見る。


「次も同じやり方にするか、先輩が決めるんですよね」


 リーダーとしての最初の判断。


「次の章は、制作側で三案出してからAI候補を見る」


 ひなたは言った。


「時間は半日。そこで出なかった方向を、候補で補う」


 乙部が進行表を確認する。


「半日なら吸収できるよ~」


 美堂も頷いた。


「比較データとしても有用です。人間案とAI案の差分を確認できます」


 自分たちで考える時間を残す。


 AIを拒絶するのではない。

 最初から答えの中へ閉じ込められないための工程を作る。


「それで行きましょう」


 如月が決める。


 ひなたは議事録へ追記した。


 自分が書く時間を、仕組みとして守る。


 それも、リーダーの仕事なのかもしれない。


 ただし、その半日で良い案を出せなければ、AI候補へ進む。


 猶予を得ただけで、答えはまだ出ていなかった。



 振り返りの最後に、神谷が一・五周年制作の途中経過を共有した。


 シナリオ工程の遅延日数。

 差し戻し回数。

 他部署の待機時間。

 深夜作業の発生件数。


 どれも、AI候補の運用が始まってから改善している。


「まだリリース結果は出ていない。だから、面白さの成功を断定する段階ではない」


 神谷は慎重に言う。


「ただ、制作環境が改善したことは事実だ。これまで個人の無理で吸収していた時間を、工程として減らせた」


 以前の徹夜を思い出す。


 ひなたと佐久間が二人で書き上げ、翌朝、ひどい顔で原稿を渡した日。


 あの時間には、確かな熱があった。

 全員が原稿を読み、企画へ変え、勝負できる形まで持っていった。


 誇らしい記憶だ。


 同時に、あれを毎回繰り返せば、誰かが壊れる。


「熱量をなくすための改善ではない」


 神谷が、まるでひなたの考えを読んだように言う。


「本当に人間が考えるべき場所へ、熱量を使うためだ」


 理想的な説明だった。


 ひなたも、そうなってほしいと思う。


 だが、人間が考えるべき場所を決めるのは誰なのか。


 効率化できる場所が増えるたび、その範囲は狭くなっていくのではないか。


 神谷は全員へ視線を向ける。


「二周年では、速さだけでなく、前より強いものを作る。楽をした分だけ薄くなった、と言われるのが一番悪い」


 会議室の空気が引き締まる。


 ひなたは頷いた。


 便利さを受け入れた上で、熱を失わない。


 それが、次の仕事だった。


 夕方、正式な役割表が共有された。


 二周年イベント・シナリオ責任者。


 柏木ひなた。


 その下に、担当業務が並ぶ。


 生成候補の選定。

 感情線・キャラクター整合性の監修。

 評価フィードバックへの対応。

 若手ライターへの修正指示。

 最終品質の担保。


 何度読み返しても、「執筆」という言葉はなかった。


 もちろん、書いてはいけないわけではない。

 必要なら自分で書く。

 実際、一・五周年でも多くの部分を直した。


 ただ、会社が自分へ期待している役割は、そこではない。


「先輩」


 佐久間が声を掛ける。


「二周年用の候補、追加で百二十案来てます。明日までに一次選別だそうです」


「百二十?」


「キャラクター別です。台詞だけなら、もっとあります」


 共有フォルダを開く。


 整然と並んだファイル。

 どれも、設定を踏まえている。

 どれも、一定以上に読める。

 どれも、ひなたの判断を待っている。


 通った企画の次には、通すための文章が大量に用意されていた。


 机の引き出しには、紡の新刊がある。


 表紙には、一ノ瀬紡の名前。

 中には、彼女が責任を負う文章が並んでいる。


 ひなたの画面には、百二十の候補。

 自分の名前は、責任者の欄にある。


 欲しかったはずの場所だ。


 それなのに、白い画面へ最初の一行を書く時よりも、ずっと遠くへ来てしまった気がした。


 企画は通った。


 だからこそ、この進め方が正しいと証明されてしまった。


 ひなたは候補ファイルの一つを開く。


 最初の台詞が表示される。


 悪くない。

 直せる。

 使える。


 そう判断した自分の速さに、ひなたは小さな恐怖を覚えた。


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