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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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18/38

案、出揃う

週明けの朝が、ついにやってきた。


(…………っ)


結局、土日は生きた心地がしなかった。

気にしないように、と考えれば考えるほど、気になってしまう。


今回は、重みが違うのだからなおさらだ。

ひなたは、データ班とのミーティングを思い返す。



「これは、ゲームの運用改善を主とした、

 AIサービスによってもたらされた結果です」


「これは、外部の運用データです。

 私たちが直接携わったものではない。

 だからこそ“根拠”として素直に見ることができる」


画面の右上に、表が表示される。

平均値、中央値、上位四分位、下位四分位のデータ。

その横に「実施施策のタイプ」「適用範囲」「コスト変化」が並ぶ。


「データは多岐にわたるので、結論だけ言います。

 多くのケースで、改善は“確認”されています。

 平均でプラス35パーセント、中央値でプラス40パーセント」


「もちろん、案件によって、施策はそれぞれ異なります。

 だが多くのケースで、これだけの成果が出ている。

 これら全て……AIによって導き出した運用案によって

 達成された、紛れもない“根拠”です」



やれることはやった。

だが、それは他プロジェクトも同じことなのではないか。


どのプロジェクトだって、熱はある。

自分と同じ誰かが、同じようなポジションで努力している。

だとしたら、結論を変えることは――


(……大丈夫、きっと)


そんなネガティブなことばかりが、頭をよぎってしまった。

これなら、週末に予定を詰め込めばよかった、と後悔する


エレベーターを降りた瞬間、空気の匂いが違うのを感じた。

コーヒーとインクと空調の混ざった、会社の匂い。


また、一週間が始まる。

先の見えない、一週間が――。



デスクに座ると、南雲りこがすでに何かを整えていた。

画面の中には、会議室の予約表と、提出済み資料のフォルダ構成。

彼女はそれを“いつも通り”の顔でやっているが、指先だけが少し速い。


「柏木さん、おはようございます。今日、14時からデータ班との会議です」


「……分かりました」


「念のため、資料はこちらでも印刷しておきます」


南雲が確認する。


「はい、お願いします」


ひなたが答えると、南雲は小さく頷いた。


「了解です。……でも、緊張しますね」


「そうですね。週末は生きた心地がしませんでした」


「今回は少しだけ、気持ち分かります」


「CS班って、特定のプロジェクトに選任で就くって珍しいので、

 この一週間は、なんていうか……“仲間”になれた気がしました」


「……南雲さん」


「大丈夫です。絶対に、採用されますよ!

 ユーザーの声代表の私が、太鼓判を押しますっ!」


それは軽口ではなかった。

普段、ユーザーと向き合っているからこそ、言葉に重みを感じる。


「……はい、そうですね!」


その言葉を聞いて、今までのモヤモヤが少し、晴れた気がした。


「あ、そうだ。後、サーバーにデータ班の企画書も上がっているので、

 午前中に目を通しておいてくださいね」


「……はいっ」


ひなたは南雲の声に、小さく頷く。


(……緊張するな)


自分の担当タイトルを、他の人が提案するなんて今までなかった。

ありえなかった。だからこそ、違和感がある。


(……これは……!)


ひなたが目にした企画書は、意外なものだった。



昼休憩明け。

会議室へ向かう廊下が、妙に長く感じる。

勢い良く、扉を開ける。


(…………如月さん?)


