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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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選択肢

 翌朝、共有フォルダに新しいファイルが追加されていた。


『一・五周年イベント 冒頭候補案』


 ひなたは、すぐには開かなかった。


 パソコンを立ち上げる。

 メールを確認する。

 昨日の原稿を読み直し、別イベントの台詞監修を一件返す。


 いつもと同じ順番で仕事を始めようとした。


 だが、画面の隅に表示されたファイル名が、ずっと視界に残っている。


 候補案。


 完成稿ではない。

 採用するかどうかを決めるのは制作側だ。

 使わないという判断もできる。


 分かっている。


 それでも、開けば何かが変わる気がした。


「先輩」


 佐久間が隣の席へ来る。


「見ました?」


「まだ」


「僕もです」


「嘘つけ。お前、通知が来た瞬間にファイル名だけ確認しただろ」


「中身は見てません」


「同じだ」


 二人は画面を見た。


「開きます?」


 ひなたは一度だけ息を吸う。


「開く」



 冒頭展開案は三種類。


 台詞候補は十種類。


 それぞれに、狙いと予測される評価項目が添えられている。


 案A。


 リラが自ら研究施設を脱走し、澪へ助けを求める。

 主体性と目的提示を最優先。


 案B。


 リラの能力が暴走し、周囲の言葉を無差別に刻む。

 異常事態とゲームシステムの提示を最優先。


 案C。


 リラが記憶を失った状態で街へ現れ、プレイヤーの選択肢によって最初の言葉が決まる。

 育成感と参加感を最優先。


「……分かりやすいですね」


 佐久間が言う。


「ああ」


 三案とも、これまで不足を指摘された部分を正確に埋めている。


 設定と致命的な矛盾もない。

 少なくとも、キャラクターを知らない人間が適当に作った案には見えなかった。


「案A、前に先輩が消したやつに近いです」


「主体性を前に出しすぎてる。最初から助けを求められるなら、リラの成長が浅くなる」


「案Bは、今の四稿目を派手にした感じ」


「怖さが見せ物になる。リラ本人の恐怖より、画面の派手さが勝つ」


「案Cは……ゲームとしては強いですね」


 プレイヤーが最初に言葉を与える。

 選んだ言葉で、リラの反応や初期能力が変わる。


 三角が見れば、すぐに仕様へ落とすだろう。

 橋本も、一文で訴求できると言うはずだ。


 ただ、リラが言葉を恐れている設定は薄い。

 プレイヤーから言葉を受け取ることが、最初から前向きな体験になっている。


「使えない」


 ひなたは言った。


「全部ですか?」


「このままでは」


 佐久間が台詞候補を開く。


 一番。


『私には何もない。だから、あなたの言葉をください』


 二番。


『怖い。でも、あなたの言葉なら信じてみたい』


 三番。


『私を作るのは、私が選んだ言葉だから』


 どれも、企画のテーマを分かりやすく表している。

 どれもPVへ抜ける。

 どれも、リラが成長した後なら言える台詞だった。


「こんなに喋らない」


 ひなたは読み飛ばす。


 四番。

 五番。

 六番。


 言い回しは違っても、意味は似ていた。


 自分は空っぽだ。

 言葉が欲しい。

 怖い。

 最後は自分で選びたい。


 設定資料を台詞へ変換したような文章。


「やっぱり、リラを理解してないですね」


 佐久間が言った。


 ひなたは答えなかった。


 理解していない。

 そう切り捨てることは簡単だった。


 だが、企画の説明としては正しい。

 リラの成長を一行で伝えるなら、どれも使える。


 自分たちが何日もかけて避けてきた説明台詞が、整った形で並んでいる。


 七番。


『……それ、私に言ったことにしないで』


 ひなたの目が止まった。


 短い。

 説明もない。


 誰かに励まされた後の台詞だろう。

 拒絶にも、照れにも、恐怖にも聞こえる。


 言葉を受け取りたくないリラ。

 それでも、完全には無視できないリラ。


 佐久間も同じ場所で止まった。


「これ、ちょっと良くないですか」


「前後がない」


「作ればいいんじゃないですか。前後は、僕たちが」


 ひなたは七番を見つめた。


 AIがリラを理解して、この一行を書いたわけではない。

 条件に合う文章を、過去の台詞や構造から出しただけだ。


 それでも、ここには余白がある。


 説明しすぎていない。

 リラの“間”を置ける。


「使わない」


 一度、そう言った。


 佐久間は反論しなかった。


