評価する才能
AI候補を使う回数は、少しずつ増えた。
最初から頼るわけではない。
ひなたと佐久間が場面を考える。
詰まった時に条件を入力する。
出された候補から使えるものを選び、キャラクターに合わせて書き直す。
決めるのは人間。
書き上げるのも制作班。
その順番は、まだ守っていた。
だが、一度使い方を覚えると、候補を確認するまでの抵抗は薄くなる。
「次、会話候補二十案来てます」
佐久間が共有フォルダを開く。
「二十もいらない」
「十だと似た案に寄るらしいです」
「多ければいいってもんじゃない」
文句を言いながら、ひなたは一案ずつ読む。
一番。
リラが澪へ感謝を伝える。
「早い。まだ感謝を自覚してない」
二番。
リラが澪の過去に触れる。
「情報を知りすぎてる。ここでは聞いてない」
三番。
澪が自分の傷を例に励ます。
「澪は自分語りしない」
四番。
リラが食堂の席を、自分から片づける。
「前の場面の繰り返し」
五番。
澪の台詞自体は悪くない。
「後半の和解で使う感情を、ここで先に出してる。今使ったら、後が弱くなる」
次々に落としていく。
似た台詞でも、置く場所が違えば意味が変わる。
口調が合っていても、その時点の関係で言えないことがある。
単体では強くても、後の展開を奪う一行もある。
佐久間が選別結果を見て、感心したように言う。
「先輩、速いですね」
「違うものは、見れば分かる」
「僕、五番は残すと思いました」
「台詞だけならな。ここで使ったら、澪がリラへ心を開くのが二話早い」
「二話」
「正確には、シーン十四個分」
「そこまで数えてるんですか」
「キャラクターの距離は、急に縮まらない」
ひなたは、十八番で手を止めた。
『あなたが選ばなかった言葉も、消えたわけじゃない』
澪の台詞としては少し説明的だ。
だが、テーマの核に触れている。
「これ、残す」
「使います?」
「澪には言わせない。後半で、リラが自分で気づく形にする」
候補を採るのではない。
発想だけを別の場所へ移す。
それも、ひなたの仕事になりつつあった。
候補を落とす作業には、奇妙な快感があった。
違うものが分かる。
何十案並んでいても、澪が言わない台詞は一目で分かる。
リラがまだ知らない言葉。
佐久間なら残すが、ひなたなら削る説明。
後半で初めて意味を持つはずの感情。
間違いを見つけ、理由を付け、候補から外す。
書く時のような迷いが少ない。
正解を生み出すことは苦しい。
だが、目の前に並んだものから違う答えを除くことは、驚くほど速くできる。
「先輩、これ、ゲームみたいですね」
佐久間が言う。
「不謹慎なこと言うな」
「だって、制限時間内に偽物を見つけるやつ」
「偽物じゃない。条件に合わないだけだ」
「そこ、ちゃんと区別するんですね」
「候補が悪いわけじゃない。別の場面なら使えるものもある」
ひなたは却下した案へタグを付ける。
『後半候補』
『別キャラ転用不可』
『設定アイデアのみ保存』
捨てるだけではない。
使える場所を探す。
それも、以前からやってきた仕事だった。
会議で出た没案。
採用されなかった台詞。
イベントに入らなかった設定。
違うのは、量と速度だけだ。
人間が一週間かけて出す数を、数分で並べる。
その中から選ぶひなたの判断も、回数を重ねるほど速くなる。
自分の中で、何かが鍛えられている。
それが書く力なのか、書かなくても済む力なのかは分からなかった。
◆
レビュー会議で、美堂が選別履歴を表示した。
「柏木さんの判断は、非常に精度が高いです」
「何の話ですか」
「候補の採用率ではなく、却下理由です」
画面には、ひなたが入力したコメントが並んでいる。
『感情の提示が早い』
『過去設定と矛盾』
『後半の見せ場を消費する』
『関係性が二段階進んでいる』
『口調は合うが、動機が違う』
「これを次回生成へ反映したところ、キャラクター整合性の評価が上がっています」
