表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の文章は、どこにある  作者: たつき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/38

誰の台詞

 その台詞は、レビュー会議で絶賛された。


『あなたが忘れても、私が覚えている』


 終盤、記憶を失いかけたリラへ、澪が告げる一言。


 橋本は、PVの核にできると言った。


「一・五周年のテーマが、この一行で伝わります。過去を知るユーザーにも、新規にも意味が取れる」


 白石も頷く。


「この台詞なら、澪の顔を正面から描けます。泣かずに言う方が強い」


 三角は、選択肢の回収と噛み合っていることを評価した。


 如月も、珍しく修正を入れなかった。


「ここは、このままで行きましょう」


 神谷がひなたを見る。


「さすが柏木だな。最後に、ちゃんと作品の言葉へ戻してくれた」


「……ありがとうございます」


 ひなたはそう答えた。


 自分が書いた台詞なのか、分からなかった。



 会議後、変更履歴を開く。


 最初の候補は、AIが生成したものだった。


『あなたが失くしても、私の中には残っている』


 それを佐久間が、澪の口調に合わせて短くした。


『あなたが失くしても、私は覚えている』


 ひなたが、「失くす」を「忘れる」へ変えた。


 記憶を物として扱う言い方が、この場面では強すぎると思ったからだ。


『あなたが忘れても、私は覚えている』


 如月が台詞の位置を、一ページ後ろへ移した。


 リラが自分の名前を忘れた直後ではなく、澪のことまで分からなくなった後へ。


 ひなたが最後に、主語を変えた。


『あなたが忘れても、私が覚えている』


 “私は”ではなく、“私が”。


 リラの代わりに記憶を持つという、澪の意思を強くするため。


 誰が書いた。


 最初の形を出したのはAI。

 キャラクターの口調へ変えたのは佐久間。

 場面へ置いたのは如月。

 最後の一文字を決めたのは、ひなた。


 すべてがなければ、今の台詞にはならない。


 共同制作なら、以前から同じだった。


 プランナーが企画を作る。

 ライターが台詞を書く。

 ディレクターが直す。

 声優が演技し、演出が間を作り、ユーザーの中で初めて完成する。


 一人の文章ではない。


 分かっている。


 それでも、AIが最初にいたことで、急に起点が気になった。



「何を難しい顔してるんですか」


 佐久間が覗き込む。


「この台詞、お前が書いたのか?」


「どこからを“書いた”にします?」


「質問に質問で返すな」


「元は候補案です。僕が直して、先輩が直して、如月さんが動かした」


「じゃあ、誰の台詞だ」


 佐久間は少し考える。


「澪の台詞じゃないですか」


 ひなたは顔を上げた。


「最終的に、澪が言うんですよね。ユーザーも、僕らの名前じゃなくて澪の台詞として覚える」


「それでいいのか」


「前からそうでしょう」


 佐久間の返事は簡単だった。


「僕が書いたつなぎを、先輩が直したこともある。先輩の台詞を、収録で声優さんが変えたこともある。それでも、キャラの台詞として良くなったなら、僕はいいです」


「お前は、気にならないのか」


「気になりますよ」


 佐久間は笑わなかった。


「僕が考えた台詞を褒められたいし、クレジットに名前も欲しい。先輩に全部持っていかれたらムカつきます」


「持っていってない」


「分かってます。例です」


 佐久間は履歴を閉じる。


「でも、“誰が最初に出したか”だけで決めたら、僕の仕事なんてほとんど残らないです。僕は、つなぎとか整形とか、他人の案を良くする方が多いから」


「それでも、僕がいなかったら今の原稿にはなってない。そう思えるなら、今はそれでいいです」


 今は。


 佐久間も、完全に納得しているわけではない。


 ただ、仕事を進めるために、自分なりの答えを持っている。


「先輩も、決めた方がいいですよ」


「何を」


「どこからが自分の仕事なのか」


 言われ、ひなたは答えられなかった。



