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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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話模範解答

 四稿目を提出する前に、如月が止めた。


「このリラ、誰?」


 会議室で原稿を読み終えた如月は、最初にそう言った。


 冷たい声ではない。

 だからこそ、逃げられなかった。


「評価項目に合わせて、主体性を前に出しました」


「制作意図を聞いてるんじゃない。この子が誰かって聞いてるの」


 佐久間が視線を落とす。


 如月は原稿を机へ置いた。


「“私を連れて逃げて”。台詞としては強い。目的も分かる。冒頭の引きにもなる」


「でも、これを言える子が、どうして他人の言葉に自分を作られることを怖がるの?」


 ひなたは答えられなかった。


「柏木。評価を通すために、物語の出発点を変えたでしょう」


「……通さなければ、先に進めません」


「進んだ先に、書きたかったものが残ってなかったら?」


「じゃあ、どうしろっていうんですか」


 言葉が先に出た。


「初稿は目的が遅い。二稿目は推せない。三稿目は分かりにくい。全部直した結果です」


「リラを守れば入口で落とされる。入口を強くすれば、リラじゃなくなる」


「どっちも守れって、言うのは簡単ですよ」


 会議室が静かになる。


 佐久間が何か言おうとするが、如月が手で止めた。


「そうね。簡単よ」


 如月は認めた。


「だから、私も一緒に考える」


 ひなたが顔を上げる。


「提出は今日じゃなくていい。神谷さんには私から話す。これをそのまま出すのはやめましょう」


「スケジュールが」


「通すために壊したものを出して、後で全部やり直す。それが一番遅い」


 如月は原稿を返した。


「リラの始点は守る。でも、入口が弱いという評価も事実。どちらかを捨てるんじゃなく、別の形を探す」


 正論だった。


 正論ばかりが、積み重なっていく。



 午後、制作班で打ち合わせを開いた。


 三角、橋本、白石、乙部、南雲。

 これまでの三稿と評価内容を、全員へ共有する。


 三角が腕を組む。


「ゲーム側から見ると、“言葉を選ぶ”体験を早く置きたいっす。リラが刻印するまで十五分かかると、何のイベントか分からない」


 橋本も頷く。


「広告では、リラへ言葉を与える体験を前面に出します。入った直後に別の話が長く続くと、期待とのズレになる」


「でも、最初から能力を使いたがる子にすると、怖さが消える」


 ひなたが返す。


 白石は三稿目のラフを見ながら言った。


「能力を使わせなくても、能力があることは見せられませんか」


「どうやって?」


「リラが拒絶した言葉が、勝手に刻まれる」


 白石は紙に簡単な構図を描く。


「誰かが“止まれ”と叫ぶ。リラの手首に文字が浮かぶ。本人は動きたいのに、身体が止まる」


「別の人が“逃げろ”と言う。今度は、逃げたくない方向へ身体が走る」


 ひなたの中で、場面が動く。


 言葉が救いになるのではなく、最初は本人の意思を奪う。


 ゲームシステムとしては、選んだ言葉が力になる。

 物語では、その力が最初から都合の良いものではないと見せる。


 三角が少し顔をしかめる。


「最初の体験として、怖すぎません?」


「怖くていい」


 橋本が言った。


「広告では成長の気持ちよさを見せる。物語では、その前に力の危うさを見せる。落差があった方が、リラが自分で選ぶ瞬間も強くなる」


 乙部が笑う。


「お~。橋本さん、すっかりシナリオ班みたいだねぇ」


「売るものの中身を知らずに、売り方は作れません」


「前からそれ言えてたら、ひなたとあんなに喧嘩しなかったのに」


「必要な喧嘩でした」


 橋本が言い切る。


 ひなたは何も返さなかった。

 ただ、少しだけ笑った。


「澪は、リラの耳を塞ぐ」


 ひなたが言う。


「新しい命令を聞かせないために」


「言葉を与えるんじゃなく、最初は言葉から守る?」


 南雲が確認する。


「ああ。澪だからできる」


 目的も、能力も、危険も冒頭で見える。

 リラが言葉を拒む理由も、説明ではなく体験で伝わる。


「これなら、行けます」


 佐久間が言った。


「リラが選べないところから始められる」


「書くぞ」


 ひなたは席を立った。