「分かりました」


 画面を閉じようとする。


「待て」


 佐久間の手が止まる。


「七番だけ残す」


「使うんですか?」


「候補として見るだけだ」


 自分でも、言い訳だと分かった。


 ファイルを閉じる前に、美堂からチャットが届いた。


『候補の確認中に質問があれば、回答します』


 ひなたは七番の台詞をコピーし、メッセージへ貼った。


『この台詞を出した理由は?』


 数分後、返信が来る。


『拒絶を維持しつつ、言葉が内面へ残ったことを示す条件に合致したためです』


 正しい。

 しかし、ひなたが知りたいこととは少し違う。


『リラは、どんな気持ちで言った想定ですか』


 今度は、返事までに少し時間が掛かった。


『候補生成時点では、恐怖、照れ、警戒の複数解釈を許容しています。単一の感情へ固定していません』


 AIは、リラの気持ちを決めていない。


 むしろ、複数の意味に使える台詞だから選ばれた。


 ひなたが良いと思った余白は、キャラクターへの理解から生まれたものではなく、条件を限定しなかった結果だった。


 それでも、余白であることに変わりはない。


『分かりました』


 ひなたが返す。


 美堂から、さらにメッセージが来る。


『柏木さんが、どの感情として採用するかを知りたいです。修正結果を次回条件へ反映できます』


 自分が意味を与える。

 その意味が、次の候補へ学習される。


 今は、自分がAIを使っている。

 次は、自分の判断を使ったAIが出てくる。


 便利になる。

 同時に、自分しか知らなかったはずのリラが、少しずつ外へ複製されていく。


 ひなたは返信欄へ、


『受け取ったことを認めたくない恐怖。照れではない』


 と入力した。


 送信する直前に、「照れではない」を残すか迷った。


 候補を狭める一文。

 だが、リラを守るための一文でもある。


 ひなたは、そのまま送信した。



 制作班の打ち合わせで、三案を共有する。


 三角は予想どおり案Cを評価した。


「プレイヤーが最初の言葉を決めるの、ゲームとして強いっす。反応差分なら、現実的なコストで実装できます」


 橋本も頷く。


「“あなたの言葉が、彼女を作る”。一文で伝わる。広告からゲーム体験までズレがない」


 白石は案Bの画面映えを見ていた。


「街中の声が文字になってリラへ集まる構図は、キービジュアルにも使えます」


 それぞれの職域から見れば、使える場所がある。


 ひなたは苛立ちそうになり、止めた。


 彼らはAIが作ったから褒めているわけではない。

 案そのものを見ている。


 良い部分があるなら、誰が出したかは関係ない。


 仕事として、それが正しい。


「シナリオとしては?」


 如月が尋ねる。


「このままは使えません」


「どこなら使える?」


「案Cの、プレイヤーが最初の言葉を選ぶ構造」


 三角が身を乗り出す。


「ただし、言葉をそのまま刻ませない」


 ひなたは画面に流れを書く。


 プレイヤーはリラへ、三つの言葉から一つを選ぶ。

 だが、リラはすべてを拒絶する。


 選んだ言葉は刻まれない。


 最初の選択肢が、成功ではなく拒否される。

 プレイヤーは、自分の言葉が届かないことを体験する。


 その後、戦闘で追い詰められたリラへ、同じ選択肢がもう一度出る。


 今度は、リラ自身が選ぶ。


「選択肢を二度使う?」


 三角が言う。


「一度目はプレイヤーが選ぶ。でも、リラには通らない。二度目は、リラが自分で選ぶ」


「同じ選択肢なのに、主語が変わる」


 南雲が言った。


「それなら、ユーザーも“自分が育てた”だけじゃなくて、“この子が選べるようになった”と思えます」


 白石がラフを描く。


「一度目は、文字がリラの手前で砕ける。二度目は、自分から手を伸ばす」


 橋本もメモを取る。


「PVでは二度目を見せる。物語では、一度拒絶しているから、前向きな画にも意味が出る」


 如月がひなたを見る。


「七番の台詞は?」


「一度目の選択肢を拒絶した後に使います」


 プレイヤーが、前へ進めると励ます。


 リラは受け取らず、目を伏せる。


『……それ、私に言ったことにしないで』


 冷たい拒絶ではない。

 心へ残ったことを認めるのが怖い。


 その前後を、自分たちで作る。


「行けそうね」


 如月が言った。


 ひなたは頷いた。


 AI案を採用したのではない。

 使える部品を見つけ、自分たちの物語へ組み直した。


 そう考えた。



 修正稿は、その日の夜までに形になった。


 佐久間が選択肢をゲーム台本へ整える。

 ひなたは、リラの反応を一つずつ変える。


 優しい言葉には、困惑。

 強い言葉には、恐怖。

 背中を押す言葉には、怒り。


 拒絶の形が違うことで、リラが単に言葉を嫌っているわけではないと見せる。