 夜、紡からメッセージが届いた。


『新刊、読みました?』


 机の引き出しには、まだ本が入っている。


 最初の数ページしか読めていない。


『まだ途中』


 送る。


 すぐに返信が来た。


『珍しいっすね。先輩、本だけは速かったのに』


『仕事が立て込んでる』


『じゃあ、落ち着いたらご飯行きましょう。感想、直接聞きたいっす』


 紡は、自分の文章について感想を求められる。


 表紙に名前がある。

 どの一行も、最終的には一ノ瀬紡の文章として読まれる。


 編集者が直していても。

 題名を別の人が決めていても。

 紡が責任を負う。


 ひなたは、今日褒められた台詞を見た。


『あなたが忘れても、私が覚えている』


 紡に、自分が書いたと話せるだろうか。


 嘘ではない。

 自分が最後に決めた。

 シナリオの責任者として、採用した。


 それでも、「俺が書いた」と言った瞬間、誰かの仕事を奪うような気がした。


 数日後、ひなたは紡と食事をすることになった。


 仕事終わりの小さな居酒屋。

 以前、偶然再会したバーより明るく、互いの顔がよく見える。


「先輩、ちゃんと読んだんすか」


 席に着くなり、紡が尋ねる。


「途中まで」


「まだ途中?」


「忙しいんだよ」


「ゲームのシナリオって、そんなずっと忙しいんすか」


「お前の担当編集に聞かせたい台詞だな」


「私は締め切り前だけっす」


「ずっと締め切り前だろ」


 紡が笑う。


 昔と同じ軽さだった。


 それでも、テーブルの横に置かれた鞄から、新刊の角が見える。

 紡が書いた本。

 表紙に名前がある本。


「先輩の一・五周年、いつ出るんすか」


「まだ先だ」


「どこ書いたんす?」


「シナリオ全体の監修」


「監修じゃなくて、先輩が書いたところ」


 ひなたはグラスへ視線を落とした。


「何で黙るんすか」


「今、共同制作が細かくなってるんだよ」


「前からゲームは共同制作でしょ」


「AIも入ってる」


 紡の表情から、少しだけ笑いが消えた。


「AIが書いた文章を使ってるんすか」


「そのままじゃない。候補を出して、俺たちが選んで、直す」


「で、どこが先輩の文章か分からなくなった?」


 簡単に言い当てられ、腹が立つ。


「そんな単純な話じゃない」


「単純じゃないから、聞いてるんすよ」


 紡は箸を置く。


「私の本だって、編集が直してます。タイトルも帯も、私が決めてない。途中で入れ替えた場面は、編集の案が元っす」


「でも、お前の名前で出る」


「だから、全部私が書いたことになると思います?」


 ひなたは答えない。


「私は、私の本だと思ってます。でも、全部が私一人の発想だとは思ってない」


「それは、最初の文章を書いたのがお前だからだろ」


「そこ、そんなに大事っすか」


「大事だ」


「何で?」


 また、答えを求められる。


 書くことが、自分の仕事だから。

 自分の中から出たものを、文章と呼びたいから。

 最初まで他人に渡したら、自分には何が残るのか分からないから。


「怖いんすね」


 紡が言う。


「何が」


「自分がいなくても、似たものができるのが」


 以前、バーで言われた言葉が戻る。


『先輩の代わりなんて、いくらでもいる』


「お前は怖くないのか」


「怖いっすよ。私より売れる作家も、上手い作家も、毎月出てくる」


 紡はグラスを持ち上げる。


「でも、他の人が書けるからって、私が書かなくていい理由にはならない」


「AIが書けても?」


「私が書きたいなら、書くっす」


 個人作家の答えだった。


 会社の中で、期限と予算とチームを背負うひなたには、そのまま使えない。


 それでも、羨ましかった。


「先輩は、書きたいんすか」


 紡が尋ねる。


 ひなたは即答できなかった。


 書きたい。


 そのはずだ。


 だが今は、良いものを選ぶ責任と、チームを止めない責任が先に浮かぶ。


「感想、読み終わったらでいいっす」


 紡は話を戻した。


「その代わり、先輩のイベント出たら教えてください。誰が最初に書いたか分からない台詞も、ちゃんと読みますから」