会議室には既に、如月さやが座っていた。

机の上には、制作班側の提出資料が一式。

三枚の絵を貼った企画書、短文化した抜粋。箇条書きの導線。

全てを注ぎ込んだ資料が、今日は妙に薄く見える。


「……来たわね」


如月は、いつも通りの声で言った。


「美堂さんたちは?」


「まだよ。隣の部屋で準備してるみたい」


会議室は、いつもの静けさ。

昔は、怒号が飛び交うような会議も多かったようだが、

コンプラが叫ばれるようになった昨今、

そのようなものはまずお目にかかれない。


表面上は静か、言葉も優しい。

だが、会議の持つ圧だけは以前と変わらない。

感情から本音を見極めることができなくなった分、

恐怖が先にくる感覚すら覚える。


ドアが開く。参加者たちが、次々と席につく。


データ班の中心にいるのは、美堂晃一郎。

その隣に数人、ノートPCが並ぶ。

画面に映るのはスライドではなく、ダッシュボードのようなものだ。


「お疲れさまです」


美堂が、感情の少ない声で言う。

礼儀としての挨拶。

その後に続く言葉が本題だと、最初から分かっている声。


「今日は、1.5周年イベントの企画案について、

 社内レビュー前に確認します。

 企画内容については、軽く目を通してもらっていますよね」


美堂の視線が、机の上の企画書へ落ちる。


「まず、こちらから提案をします」


美堂が指を動かすと、画面の表示が切り替わった。

タイトルは簡素だ、飾り気がない。

だが、妙に目に残る。


『私を“初めて”認めてくれた人』


その瞬間、ひなたの胸の奥が、微かに鳴った。

タイトルが、感情を連れてくる。

それは制作班の“誓約同調”とは違う匂いだった。


「前提から話します」


美堂は淡々と続ける。


「今回、データ班は“AI起点”で企画案を生成しました」


如月の表情が微かに動く、だが、驚きではない。

予想していた、と言う顔だ。


「今までのシナリオ、イベント、キャラクター台詞、演出指示、

 上記の内容をトークンとして学習させ、

 ユーザーレビュー、SNS反応、離脱理由、復帰導線の反応、

 といった評価データを統合しています」


“トークン”という言葉が、会議室の空気を少し冷やす。

ひなたの中で、成果物が“数字”に変換される感覚がした。


文章が、切り刻まれる音。

それは生理的に嫌な感覚だ。

だが、拒絶しても現実は変わらない。


「その結果、現状の作品の骨子――

 『選択があなたの“記憶”になる』というテーマを、

 1.5周年で最適に訴求する軸はこれだと算出しました」


美堂は、画面に一行を表示する。


『言葉で記憶を刻む』


短い、短いのに、説明ではなく“約束”になっている。

ひなたの背中が、無意識に硬くなる。


「ポイントは、“入口”です」


美堂が続ける。


「既存キャラクターを中心に据えると、

 ファンの積み上げを前提にした感動になりやすい」


「既存ファンには刺さりますが、新規層は“何を見せられているか”

 が分からない。離脱層は“置いていかれた”感覚が戻る」


「さらに、既存キャラに周年の装置を過度に背負わせると、

 “キャラ性の阻害”が起きる可能性がある」


如月が腕を組んだ、南雲が息を吸う。

言われていることは、正しい。

正しすぎるくらいに正しい。

その正しさが、ひなたの胸を締めつける。


(俺は……澪を、駒として扱っていたのか?)


そんなはずはない、シナリオを書いた際にも手応えがあった。

だが、その前提が間違っていたとしたら。


俺たちは、入口から間違っていたのではないか――


言いようもない不安が、襲ってくる。


「そこで、我々は“完全新規の素体”を用意します」


画面に、キャラクターの輪郭――名前すらない、白いシルエットが出る。

既存のメインヒロインたちは、その背後に配置される。


「新規素体は、まっさらです。記憶がない。人格がない」


「そこに鍵片を用いて、“あなたの言葉”を刻む」


「つまり、選択が“記憶”になり、記憶が“人格”になります」


美堂は、そこまで言って、少しだけ間を置いた。

“ここが刺さりどころだ”と理解している間。


「メインヒロインたちは支える側に回ります。

 説明役ではなく、関係性で支える」


「既存ファンは、キャラ性を損なわずに“成長した一面”を見られる。

 新規勢は、まっさらな素体を通して自然に世界に入れる。

 離脱勢は、“新しい入口”として復帰しやすい」


淡々とした言葉が、論理の刃になって積み重なる。


(……なんだか、意外だ)