美堂は、事実を説明する調子で続ける。
「柏木さんは、生成より評価に適性があります」
会議室の何人かが、肯定するように頷いた。
褒められている。
実際、ひなたの判断がなければ、AI候補はキャラクターへ近づかない。
表面的に似た台詞から、本当に使えるものを選ぶには、過去の積み重ねを知る人間が必要だ。
「それは、どうも」
ひなたは答えた。
喉に小さな骨が引っかかったようだった。
生成より、評価に適性がある。
書くより、選ぶ方が向いている。
美堂はそんな意味で言っていない。
会社も、ひなたから執筆を取り上げたわけではない。
それでも、その言葉だけが残った。
◆
新しい制作方法が定着すると、残業が減った。
「今日、二十二時前に帰れます」
佐久間が時計を見て言う。
「二十二時を早いみたいに言うな」
「先月の僕たちに聞かせてくださいよ」
南雲も、日付が変わる前に評価資料をまとめられるようになった。
「昨日、家でドラマを見ました」
「普通の生活みたいに言わないでください」
白石のラフ待ちも減る。
三角は仕様を早めに確定でき、後工程の差し戻しが少なくなる。
乙部は進行表の赤いセルが減ったことを、嬉しそうに見せて回った。
佐久間は、空いた時間で後回しにしていた個人面談の資料を作っていた。
「何です、それ」
ひなたが尋ねる。
「今期の目標です。前は、毎回締め切り直前に適当に書いてたんですけど」
「仕事が減ったから、仕事を増やしてるじゃないか」
「違います。キャリアを考えてるんです」
佐久間は少し照れたように言う。
「僕、ずっと先輩の補助でいいのか、考える時間ができたので」
ひなたは言葉を失った。
候補生成によって空いた時間が、若手の将来を考える時間になる。
以前なら、佐久間は戦闘とつなぎを書き、深夜までひなたを支え、翌朝また別の締め切りへ追われていた。
それを、熱量のある制作だと思っていた。
だが、その熱の下で、佐久間が自分の文章を考える時間を失っていたことには、気づかなかった。
「何になりたいんだ」
「まだ分かりません」
「シナリオライターだろ」
「その中で、です。先輩みたいにキャラクターの核を書くのか、如月さんみたいに全体を見るのか」
佐久間は画面を閉じる。
「選べるようになったの、候補のおかげかもしれません」
ひなたは、何も言い返せなかった。
便利だ。
候補を使えば、仕事が進む。
誰かの時間を守れる。
追い詰められた状態で無理に書くより、キャラクターの整合性も高い。
ひなたが望んでいたはずの環境に近づいている。
クリエイターが徹夜しなくていい。
直前にすべてをひっくり返さなくていい。
考える時間を、必要な場面へ集中できる。
なのに、素直に喜べない自分がいた。
苦労が減ったから、仕事の価値まで減ったように感じるのか。
それなら、自分は徹夜や苦痛を、才能の証明にしていただけなのか。
考えるほど、自分が嫌になる。
ある日、ひなたは美堂へ直接尋ねた。
「美堂さんは、AIが自分の仕事を奪うと思わないんですか」
突然の質問に、美堂は少しだけ目を瞬いた。
「私の仕事を、どう定義するかによります」
「分析することじゃないんですか」
「数字を出すだけなら、以前から機械の方が速い」
美堂は画面を閉じる。
「私の仕事は、何を測るか決めることです。数字が上がった理由を考え、次の判断に使える形へする」
「そこも、いずれAIがやるかもしれない」
「やるでしょうね」
あまりに簡単に認める。
「怖くないんですか」
「怖いですよ」
初めて、美堂の口から迷いのない不安が出た。
「だから、数字を出すだけの人間ではいないようにしています」
「制作側も同じです。文章を出すだけなら、代替される部分は増える」
美堂は、ひなたの選別履歴を示す。
「柏木さんがやっているのは、文章の正誤判定ではありません。キャラクターがどの時間にいるかを判断している」