「嫌な言い方するな」


「先輩が面倒なこと言ってるからっす」


 紡は笑った。


 ひなたも少しだけ笑った。


 答えは出なかった。

 ただ、自分が書きたいかどうかすら迷ったことが、一番胸に残った。


 紡と別れた夜、ひなたは帰宅して新刊を開いた。


 今度は、最初の数ページで閉じなかった。


 主人公が何度も同じ家の前を通り過ぎる。

 呼び鈴を押せない理由は、すぐには説明されない。


 それでも、ページを進めるうちに、過去の会話や小さな癖が積み重なり、なぜ立ち止まるのかが見えてくる。


 派手な一行はない。

 だが、三十ページ目で主人公がようやく呼び鈴へ触れた時、ひなたは胸を掴まれた。


 この遅さは、小説だから許されるのか。


 違う。


 遅いのではない。

 進んでいないように見える場面のすべてで、感情は進んでいる。


 自分の初稿も、そうできていたのか。

 ただ説明を遅らせただけではなかったか。


 紡の文章を読むことで、自分の文章の不足が見える。


 悔しい。

 同時に、久しぶりに書きたくなった。


 ひなたは本を閉じ、私用のパソコンを開く。


 仕事の原稿ではない。

 評価項目も、候補生成欄もない。


 リラが白い部屋で目覚める、採用されなかった場面。


 誰にも見せないつもりで、一行だけ書き直す。


 書くこと自体が、自分から消えたわけではない。


 その事実に、少しだけ安心した。



 翌日、社内テストの感想が届く。


『澪の台詞で泣いた』

『この一行のために今までプレイしてきた気がする』

『書いた人、ありがとう』


 ひなたは画面を見つめた。


 ありがとう、と言われている。


 自分へ向けられた言葉だと思えば、嬉しい。

 AIへ向けられた言葉だと思えば、虚しい。

 チーム全員へ向けられた言葉だと思えば、正しい。


 どれを選んでも、完全には納得できない。


 如月が横を通り、感想の画面に気づいた。


「良かったじゃない」


「はい」


「何か不満?」


「誰が書いた台詞なんだろうと思って」


 如月は履歴を見ずに答えた。


「誰が責任を持って残したの?」


「……俺です」


「なら、あなたの仕事よ」


「文章も?」


「そこは、自分で決めなさい」


 如月は立ち止まらずに去った。


 また、判断だけを渡される。


 書くことよりも、決めることの方が重くなっていく。


 ひなたは、感想への社内返信文を書くことになった。


『温かいご感想をありがとうございます。制作チーム一同、嬉しく拝見しました』


 広報が用意した定型文。


 制作チーム一同。


 正しい。

 誰か一人の手柄ではない。


 ひなたは返信文の下書きを見ながら、個人名を出したいと思っている自分に気づいた。


 自分の名前ではない。


 佐久間。

 白石。

 如月。

 三角。

 橋本。

 南雲。

 美堂。


 どの一人が欠けても、あの台詞は今の形にならなかった。


 AIだけを問題にした瞬間、他の人間の仕事まで見えなくなっていたのかもしれない。


 ただ、AIには感謝を伝える相手がいない。

 喜ぶ顔も、悔しがる顔もない。


 そこが、人間との共同制作とは決定的に違う。


 佐久間が直したなら、ありがとうと言える。

 如月が動かしたなら、意図を聞ける。

 AIの候補を使った時、返せるのは評価データだけだ。


 人間の仕事とAIの出力を同じ「共同制作」と呼ぶことにも、違和感がある。


 ひなたは返信文へ一行だけ追加した。


『皆さまがキャラクターと過ごしてきた時間が、この台詞を完成させてくれました』


 橋本が確認し、


『少し長いですが、残しましょう』


 と返した。


 誰が書いたかは分からない。


 それでも、ユーザーが積み重ねた時間まで含めて台詞が完成したことは、ひなたが責任を持って言えた。


 ひなたはユーザーの感想を閉じなかった。


『書いた人、ありがとう』


 その“人”が誰なのか分からないまま、ありがとうだけが胸に残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