もっと、凄い変化球のような案が来るのかと思っていた。

世の中にある、人間とAIと対立するような、そんな展開を描いていた。


だが、現実にあるのは、真っ当な案。

そして……洗練されている。冷静に分析されている。

だから、否定できない。言いようもない感覚にひなたは包まれる。


入口が強い、変化量が見える、新キャラ追加という商材が自然に乗る。

そして、テーマが一致している。

“選択が記憶になる”が、“言葉で人格が生まれる”に繋がる。

綺麗すぎるくらいに、綺麗だ。


ひなたの脳裏に、金曜に自分たちが必死に作った三枚絵が浮かぶ。

背中の澪、欠けた澪、仲間の背中。

確かに刺さる、だが、刺しどころは後半に寄せた。

作品らしさを守った。

守ったがゆえに、入口は静かだ。


(……勝負は、全く分からなくなった)


その考えが、喉の奥に重く落ちた。



その後、如月から制作班の説明が行われ、質疑応答に移る。


美堂が、画面から視線を上げる。


「制作班案、よく作り込まれています」


如月が微かに目を細めた。

褒め言葉のようで、そうではない言い方。


「正直に言うと、ここまで“売り”の企画に寄せた案が出てくるとは、

 思っていませんでした」


「実際、案の骨子となる部分に差異は見られません。

 過去のデータから見ても、ここまで自分たちの作品を正しく認識し、

 提案が上がってくるケースは多くないです」


ひなたの胸が、少しだけざわつく。


“売り”に寄せた。

それは褒め言葉だ、だが同時に……ひなたの中の何かが痛む。


(俺は……寄せたのか)


澪の芯を守ったつもりだった。

その上で、求められるものを最大化したつもりだった。

ひなたは、返す言葉を探した。

でも、返した瞬間、どちらかが嘘になる気がした。


神谷が代わりに口を開く。

いつものように、会議が散らばらないように、要点を掴む声。


「データ班案は、より“入口で掴む”を強くしているという認識で

 問題ないか?」


美堂が首を横に振る。


「その言い方は少し違いますね。

 我々はユーザーが求めるものを要素分解し、

 それらを全て達成した案を提出しています」


「入口で掴む、はもちろん重要ですが、核はそこではない。

 新規、離脱、既存ファンの全てにとって、最適な物語を提供する」


「作品の核である“キャラクター”を殺さずに、ね」


南雲が控えめに言う。


「……具体的に、五分でどう分かるんでしょうか?」


美堂は即答した。


「新規素体は、最初は“戦う理由がない”。

 ユーザーと同じ目線だ。圧倒的に話に入りやすい。

「そこから“認められたい”に変わる。

 その変化を大胆に表現できる」

「なぜなら、まっさらだから。

 ユーザーにとって、これ以上の面白さはないです」


“面白さ”。

その単語が、ひなたの耳の奥で少し遅れて鳴った。

それは、ひなたが一番大事にしてきた言葉だ。

説明でも、正論でもなく、最後に残る基準。


「もちろん、制作班案の“積み上げの回収”も強い」


美堂は、そこで一度だけ、画面に制作班案の要素を並べた。


巻き戻り。育て直し。回収。余韻――


その並びは、ひなたにとって“正しい作風”そのものだった。

だからこそ、余計に苦しい。


「ただ、今回は1.5周年です。

 新規・離脱・既存が同時に動くタイミングです」

「入口での面白さが、結果に直結します」


如月が短く言った。


「で……結論は?」


美堂は、淡々と答える。


「データ班としては、新規素体を中心に据え、

 メインヒロインが支える案が最適です」


「制作班案は既存ファンに強いが、新規入口で弱い。

 そういった結論です」


言い切られた瞬間、会議室の空気が一段冷える。

まだレビュー結果が出たわけではない。

勝敗が決まったわけではない。


「分かりました。こちらの意図は変わらない。

 物語を読む面白さは、私たちの方が勝っている。

 積み上げた感情こそが、ユーザーが求めるものです」


「分かりました。こちらに異論はありません」


如月の威嚇にも似た声を、さらっと流す。

美堂のこの自信は、どこから来るものなんだ?