「それを条件へできたら?」
「次は、別の判断が必要になります」
「永遠に?」
「少なくとも、作品が続く限りは」
慰めのようにも聞こえる。
終わりのない逃走のようにも聞こえる。
「私は、AIに勝つ方法を考えているわけではありません」
美堂は言った。
「使った上で、自分が何を判断する人間なのかを更新しているだけです」
ひなたは、その言葉をすぐには受け入れられなかった。
更新。
会社員としては正しい。
変化へ適応し、求められる役割を担う。
だが、書くことを手放して別の役割へ更新した時、自分はまだシナリオライターなのだろうか。
「柏木さんは、何をする人でいたいんですか」
美堂から問い返される。
ひなたは答えられなかった。
書く人。
そう言えば簡単だ。
けれど、自分で書いた案より良いものを選ばない人間を、プロと呼べるのか。
問いだけを持ち帰ることになった。
◆
ひなたは、久しぶりに一場面を最初から一人で書いた。
リラが、眠っている澪へ毛布を掛ける。
感謝を言えない代わりに、受け取ったものを返そうとする場面。
候補は出さない。
評価項目も、画面の端へ隠した。
澪は眠っていない。
けれど、気づかないふりをする。
リラは毛布を掛けた後、何かを言おうとしてやめる。
手首には、まだ言葉が刻まれない。
ひなたは時間を掛けて書いた。
自分の中で、二人が見えた。
声も、呼吸も、部屋の温度も分かる。
手応えがあった。
比較評価のため、美堂が同条件で生成した案も提出された。
結果。
ひなた案 4.0。
AI候補を制作班が整えた案 4.3。
差は小さい。
ひなた案は、既存ユーザーから高く評価された。
一方、AI候補を使った案は、場面の意味が早く伝わり、新規層の好感が高かった。
「どちらでも、全体の進行には影響ありません」
南雲が言う。
「最終的には、柏木さんの判断で」
判断を任された。
ひなたは二つの原稿を並べる。
自分の案の方が好きだった。
リラが何も言わない時間も、澪が気づかないふりをする間も、自分には必要に思えた。
だが、イベント全体で見ると、直前にも静かな場面がある。
ここまで余韻を重ねると、テンポが落ちる。
AI候補を土台にした案の方が、次の戦闘へ繋がる。
「後者で」
ひなたは言った。
誰にも強制されていない。
数字だけで決めたわけでもない。
全体を見て、自分で判断した。
自分の原稿を、自分で外した。
「承知しました」
南雲が採用稿を『承認済み』へ移す。
採用を決めた後、白石がひなた案のラフを消していいか尋ねてきた。
『採用稿と構図が違うので、今後は使わないと思います』
ひなたは、添付されたラフを見る。
眠ったふりをする澪。
毛布を掛けた後、何か言いたそうに立っているリラ。
自分の原稿から生まれた絵だった。
画面に出ることはない。
採用稿では、もっと分かりやすく、リラが澪の毛布を直した後、次の任務へ向かう流れになる。
『消さずに、未採用へ残してください』
送る。
白石から、
『分かりました。僕も、こっちの表情は好きです』
と返る。
作品として採用しなかった。
判断は間違っていない。
それでも、自分の文章が別の人間の手で絵になったことで、捨てる痛みが増した。
文章だけなら、ローカルに残して終われた。
白石が時間を使い、澪とリラの顔を描いた。
自分の判断で、その仕事ごと画面から外した。
評価する役割は、選ばれなかった人の時間まで背負う。
今まで如月が、何度も迷いながら決めていた理由が少し分かった。
正しい案を選ぶだけではない。
選ばなかった案にも、誰かの熱がある。
その熱を知ったまま、次へ進めるのが責任者なのだ。
ローカルフォルダには、ひなたが最初から書いた場面だけが残った。
評価する才能。
それは確かに、自分の能力だった。
けれど、その才能が高くなるほど、自分で書いた文章を消すこともうまくなっていく気がした。




