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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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敵は……AI?

会議室は沈黙に包まれていた。


美堂の問いは、誰か個人に向けたものではなかった。

だからこそ、ひなたの胸の内側だけを正確に撃ち抜いた。


根拠。保証。再現性。

その言葉は、ひなたの仕事の外側にあると思っていた。

物語は、証明できないものの集合体で――それでも、届く。

届いた瞬間にだけ、正しさになる。


「…………」


言葉が出ない、“出ない”のではなく、出せない。

ここで反射的に反論してしまったら、

守りたいものごと壊してしまいそうだった。


如月が、先に一歩出た。


「美堂さん。資料の意図は分かります。でも――」


「意図は、改善です」


美堂は遮るでもなく、ただ結論だけを返した。

話を聞く気がない、というより、聞く必要がない顔をしていた。


橋本が、その沈黙に割って入る。


「正直、この“入口”の改善は賛成ですね。

 今のままだと人に勧めづらい。

 刺さってる人は刺さってる。でも、刺さるまでが長い」


橋本の声は明るい、明るく……重みが感じられなかった。


「広報も営業も、紹介をするたびに苦労しています。

 “何が面白いの?”って聞かれたとき、

 答えが『やってみないと分からない』になってしまう」


そんなことはない。

そう言い切りたいのに、紹介する側が苦労している事実を、どう否定すればいいのか分からなかった。


「正直、我々としては外に出せる強い見せ方がないと、

 次の予算が取りづらいんです。

 もう少し、メディア展開を考えた……」


「橋本さん、その言い方は撤回してください」


橋本の発言に、如月が静かに……厳しく反論する。


「ひなた、しっかりしなさい」


その言葉に、我に返る。

そうだ、俺が守らなきゃ……守れるのは、俺しかいないんだ。


「記憶が戻ると、キャラの感情が変化する。

 今までの矛盾と向き合いながら、葛藤し、

 そうやって、本当の自分を見つけていく」


「それは“後から分かる”ことだから効くんです。

 先に答えを出したら、ただの説明になる」


――だが、その言葉は、あっさりと返される。


「後から分かる構造は否定しません。

 ただし、後まで残ってもらわないと、後は存在しません」


「それをどう解決するか、今はその話をしたいのです」


美堂が淡々と告げる。

言葉としては正しい、正しすぎて、逃げ場がない。

解決できないなら、修正するしかないのか?

だとしたら、物語作りはなんて……窮屈なんだ。


「さっきから聞いてれば……好き勝手言ってるけど、

 美堂さん、アナタのいう根拠は何なのよ」


「世の中には、初見では掴みづらいタイトルも多くある。

 私たちのタイトルだけに改善を求めるのは、

 それこそ、根拠に乏しいのでは?」


如月が南雲を見る。南雲が小さく頷いた。

“ここは守りどころだ”ということを目線で確認しあう。

すると、南雲が静かに手を挙げた。


「CSとして、今のユーザー反応を共有します。

 物語を……褒める声は多いです。

 『物語最高』『キャラの心情が尊い』『生きてる感じがする』」


「他タイトルと比較しても、その割合も高い。

 それは、このゲームを物語が牽引しているという、

 動かぬ証拠だと思います」


その声に同調するように、制作メンバーたちが声を上げる。

俺は一人じゃない……こうやって、味方がいる。


「美堂さん、もう一度聞きます。

 アナタの言う、根拠は何なんですか?」


「根拠なら、ある」


美堂がPCを操作し、スライドをめくる。

そこには、先ほどの事例とは別に……

数十ものタイトルの運用変化がまとめられていた。


「この……データは……?

 うちの会社のタイトル全て合わせても、

 こんなデータ数になるわけ……」


「おっしゃるとおり、これらは我々が担当したものではない。

 これは……」


美堂の表情が、一段と厳しさを増す。

まるで判決を言い渡す、裁判官のように。


「これは、ゲームの運用改善を主とした、

 AIサービスによってもたらされた結果です」


「これは、外部の運用データです。

 私たちが直接携わったものではない。

 だからこそ“根拠”として素直に見ることができる」


画面の右上に、表が表示される。

平均値、中央値、上位四分位、下位四分位のデータ。

その横に「実施施策のタイプ」「適用範囲」「コスト変化」が並ぶ。


「データは多岐にわたるので、結論だけ言います。

 多くのケースで、改善は“確認”されています。

 平均でプラス35パーセント、中央値でプラス40パーセント」


「もちろん、案件によって、施策はそれぞれ異なります。

 だが多くのケースで、これだけの成果が出ている。

 これら全て……AIによって導き出した運用案によって

 達成された、紛れもない“根拠”です」


「如月さん、いかがですか?

 あなた方に、この根拠を覆す何かがありますか?」


美堂の発言に、制作メンバーの誰もが声に詰まる。


「あーちょっとちょっと、このへんでストップ!」


神谷が、そこで初めて声を上げた。


「美堂さん、意気込みは分かりますが……初めに言ったはずです。

 今日は誰が悪いかを決める会議じゃない。

 ゲームを否定する話でもない、って」


「それに……数字だけが上がっても、

 ユーザーの違和感が積み上がっては、長期のLTVに傷が入る。

 それはプロデューサーとしては看過できない」


「では……これからどうするおつもりですか」


「正直……ここまでの根拠を示されたら、

 検討せざるを得ない、というのが実情です」


「ただ、方針がこのプロジェクトに合うか合わないか。

 それをきちんと見定めたいと思っています」


「具体的には……どうやって?」


「うーん、そうですね……」


神谷は腕組みをし、しばらく考え込んだ後。


「直近、1.5周年のイベントをやろうという話が上がっています。

 企画案を、制作班とデータ班からそれぞれ上げてもらって、

 その内容でどちらを採用するか決める、というのはいかがですか?」


「前提として、作品の骨子については弄らない。

 あくまでも、イベントの範囲でできることを行う。

 その案は、社内アンケートを以て決定する」


「それで、どうでしょう?

 細かい部分は、別途会議を設けて詰めていくとして……」


「問題ありません。

 こちらは部分的な改善案にも、対応可能です」


美堂は神谷の提案を聞き終えると、表情を崩さずに答えた。


「如月、柏木も……異論はないですか?」


「……はい」



会議が終わり、椅子の脚が床を擦る音だけが残る。

誰かが「お疲れさまでした」と言い、いつものように笑おうとする。

だが、ひなたは頷こうとして、首が動かなかった。


如月が隣に来て、小声で言う。

「……ごめん。守りきれなかった」


「いえ、そんなことは!

 センパイが止めてくれなかったら、

 きっとAI案のままになってました」


作品を守れなかったのは、自分だ。

その事実に、後悔の念が襲ってくる。


「とりあえず、頑張りましょう!

 大丈夫! いいものを作れば、きっと分かってもらえるわ」


そのままエレベーターに乗る。扉が閉まる。

密閉された箱の中で、呼吸の音だけがやけに大きい。

ひなたは何も言えなかった、言えば、何かが崩れる気がした。


鏡面の壁に、自分の顔が映る。

我ながら、なんて情けない顔をしているんだと笑えてくる。

「……根拠は?」

先ほどの美堂の声が再生される。


――根拠なんて、あるはずがない。

それでも書いてきた、届いてきた。

届いた瞬間だけ、それは自らの正しさを実感できた。


なのに今は、届いた“実績”すら、次の一手の根拠にならなかった。


扉が開く。

現場へ戻る廊下の照明が白すぎて、目が痛い。

ひなたは一歩踏み出して、心のどこかで呟く。


(俺の今までって、何だったんだ)

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