その振る舞いそのものが、彼らの“根拠”のように感じられた。


話の終わりを、神谷が締める。


「この先の流れを確認する。

 企画書はそれぞれ、レビューにかけることになった」


「外部会社を用いた、ユーザーによる受容性調査だ。

 弊社の新規タイトルのリリース時の判断指標にも使われる、

 信頼性の高いものを用いる」


「本来、リリース済のタイトルでは行われないものだが、

 今後の制作指針にも繋がるため、特例で行われることになった」


「結果は、週末の金曜日。

 会議の時間は、追って連絡する」



会議の終わりは、あっけない。

如月がまとめる。


「ありがとう。データ班案の意図は理解できたわ」


美堂が頷く。


「はい。こちらも同様です」


会議室の椅子が引かれる音がして、現実が戻ってくる。

ひなたは、最後に美堂と目が合った。

美堂は、敵の目をしていない。

むしろ、同じ仕事をしている人間の目だった。

だから余計に、怖い。


「柏木さん」


美堂が、淡々と呼ぶ。


「……はい」


「あなたが、ここまで企画に寄せた案を作れるとは思っていませんでした。

 だからこそ、結果が楽しみです」


「きっとこの作品は、跳ねますよ――」


楽しみにしている――。

勝敗を楽しむ言葉ではない。

“人間がどう選ぶか”を見たい目だ。


ひなたは、小さく頷くしかなかった。



会議室を出ると、廊下の空気が少しだけ軽い。

軽いのに、ひなたの足は重い。

如月が隣を歩く。南雲が後ろをついてくる。

三人とも言葉が少ない。

言葉にすると、今の感覚が崩れるからだ。


エレベーターホールの前で、南雲がぽつりと言った。


「……すごいですね、データ班」


「すごい、だけじゃない」


ひなたは、思わず口に出してしまった。

南雲がこちらを見る。


「……怖い」


ひなたはそれだけ言って、口を閉じた。

自分の中で、それ以上言葉にしたくなかった。

言語化すると、負けが確定してしまいそうだったから。


如月が、短く言う。


「なんて顔してるの。まだ、負けてないわよ」


「……はい」


「レビュー結果が出るまでは、誰にも分からない」


如月の声は淡々としている。

だが、淡々としているからこそ、強い。


「だから、やることは一つ」


「待つ」


如月が言う。

待つという行為が、こんなに難しいものだと、ひなたは知らなかった。


デスクに戻る。

画面には、金曜に作った企画書のファイルが並んでいる。

三枚の絵、短文化した抜粋、導線。

自分たちの案は、確かに“勝てる形”にした。

やれることはやった。

それでも、足元が揺れる。


ひなたは、スマホを手に取った。

通知がいくつか光っている。

ニュース、メッセージ、どうでもいい情報。

指が勝手に開こうとする。


――やめた。


ひなたは、スマホを伏せた。

画面が暗くなる。

自分の顔が、黒いガラスにうっすら映る。


(……今は見ない)


ひなたは、机の端の付箋を見る。

『仲間』

自分で書いた二文字。

笑ってしまうくらい、幼い。

でも、今の自分には必要だった。


(仲間を守るために前に出る)


澪の言葉が、胸の奥で鳴る。

制作班案の芯は、それだった。

芯はある。熱もある。

それでも――。


ひなたは、肺の奥に溜めていたものまで押し出すように、ゆっくり息を吐いた。

そして、画面を見たまま、何も打たずに、ただ待った。


週明けの会議は終わった。

あとは、社内レビューの結果を待つだけだ。


待つだけなのに、辛い。


(だけど……“面白いかどうか”だけは、数字じゃ測れない)


俺にだって、今までの自分を支えてきた自信があるんだ。

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