 七番の台詞は、三つ目の後に置いた。


『前へ進める』


 プレイヤーが選ぶ。


 リラの手首に文字が浮かびかける。

 彼女は両手で覆い、首を振る。


「……それ、私に言ったことにしないで」


 文字は刻まれない。

 それでも、完全には消えず、微かな光だけが手の中に残る。


 後半、リラが自分で同じ言葉を選んだ時、その光が文字になる。


 ひなたは場面を読み返す。


 最初の一行はAIから出た。

 構造の起点も、案Cだった。


 だが、そのまま残っているものはほとんどない。

 感情も、澪の行動も、選択肢の意味も、自分たちで作り直した。


 これは、自分たちの原稿だ。


 そう思いたかった。



 翌日。


 総合判定――承認。


「通りました!」


 南雲が笑顔で画面を見せる。


 佐久間が椅子から立ち上がった。


「よっしゃ……!」


 三角が遠くから拍手をする。

 乙部も両手を上げ、白石は静かに頷いた。

 橋本は、すでに訴求文言の修正へ入っている。


「お疲れさま」


 如月が言う。


「……はい」


 嬉しい。


 何日も止まっていた冒頭が、ようやく先へ進む。

 スケジュールも、ぎりぎり戻せる。


 評価シートを見る。


 すべての項目が承認基準を超えている。


 自由記述には、


『最初に選んだ言葉を拒否されて、リラを理解したいと思った』

『同じ選択肢を自分で選ぶ展開が気持ちいい』

『“それ、私に言ったことにしないで”が可愛い。後で効きそう』


 七番の台詞が、最も高く評価されていた。


 神谷からも連絡が来る。


『この方向で進めてください。制作とデータの良い形が見えたと思います』


 美堂からは、


『候補案の利用率、修正率、評価差分を次回生成へ反映します』


 今回、自分たちがどこを残し、どこを捨てたか。

 七番へ、どんな前後を付けたか。


 それらも、次の候補を良くする材料になる。


 自分たちが直すほど、AI案は自分たちらしくなる。


 それは協力なのか。

 学習されているのか。


 同じ事実を、違う言葉で呼んでいるだけだった。


 佐久間が明るい声で言う。


「先輩、次も候補、出してもらいます?」


 ひなたはすぐに答えなかった。


「……まずは、俺たちで書く」


「はい」


「詰まったら、候補を見る」


 その順番なら、まだ大丈夫だと思った。


 自分たちで考える。

 自分たちで書く。

 最後の手段として、選択肢を増やす。


 承認後、乙部が小さな紙コップを配って回った。


「お疲れさま会~。中身は給湯室のコーヒーだけどねぇ」


「祝いとして弱くないですか」


 三角が言う。


「予算ゼロだから、気持ちで補って」


 全員が笑った。


 何度も書き直した。

 互いに苛立った。

 AI候補を見ることへ抵抗もあった。


 それでも、ようやく次へ進める。


「柏木さん」


 南雲が紙コップを持ったまま言う。


「通った時、もっと喜ぶと思ってました」


「喜んでます」


「顔が、まだ評価待ちです」


「どういう顔だよ」


「何か、次に落とされるところを探してる顔」


 南雲の観察は、時々鋭い。


「今回の原稿、私は好きです。最初の案より、リラのことを知りたくなりました」


「AI案が入っていても?」


「そこ、分ける必要ありますか」


 ひなたは返事に詰まる。


「ユーザーから見たら、誰が最初に考えたかは分かりません。リラが好きになれるかどうかです」


「作る側には、分ける必要がある」


「どうしてですか」


 責める問いではなく、純粋な疑問だった。


 ひなたは答えを探した。


 責任の所在。

 権利。

 仕事の評価。

 自分が書く意味。


 どれも正しい。

 どれも、今感じている不安の全部ではない。


「……分からない」


 正直に言うと、南雲は小さく頷いた。


「じゃあ、分かるまでは、気にしてていいと思います」


「答えを出せ、とは言わないんですね」


「ユーザーの不満も、すぐ答えが出るものばかりじゃないので」


 南雲はコーヒーを一口飲む。


「ただ、良かったものまで嫌いにならないでください。今回、みんなで作ったんですから」


 ひなたは承認済みの原稿を見た。


 良い場面だと思う。


 その感覚まで疑えば、もう何を基準に書けばいいか分からなくなる。


「……はい」


 紙コップのコーヒーは、少しぬるくなっていた。


 画面には、次の場面用の候補生成欄が、すでに用意されている。


 期待する感情。

 必要な台詞。

 評価目標。


 何も入力していない空欄が、白く光っていた。


 選択肢が増えたはずなのに、画面が少しだけ狭く見えた。


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