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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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19/38

決着の時

金曜の朝が来た。

来てしまった、という感覚が先に立つ。


ひなたは、会社の匂いを吸い込む。

胸の奥が、ずっと軽い息をしている。


(今日……結果が出る)


分かっているのに、身体が追いつかない。

手のひらがわずかに湿っている。

指先が落ち着かない。


画面を見るな。

余計な情報を入れるな。

勝負の前に心を散らすな。


自分に言い聞かせて、ひなたはモニターの端に視線を寄せた。

先週提出した企画書のフォルダが、そこにある。

三枚絵の企画書、短文化した抜粋、導線の箇条書き。

作り込んだはずのそれらが、今はさらに薄く見える。


薄いのは資料じゃない。

自分の自信の皮が、薄くなっているだけだ。



昼前。

南雲りこが、いつもより早い足取りで来た。


「柏木さん。外部委託の受容性調査、レポート届きました」


その声は落ち着いている。

落ち着いているのに、語尾がほんの少しだけ硬い。

南雲の指先が、クリアファイルの端を押さえているのが見えた。


「……もう来たんだ」


「はい。先方、仕事が早いです」


南雲は言って、少しだけ息を吸った。


「会議室、予約済みです。14時から。

 関係者の招集も掛けました」


「あと……設問、見てください。

 外部会社さんが整えてくれた体裁ですけど、

 ほぼ、私たちが詰めた方向性になっています」


ひなたは頷いて、紙を受け取る。

外部会社に依頼する調査の設問は、こちら側で用意した。

作品の“面白さ”に焦点を当てる方針には、データ班からも異論が出なかった。


触れた瞬間、紙の温度が現実だった。

印刷した紙は、いつだって容赦がない。

数字も、言葉も、逃げない。


設問の見出しが、視界に入る。


Q1 :冒頭5分で「続きが見たい」と思ったか(1〜5点)

Q2 :最初の“変化”にゾクッとしたか(1〜5点)

Q3 :キャラを「推したい」と思えたか(1〜5点)

Q4 :絵が印象に残っているか(1〜5点)

Q5 :この作品を、プレイしたいと思えるか(1〜5点)


その後もいくつかの設問が並び、25点満点での評価となる。


そして、自由記述。


任意:刺さった一文/台詞

任意:読後に残った感情を一言で


「分かりやすさ」ではなく、「衝動」「身体反応」「推し感情」に寄せる。

それが正しい。正しいからこそ、怖い。



14時――会議室。


いつもの席順が揃う。

如月、神谷、三角、乙部、白石、橋本、南雲。

そして、美堂晃一郎――データ班のメンバー数名。


机の中央に、レポートが置かれる。

紙束は二つ。制作班案とデータ班案。

どちらも同じ体裁、同じ厚み、同じ設問。

比べやすいように、同じに揃えられている。


神谷が淡々と言った。


「先に確認。これは外部会社が実施した受容性調査。

 対象は一般ユーザー、新規獲得も含めるから、

 タイトル未経験者も混ぜてある」


「だから――本当の意味で、生の意見だ。

 結果を受けて決める。都合の悪い回答だけを例外扱いするのはなしだ。

 そのつもりで読んでほしい」


皆が、静かにうなずく。

自分たちがいくらいいといったところで、

最終的に内容はユーザーに判断される。

そこに異論をはさむことに、意味などはない。

選ばれなかったものは、静かに消えていくだけだ。


神谷がPCを開き、画面を映す。

スライドじゃない、レポートの要約ページだ。

数字は見やすく整理されている。


「回答者、30名。内訳は、既存プレイ経験者、離脱経験者、

 未経験者を均等に」

「評価は各5点で5問、計25点満点だ」


神谷の声は、震えていない。

震えていないのに、言葉が遅い。

慎重に、ゆっくりと、現実を運んでくる速度。


「……では、結果に移る」


一枚目。

Q1:冒頭5分で「続きが見たい」と思ったか(1〜5点)


制作班 3.6 / データ班 4.4


会議室の空気が、少しだけ沈む。

誰かが息を吐いたのが分かった。

その音が、やけに大きい。


二枚目。

Q2:最初の“変化”にゾクッとしたか(1〜5点)


制作班 4.1 / データ班 3.9


ひなたの喉が乾く。

ゾクッ――。

それは、作品の芯を刺す言葉だ。

感情の身体反応、ここは、自信があった。

そこが数字に出たことで、調査そのものへの疑いが一つ消えた。


三枚目。

Q3:キャラを「推したい」と思えたか(1〜5点)

制作班 3.6 / データ班 4.4


四枚目。

絵が印象に残っているか。

制作班 4.3 / データ班 4.1


その数字を見た瞬間だけ、ひなたの胸が一瞬浮く。

三枚絵は勝っている。

澪の背中。欠けた澪。仲間の背中。

あれは、残った、ちゃんと、残った。


――でも。


五枚目。

Q5:この作品を、プレイしたいと思えるか。


制作班 3.7 / データ班 4.3


総計。

制作班 19.3 / データ班 21.1


合計を見た瞬間、もう言い逃れはできないと分かった。


(……負けた、のか)