 久しぶりに、答えへ近づいた感覚があった。



 その日の夕方、データ班から資料が届いた。


『高評価シナリオ・構造分析』


 過去にユーザー反応の良かったイベント冒頭を分析し、共通する構造をまとめたものだ。


 冒頭一分以内に異常を提示。

 三分以内にキャラクターの弱点。

 五分以内に取り返しのつかない選択。

 最初の報酬までに、引用可能な推し台詞を配置。


「……模範解答みたいですね」


 佐久間が呟く。


「参考資料だ」


「答えじゃない?」


「答えじゃない」


 そう言いながら、先ほど考えた構成を照らし合わせる。


 異常――言葉で身体が勝手に動く。

 弱点――自分の意思を持てない。

 選択――澪がリラを保護する。

 推しとなる行動――言葉を与えず、耳を塞ぐ。


 不思議なほど、型に当てはまっている。


 自分たちで悩み、キャラクターから考えた結果だ。

 なのに、資料は最初から答えを知っていたように見える。


「この通りなら、通りますかね」


「通す」


 ひなたは言った。


「型に従ったんじゃない。俺たちの答えが、結果として型に入っただけだ」


 型は敵ではない。


 ユーザーが物語へ入るための、共通の呼吸だ。

 その中で、自分たちのキャラクターを生かせばいい。


 資料の末尾には、成功パターンから外れながら高評価を得た事例も載っている。

 ただし件数は少なく、“例外”と分類されていた。


「例外もあります」


 佐久間が言う。


「例外になるには、型を外すだけの強さが必要だ」


 初稿の自分たちは、それを持っていると思っていた。


 澪の間も。

 リラの恐怖も。

 読めば必ず届くと信じた。


 だが、届かなかった。


 自分の感覚を信じることと、自分だけが正しいと思い込むこと。

 その境目は、結果が出るまで分からない。


「今回は、型の中で勝つ」


 ひなたは分析資料を閉じた。



 分析資料を閉じる直前、ひなたは美堂が付けた注記に気づいた。


『本資料は、該当構造の採用を推奨するものではない。高評価事例で、ユーザーがどの時点に反応したかを整理したものである』


 模範解答に見えたものを、美堂自身は答えとして渡していない。


 ひなたが勝手に、正しい型として受け取っていた。


「先輩、どうしました?」


「資料を作った側より、俺の方が数字に怯えてるのかもしれない」


「今さらですか」


「お前、本当に遠慮がなくなったな」


「徹夜を一緒にすると、遠慮って消えるんですよ」


 佐久間は資料を覗く。


「型を使うかどうかも、僕らが決める。AI候補も、同じなんじゃないですか」


「まだ見てもいないものを、簡単に言うな」


「でも、先輩が決めるんでしょう」


 何度も繰り返される言葉。


 決めるのは制作側。

 決めるのはひなた。


 権限を守られているはずなのに、決める責任だけが少しずつ重くなる。


「今は、目の前の稿だ」


 ひなたは資料を画面の端へ移した。


 型に従ったかではない。

 リラがいるか。

 澪が澪のまま、彼女を守れているか。


 その二つを確かめるため、原稿を最初から読み直した。


 新しい四稿目は、二日で完成した。


 冒頭、リラは白い施設から逃げる。


「止まれ」


 追っ手の命令が手首に刻まれ、足が床へ縫い付けられる。


 別の場所から、避難を促す声。


「走って!」


 新しい文字が刻まれる。

 リラの足が、本人の恐怖を置き去りにして走り出す。


 自分の身体が、自分のものではない。


 街へ飛び出し、澪と出会う。

 追っ手が新しい命令を投げようとした瞬間、澪がリラの耳を塞ぐ。


「聞かなくていい」


 澪が最初に与えるのは、命令ではない。

 聞かないことを許す言葉だ。


 リラの手首には、何も刻まれない。


 佐久間が読み終え、小さく息を吐いた。


「好きです」


「仕事として?」


「両方です」


 如月も、最後まで口を挟まずに読む。


「これなら、リラがいる」


 その一言に、ひなたの肩から力が抜けた。


 今度こそ、通ると思った。



 評価結果は、翌日返った。


 総合判定――要再提出。


 評価は高い。


 冒頭の異常。

 能力の理解。

 キャラクターの弱点。

 澪の行動。


 すべて、これまでで最も高かった。


 総合点は、承認基準まで〇・一。


「何が、足りない」


 声が掠れる。


 南雲が評価シートを読む。


「初動の印象が、恐怖に寄りすぎているという評価です」


「成長の気持ちよさを期待して入ったユーザーに対して、能力を呪いとして見せる時間が長い。プレイしたいという感情へ繋がる前に、不安が勝る可能性がある」


 三角が顔を曇らせる。


「ゲームとしては……分かるっす」


 間違っていない。


 リラの恐怖を守った。

 能力の魅力を後へ置いた。


 どちらも守ったつもりだった。


 それでも、〇・一足りない。


「これ以上、冒頭だけに時間は使えない」


 神谷からの連絡を、如月が読み上げる。


「今日中に、別案を含めて方針を決めろって」


 沈黙が落ちる。


 美堂が静かに口を開いた。


「展開と台詞の候補を、こちらで複数出しましょうか」


 ひなたが顔を上げる。


「これまでの評価、キャラクター設定、過去シナリオ、成功パターンを条件にして、AIで候補を生成します」


「完成稿として使えということではありません。制作側が比較し、使える部分だけを選ぶ」


「条件は、誰が決めるんですか」


「評価結果を基礎に、制作側の禁止事項も入れます。絶対に言わせたくない台詞、変えてはいけない感情線、使わない展開」


 理屈の上では、制作の権限は失われない。


 制作側が条件を決める。

 候補を選ぶのも、採用するのも人間だ。


 美堂は悪意なく言う。


「柏木さんがリラを理解しているなら、その理解を条件へ反映できます」


 ひなたには、別の意味に聞こえた。


 理解しているなら、書かなくてもいい。

 条件さえ渡せば、文章は別の場所から出せる。


「出す候補は、何案ですか」


 ひなたが尋ねる。


「展開を三案、台詞を十案程度」


 美堂が答える。


「候補ごとに、狙っている評価項目も付けます。なぜその案が出たか、比較できるようにする」


「過去シナリオの文章は、そのまま使われるんですか」


「同一文の出力は除外します。既存台詞との類似も確認する」


 橋本が口を挟む。


「外部サービスではないですよね。権利関係は?」


「社内環境です。学習対象も、許諾範囲内の自社データと分析用データに限定しています」


 美堂は、想定していた質問として答えていく。


 雑な導入ではない。

 会社も、美堂も、制作側が反発する理由を考えた上で準備している。


「候補を見た結果、全部使わない判断もできますか」


「もちろん」


「評価が上がる予測の案でも?」


「最終判断は制作と神谷さんです。我々は、使わない理由を確認しますが、強制はしません」


「理由を確認する」


「再現可能な判断にするためです」


 また、その言葉だった。


 なぜ残すのか。

 なぜ捨てるのか。

 担当者の感覚だけではなく、他人へ渡せる理由を求められる。


 本来、プロとして必要なことだ。


 それでも、理由を説明できないほど小さな違和感が、キャラクターを守ることもある。


 語尾が一文字違う。

 返事が半拍早い。

 笑顔の場面で、笑わない。


 説明を求められてから理由を探すと、最初に感じた違和感が、自分の思い込みに見えてくる。


「柏木さん」


 美堂が言う。


「候補を出すことで、制作側の価値を下げる意図はありません」


「分かってます」


「本当に?」


 美堂の問いは、責めるものではなかった。


「私たちは、選択肢を増やします。どれがキャラクターとして正しいかは、制作側にしか決められない」


 制作側にしか決められない。


 信頼されているはずの言葉が、ひなたには最後の役割を限定されたようにも聞こえた。


 生み出すのではなく、正しいものを選ぶ役割。


 まだ何も始まっていないのに、胸の奥がざわついた。


 佐久間がひなたを見る。


 断る理由はいくらでもあった。


 同時に、受け入れる理由もあった。


 時間がない。

 四度書いて、まだ通せていない。

 候補を見るだけなら、決めるのは自分たちだ。


 如月が、ゆっくり口を開く。


「……候補として見るだけなら」


 その言葉が落ちた瞬間、何かの境界を越えた気がした。


「明日の午前までに用意します」


 美堂が頷く。


 会議を出る前、佐久間が小さく尋ねた。


「先輩。候補を見たら、戻れなくなると思います?」


「分からない」


「僕は、見ても僕たちで選べばいいと思います」


 ひなたは頷いた。


「そうだな。選ぶのは、俺たちだ」


 言い切った言葉が、会議室を出る前から、少しずつ揺らいでいた。


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