神谷は画面を見たまま言った。


「制作班案は“余韻”が強い。

 だが――総合的に見ると、顧客の興味を引いたのは、

 データ班の方だ」


神谷は責める響きを一切混ぜなかった。

そのせいで、結果だけが逃げ場なく残った。


橋本が、紙束の端を押さえた。

押さえた指が、わずかに強くなる。


「……数字、綺麗に出ましたね」


美堂は、淡々と頷く。


「はい。設問の方向性がいい。

 分かりやすさではなく、衝動と身体反応と推し。

 “面白さ”の本体が可視化されています」


美堂は勝ち誇らず、結果の意味だけを正確に切り分けていく。

露骨に喜ばれるより、その方がひなたには苦しかった。



神谷が、自由記述を映す。


先に、制作班案。


「巻き戻りの切なさがいい。後半で泣けそう」

「“積み上げが消えない”に回収するの、最高にエモい」

「澪が泣かないのが怖い。後で効いてきそう」

「好きな人ほど刺さる内容だと感じた」

「面白そうだけど“何が始まるか”が想像しきれなかった」

…………。


どれも、悪くない、むしろ、誇らしい。

刺さっている。

届いている。

だけど――。


“何が始まるか”が想像しきれなかった。


その一行が、胸の奥に残る。


神谷が次に、データ班案の自由記述へ移る。


「最初の一言で掴まれた。『この子を育てたい』と思えた」

「“言葉で記憶を刻む”が直感的に面白い。色々な妄想が膨らむ」

「まっさらが変わるのが気持ちいい。5分で“戻れない”が分かった」

「既存ヒロインが“支える側”で格好いい。ヒロインの成長を感じる」

「新キャラ追加が、物語のテーマと一致してるのがズルすぎる」

「怖いのに前向き。周年の“派手さ”じゃなくて、

 “成長の気持ちよさ”で殴ってくれそう」

…………。


読んでいるうちに、ひなたの背中が冷えていく。

怖いのに前向き、成長の気持ちよさ。

直感的に面白い、操作が想像できる。


それは、企画の勝ち筋として完璧だった。

物語の感情とUXが一致している。

商材追加とも一致している。

入口で掴んで、そのまま押し切れる。


そして何より――

コメントの先に、自分が想像するユーザーの姿がそのまま見えた。


(……この結果は、間違っていない)


面白さの設計、ユーザーが何をしたくなるか。

何で「推したい」に火がつくか。

どこで「戻れない」と思わせるか。


それを、ひなたはずっと考えてきた。

考えて、書いて、削って、残してきた。

なのに……。


(それを作ったのは、俺じゃない……)


ひなたの喉の奥が、ひりつく。

言葉が出ない、出したくない。

出した瞬間に、何かが壊れる気がした。


神谷が、会議を締める声を出す。


「……結論。今回は、データ班の案で進める」


会議室が静かになる。

静かすぎて、空調の風が聞こえる。


「進め方は、追って相談する。

 俺としては、うまく――」


「いや……この点については、別途、会議で詰めよう」


その言葉をもって、会議は終了となった。



執務室に戻ったひなたは、椅子に座り動けなかった。

言いようのない敗北感じゃない。

結果に納得できている自分に、自分が驚いていた。


「……柏木。顔、上げなさい」


「負けたのは、面白さのレビューよ。

 人格を否定されたわけじゃない」


ひなたは、ゆっくり息を吸う。

息が、うまく入らない。


違う。

否定されたのは――俺の存在意義。

それは、人格にも等しいものだ。


面白いものを作る、面白さを立ち上げる。

続きを見たいと思わせる、ゾクッとさせる。

説明したくなる衝動を作る。


それが、仕事だったはずなのに。


(……俺の、仕事だったはずなのに)


会議室の机の上に、レポートがある。

それと向き合って、前に向かっていきたいのに、

どこかで本能がそれを否定していた。



如月はひなたの机から離れると、いつもの仕事の声へ戻った。


「今日中の確認依頼は止めないわよ。急ぎじゃないものは私に回して」


周囲では椅子が引かれ、チャットの通知が鳴り、別の案件が動き続けている。

企画が一つ負けても、仕事は止まらない。


その声は遠い。それでも、内容だけは正確に耳へ入ってくる。


勝てる形にした。やれることはやった。

それでも、負けた。


面白さで。

入口で。

衝動で。

そして、キャラクターで。


ひなたは紙束の端を指で押さえた。

あれだけの時間を詰め込んだはずなのに、指先には厚みしか返ってこない。


(……俺は――)


喉の奥に、言葉が引っかかったまま落ちない。

まだ口には出せなかった。

出した瞬間、自分の中で何かが決まってしまいそうだった。


金曜の夕方、窓から差す光だけが妙に穏やかだった。


ひなたは暗い画面のままのスマホを見ていた。

見ているだけだった。

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